第203話 ミニーとデート
ミニーはわたしのポシェットから顔を出しているアオに気付いて、かわいいとゆっくりと撫でた。
これは売り出さないのかと聞かれたので、これは難しいんだと言った。
宿からアダムが出てきて、わたしたちの装いに少し驚いている。
「今日、一緒に行ってくれるミニーです」
と挨拶の後に紹介する。
アダムはきちんとミニーにも挨拶して、わたしたちの装いをとてもかわいいと言ってくれた。そして馬車に乗り込む。アダムはミニーのこともちゃんとエスコートしてくれた。
馬車の中で、アダムは何を見たい?と聞いた。
アダムは少し考えてから、わたしたちの行きたいところを一緒に回りたいと言った。ミニーがこそっとデートの下見じゃない?とわたしに耳打ちした。なるほど。
わたしたちはまず広場に向かった。屋台が目的だ。
一応お弁当は持ってきているが、屋台のものは格別だ。その旨を伝えると、おやつを屋台で買って、お昼にお弁当を食べようということになった。歩く前に腹ごしらえということで。
わたしとミニーが串焼きを買うと決めると、アダムも同じモノにすると言って、もふさまの分まで買ってくれた。わたしたちはお礼を言ってパクついた。
甘辛い醤油ダレが最高にあっている! 噛み締めると肉汁が溢れ出す。
アダムもおいしそうに頬張っている。よかった。
アオと半分こにしようと、半分食べてみんなに見えないように収納袋にしまっておく。
少し歩くことにして、お店を見ながら歩いた。髪留めが売っている露店では長居してしまった。アダムは退屈だろうに、妹さんで慣れているのか、どれが似合うかというのも一緒に見てくれて、結局ミニーとお揃いの髪留めをプレゼントしてくれた。今日のお礼と言って。
魔具のお店に入ってあれこれ見て、他のお店も立ち寄りひやかして回る。
お昼になったので広場に戻ってお弁当にした。アオにはリュックの中でひっそりと食べてもらっている。半分この串焼きもリュックに入れる。
今日はハンバーガーとフライドポテトだ。スティックタイプにしたサラダと果実水も用意した。ちょっとはしたない食べ方ではあるが、アダムも倣って口を大きく開けてぱくついてくれた。
「リディアお嬢さま、おいしー」
よかったと胸を撫で下ろす。
「本当においしい。この間いただいたどんぶりものもおいしかったし、噂は本当だったね」
とご機嫌だ。
さらにデザートにレアチーズケーキを出すとふたりともすっごく喜んだ。アダムは特にチーズケーキがお気に召したようだ。
もふさまもお気にめしたようで、高速に尻尾が揺れた。
「これがチーズ?」
「クリームチーズで作ってます」
「クリームチーズ?」
「作り方は内緒です」
食べ終わってまた町の中を探索することにした。
広場の入り口でいつものおじいちゃんにも会った。お茶会のことでイダボアに来るようになって顔見知りになった品のいいおじいちゃん。金髪でロビ兄みたいな青い目をしている。咳き込んでいたので、ジンジャーキャンディーをあげたんだ。
ぶっきらぼうだし、ずっと見てくるから煩がられているのかと思ったんだけど、子供が走ったりすると転んで怪我をするんじゃないかと思っていることがわかった。わたしが転んだ時驚きの早さで駆けつけて起き上がらせてくれたから。いつもハラハラしていたみたいだ。それから顔を合わせれば、少し話をする間柄だ。
今日はミニーとの装いをとってもかわいいと言ってくれた。そしてわたしとミニーが仲良しなんだねと言ってくれたので、わたしはすっごく嬉しくなっちゃって、舞い上がった。兄たちはどうしたんだと聞かれて、王都へ行ったといえば、それじゃあ淋しいなと頭を撫でてくれた。あ、わたし、兄さまたちが王都に行って淋しかったんだと、その思いに近寄らないようにしていたことに気づいた。嬉しかった想いが音を立てて萎んでしまった。
ミニーがいろいろな噂話をしてくれた。よくそんなことをと思うようなことまで知っているので楽しい。笑いながら歩いていると子供たちが寄ってきた。
「こんにちは、リディアお嬢さま!」
読み聞かせの時に協力してくれた子供たちだった。
「ごきげんよう」と挨拶すれば大喜びだ。
彼らのお嬢さま像があるみたいで、それをやると喜ぶんだよね。カーテシーもウケた。
そんなふうに過ごして、イダボアを後にした。
わたしとミニーがただ楽しんだみたいになってしまった。
アダムに楽しかったか確かめれば頷く。本当かいな?
アダムはクスクスと笑う。
「リディア嬢は、とても楽しく生きられているのですね」
「アダムさまは、あまり楽しくないんですか?」
「楽しむとか、そういうことを考えたことはなかったな。ただ流れるように生きてきた」
それは本音に聞こえたから言ってみる。
「好きなこと作るといいですよ。わたしはおいしいもの食べたいです。ふわふわ、もふもふが好きです。みんなが楽しそうなのが好きです」
と力説したところまで覚えているが、その後わたしとミニーは眠ってしまったらしい。町に到着すると起こされた。薄い上掛けをかけてくれていた。屋敷まで送り届けてもらい、お礼を言うと、アダムは〝こちらこそ〟と優等生のお愛想をして帰っていった。
ミニーを送るために歩き出せば、ほっぺたを押される。
「罪な子ね」
「罪な子?」
「アダムさまは、絶対お嬢さまに気があるよ」
「……婚約者いるって言ったよ」
「わかってても止められないのが恋心なの!」
ミニーが力強く言えば、後ろでアルノルトがむせている。
「大丈夫?」
「あ、はい。喉の調子が……」
ごほんと整えている。
ミニーを送り届け、バイバイして家に向かう。
幌馬車の中で大きなもふさまに寄りかかりながら、アオが大興奮だ。
「イダボアは大きな町でちね。人もいっぱいいて面白かったでち」
アオはぬいぐるみ作戦が気に入ったようだ。これからもアオが外に出たい時はこうすればいいねと話し合った。
「おいらもミニーと同じ考えでちよ」
「何が?」
「アダムはリディアが好きでち」
まあ、嫌いなら町散策には誘わないだろうけど。
「そうだとしても、いっぺんに冷めたよ、きっと」
「なんででちか?」
「帰りに寝ちゃったでしょ。起きたらよだれ垂れてた。あれ見たら、100年の恋も冷めるってもんだよ」
起きた時、愕然とした。同い年なのに、ミニーはよだれをたらしていなかった。やっぱりわたしの口は緩いらしい。
『フランツのように、よだれが好きな者もいるかもしれないぞ』
「兄さまを特別よだれ好きみたいに言わないで!」
「え? 兄さまはよだれが好きなんでちか?」
「だから、違うの。あれは兄さまの思い出で美化されてて……」
言い合っているうちに家についた。
家には伝達魔法が届いていた。
アルノルトが開く。
「なんだって? 王都についた?」
2週間過ぎたから、王都についてもいい頃だ。
「いえ、寄り道をすることになり、まだ途中のようです」
「そうなんだ」
まだたどり着いてないということは、帰りも遅れるということだ。
「実は、ランパッド商会が売った菓子でお腹を壊したと訴えがあり、その謝罪と調査に行ったようです」
「え、大丈夫なの?」
「はい、話はついたようです」
「うーうん、お腹を壊した人は大丈夫なの?」
「あ、ええ。問題ありません」
「何が起きたんだろう?」
わたしが爪を齧るとアルノルトが座り込んで、わたしと目の高さを合わせる。
「菓子には問題がないようです」
頭を撫でてくれる。
「お嬢さまの目標を聞きました」
「わたしの目標?」
「困る大物になると」
なんでアルノルトがそれを。顔が赤らんだに違いない。熱くなった。
「旦那さまが現地にお着きになる前に、事は解決されていたようです。もしそれでお菓子を買えなくなったら嫌な人たちが動いて、しっかりと原因をみつけたようですよ」
それはちょっと嬉しい報告だった。