第199話 侍女見習い③推薦状
「泣かないで、セズ」
「でも、せっかくの自立支援団体の評価が良くなる機会を私が台無しに!」
「それは違うよ、セズ。セズは我慢していたのに、台無しにしたのはわたし。でも、侍女として試験されるのはわかるけれど、侮辱されるいわれはないよ」
「お嬢さま……」
『リディア、追手がくるぞ』
わたしはセズの手を強くひいて、建物の横に潜んだ。
「お嬢さま、どうなさい……」
口の前に人差し指をたてて、静かにするように指示する。
「まだ遠くには行っていないはずだ。小さな女の子2人だ。ひとりは暗い色のワンピースに白いエプロンをしている。いいか、歩いて返したらハンソン家が何を言われるかわからない。馬車で送り返すのだ、しっかり探せ」
「はい」
使用人たちが、わたしたちを探しているようだ。歩きで帰したら外聞が悪いとアダム坊ちゃんが言ったのだろう。
『奴らは行ったようだが、あの家はなんか変だったな』
「変?」
「変、ですか、お嬢さま?」
もふさまの言葉に反応してしまい、いきなり変と口にしたから、セズに不思議がられる。
「あ、なんていうか、何が変なのかなって。あはは。セズは領地まで歩ける?」
「私はもちろん歩けます。お嬢さまの方が……」
そうだよね。歩けるっちゃ歩けるけど、時間がものすごくかかるかも。
ま、仕方ないか。
探索をかける。赤い点は近くになし。
『屋敷自体に魔がかかっていた。それに3人とも毛色が違ったぞ。幼い娘はあれは病気ではない。兄は魔力が膨大だ。敵意はないようだが、妙だな』
そういえば使用人以外の大人は見かけなかった。セズもあの家の主人である伯母さまには会ったことがないと言っていた。手紙で依頼してきたのも子供だし、自立を促すためかと納得していたんだけど。
『囲まれたようだ』
あ、本当だ。この建物の周りに青い点がぐるりと。
啖呵切った手前バツが悪いが、敵じゃないから、いいか。
セズの手を引いて立ち上がった。
角を曲がれば数人がこちらを見た。
使用人さんが胸に手をやる。
「お嬢さま、馬車でお送りします」
「知り合いがおりますので、迎えが来るまでそちらにいるつもりです。ですので結構です」
オメロのところで時間をつぶさせてもらおう。
「ずいぶん嫌われてしまいましたね。でも、なんとか機嫌をなおして、せめて領地まで送らせていただけませんか?」
アダム坊ちゃんが現れた。片手を差し出される。
もふさまを見ると、もふさまは頷いた。
ここで頑なに拒否してもいいことはないか。
「……わかりました。お願いします」
わたしは頭を下げた。
お金持ちらしい。とてもいい馬車だ。道が悪いし、車輪もゴムはない。どうしても振動がすごくお尻が痛くなるものだが、こちらの馬車は施されている仕掛けがあるようで、かなり楽だ。
「ピアノ、お上手ですね」
嘘ばっかりと思いながらにっこり笑う。
「ありがとう存じます」
「キートン侯爵夫人に習われたのですか?」
なんとなくウチの情報を知っていそうな気がした。
「いいえ」
短く答えると思案顔だ。
「初めて聞く曲でした。もしかして、お嬢さまがおつくりになったのですか?」
「まさか」
さっさと否定しておく。
知らない曲を聞いたとき、まずオリジナル?とは思わないよね。普通は聞いたことはないと思うだけだ。この人、いっぱいの楽曲を知っている自負がある?
「……お嬢さまはとても恵まれた環境でお育ちのようですね。スーザンのしたことを意地が悪いとお思いですか? あれぐらいで目くじらをたてているようでは、この先貴族社会を生きていけませんよ」
「わかっていますが、それに慣れたくはありません」
そう告げれば、少しだけ目を見張る。
セズは居心地悪そうにしていた。
もふさまはわたしの膝の上で大きなあくびをする。
「セズは作法や仕事は身についているようですね。心を強くすることが今後の課題となるでしょうが、合格は合格です。推薦状を書きましょう」
「結構です」
「なぜ? セズのこれからの道が開けるのを、リディア嬢のくだらない意地でねじ曲げるのですか?」
嫌なやつ。ピンポイントで突いてくる。
「セズは12歳。外に……貴族の元にはまだ早いようです」
「セズは覚悟ができているようです。できていないのはあなただ」
ほんっと嫌なやつ。
「令嬢、もし本当にセズのことを思うなら、今からでも受け入れるのです。セズが侍女としてやっていければ、自立支援団体も弾みがつくでしょう。セズ、君はどうしたい?」
セズは顔をあげた。
「私はお嬢さまの意見に従います」
「何もそんなに義理立てなくても、君の望むことを言ってごらん」
「私は頭がよくありません。今までお嬢さまが全て私たちにいいようにしてくださいました。私はお嬢さまの指示に従います」
「だってさ」
おどけたようにアダム坊ちゃんは肩を竦める。
…………。
「どうされます、お嬢さま?」
「……セズが本当に合格と思うなら、推薦していただければありがたく思います」
「そうしよう」
アダム坊ちゃんは子供にしては長い足を組み替える。
気に障るやつ。