第201話 欲する
最初に会ったメイドのヒラリーに、兄さまの靴下と靴を用意してもらったが、アダムにはもう乾いているから大丈夫だと断られた。
目つきの鋭い侍従の方にも食事かお菓子かどちらがいいか問えば、仕事中なので気遣いは無用と言われる。
なら、アダムの分だけでいいのね。
「どんなものが食べたいとかありますか?」
「好きなものを作ってくれるのかい?」
「いいえ、作り置きなので、これから作るわけではありません。ですが、こってりしたものが食べたいとか、あっさりしたものが好きだとか、肉が食べたいなどありましたら、近いものをお出ししようと思ったので」
アダムは少し悩む。
「うーん、食べたいものか。そんなことは考えないな。出されたものを食す、それが貴族だろう?」
「それは正しいあり方ですけど、体の声は聞かないと」
「体の声?」
「いいですか、1日過ぎれば生涯で食事を取る回数から3回分減っているってことですよ?」
アダムは目を瞬いた。
「貴重な1回なんですよ。食べたいものを食べないと。食べたいものは体が欲しがっているものです。その声を聞かないと体は満たされなくて、いつまでも欲してしまいます。欲しいものはちゃんと欲しいと言わないと」
アダムは何か考え込んでいる。
「アダムさまは唇が乾いています。水分をあまりとられていないのでは? 食事も楽しまれてする方ではないみたいだから、出されたものは食べるけれど、偏食気味であまり食べられていないのでは?」
兄さまより体が大きいけれど、細いもんね。必要最低限の栄養をとっている感じだ。
「そんな方には、どんぶりものを勧めます」
「どんぶりもの?」
「野菜とお肉を甘辛くしたものです」
スタミナ焼きを丼にして乗せたものと、スープと温サラダを出す。マヨネーズをディップに。
アダムは丼に手を伸ばし、スプーンで掬って一口含んだ。
「あ、おいしいね」
一口、一口と手が進み、いつの間にか平らげていた。それからスープを飲んで、またおいしいと呟いた。
野菜にマヨをつけてモグっとする。
ごくんと飲み込んで、次にはマヨネーズをもっとつけている。はまったね。
あっという間に完食だ。
「夢中で食べてしまった。とてもおいしかった」
好き嫌いのある人にニンニクの匂いはきついかなと思ったけれど、体は欲してるんじゃないかなと思ったんだ。疲れて見えるっていうか。子供が疲れるって変だよね。大体眠れば元気になるから。それが大人みたいに疲れているように見えたのだ。それでニンニクで元気付けたかった。
食器を収納袋に片付けていると、クララがお茶を出してくれた。
「外国人も雇われるのですね」
「外国人?」
「そちらの侍女は大陸違いでしょう?」
お茶を口にしながらアダムが言った。
そうなのか? 雇ったのは父さまだし、その審査などはアルノルトが受け持っている。わたしがメイドのことで知っているのは名前ぐらいだ。
「わたしは存じ上げませんが、それで何か問題がありましたか?」
探るように見てから
「本気で言っているようですね?」
と確かめられた。
「この者が何かご迷惑を?」
質問で返す。
『リディアもこやつを信用していないのに庇うのか?』
もふさまの尻尾が揺れる。
確かに信用はしてないけどさ。でもうちの使用人だもの。
「何か言いたそうだね、どうぞ」
不安そうにしていたクララが、アダムに促されてわたしに尋ねる。
「確かに祖母が外国人ですが、それがお勤めするのに問題になりますでしょうか?」
「ごめんなさい。わたしにはわからないので、それは父さまとアルノルトに聞いてみますね」
クララはお盆を胸に部屋を出て行った。
「なぜ外国人だとわかったんです?」
「お茶の入れ方です。茶葉を煮出す習慣の国もあるんですよ。癖でぬるいお湯から茶葉を入れるから時間がかかり、色が出るのを待つので渋みが出やすい」
クララの入れてくれたお茶を飲んでみると、確かに渋さが出ているかもしれなかった。でもそれだって、お子さま舌で苦いのが苦手なわたしが言われて気づく程度。それをこの人……。
「リディア嬢」
「はい」
「明日、イダボアに一緒に行きませんか?」
「なぜですか?」
「あなたと一緒にイダボアを散策したら楽しそうと思ったからです」
小うるさいところがあるから、友達が少ないのだろう。
「申し訳ありませんが、婚約者がおりますので、男性とは出かけられませんの」
「婚約者といっても、第二王子殿下の婚約者候補から逃れるのに取り付けたものでしょう?」
「いいえ、相思相愛です」
真顔で返せばアダムは笑った。
「まあ、そういうことにしておきましょう。それでもいいです。でも君が言った」
わたしは首を傾げてわからないと態度に出した。
「欲しいものはちゃんというべきと」
はい? 食べ物のことって、わかるよね、あの流れで。
っていうか、まさかその欲しいもの何よ、怖いんだけど。
ノックがあり、アルノルトが入ってくる。
アダムに頭を下げわたしに告げる。
「お嬢さま、伝達魔法が入っております」
「わかったわ。失礼します」
アルノルトにアダムを任せてもふさまと執務室に行く。
水色の鳥はわたしの前に飛んでくると封書へと姿を変えた。
父さまの椅子に乗って、引き出しからペーパーナイフを取り出す。
封書を開けてみれば、ロサからだ。
緊急な用件があるわけでもなく、父さまや兄さまたちが留守なんだから、行動を慎み、変なのに目をつけられないようにと言葉が続く。
失礼な! オカンか!
さすが王子さま、父さまたちが王都に向かっていることをご存知のようだ。
『リディア、あのメイドがドアのところで聞き耳を立てているぞ』
わたしが少し過剰に反応していることから、もふさまはこうしてクララの行動を教えてくれる。別に何があったわけじゃないんだ。ただ気に障る。それで気にしてみれば、今、ドアのところにきっとへばりついている結果が出た。
うーん、もふさまもアルノルトもいるけれど、父さまが不在な今は問題起こさない方がいいよね。クララが何を思っているかは、気になっているんだけど。
父さまたちが帰ってきたら、相談してみよう。




