第198話 侍女見習い②試験
「妹が無理を言っていないかい?」
アダム坊ちゃんは上の妹のスーザン嬢が無理を言ってないか確かめた。
セズは黙礼で答える。
「君がペルシャちゃんの代わりに来てくれた子だね」
「リーです」
「リーちゃんか、ベスと仲良く遊んでくれ」
「はい」
わたしはいい子の返事をした。
スーザン嬢とアダム坊ちゃんはベスちゃんとわたしが遊ぶところを見守ることにしたらしい。テーブルにお茶を用意してとセズに頼んだ。
セズが部屋を出て行った。
ベスちゃんは紙にお絵かきを始めた。わたしにも紙をくれた。
困ったな。わたしは絵心がないのに。
「侍女はどうだい、問題ないか?」
アダム坊ちゃんがスーザン嬢に声をかける。
「ありませんわ。作法もしっかり身についています」
「そうか。それならお茶の入れ方を見て合格だったら、推薦もできるな」
「そうですわね。子供の働き口を手配するなんて、事業として面白いし、困っている人のためになりますもの。発展してほしいですわ」
心の中で、よっしゃーと呟く。
ありがたいね。嬉しいな。
「お兄さま、描けた!」
ベスちゃんが勢いよく立ち上がって、描いたものをアダム坊ちゃんに見せに行く。走ったのでコンコンと咳をしている。
「大丈夫か? 走っちゃダメだろ?」
坊ちゃんがベスちゃんの背中をさすっていると、セズが部屋に入ってきた。カートにお茶の用意をのせている。
「セズ」
「はい、お嬢さま」
ハキハキとセズは答えた。
「これからあなたの試験をしようと思うの」
「試験、でございますか?」
「そうよ、合格したら、推薦状を出すわ。そうしたらあなたは貴族のお屋敷に侍女として勤めることができる。支援団体出身で貴族に仕える侍女が出たら、みんなの見る目が変わってくると思うわ」
セズがわたしをチラリと見る。わたしは頑張ってと思いを込めて頷いた。
「どう? 試験を受けてみる?」
「はい。よろしくお願いします」
「ではちょっと意地悪なこともするわ。本当にそういう方もいらっしゃるから」
なるほど。
「まずは、紅茶を入れてちょうだい」
「承知いたしました」
セズは流れるような動作で紅茶をいれる。
おいしい紅茶を入れるのはとても難しい。でも侍女にはスタンダードに求められることだ。
坊ちゃんとお嬢さまに紅茶が出される。味も合格のようだ。
ベスちゃんがお水を飲みたいと言った。試験中だからわたしが取りに行くことにした。
キッチンに行ってベスお嬢さまがお水を飲みたいと言っていると言えばすぐに用意してくれた。わたしの分も。ありがたい。
部屋に戻ると何やら緊迫した雰囲気になっていた。ベスちゃんなんか泣く一歩手前だ。
ベスちゃんに水をお持ちして、セズを見遣る。
「申し訳ございません。私は楽器を手にしたことはありません」
と項垂れる。
え? 侍女に楽器を弾けって言ったの?
行儀見習いで入った貴族のお嬢さまならいざ知らず、普通の侍女でも無理だ。
「シュタイン領には期待していたのに、やっぱり、孤児は孤児ですわね。がっかりですわ」
それまでスーザン嬢にいい感情を持っていたが、その言葉で印象が変わる。試験と言ったって、意地悪をすると言ったって、ほどがあるだろう。
セズは泣かないように歯を食いしばっている。
「試験はそこまでで結構です」
冷たい声が出た。
ベスちゃんの遊び相手にきたわたしが仕切るようなことを言ったので、スーザン嬢とアダム坊ちゃんが驚いたようにわたしを見る。
スーザン嬢が顔を赤くした。
「な、なんて生意気な!」
「試験をしてくださるのはいいですが、なじるのは違うと思います」
「お嬢さま」
「セズ、気にしなくていいわ。侍女が楽器をできなくてもおかしなことではないから。試験の基準がおかしいの」
「お嬢さま?」
坊ちゃんがいぶかしむ。
「リディア・シュタイン、子供自立支援団体の創設者のひとりです。今日は8歳以下の子供が足りなかったので、わたしが来ました」
「これは、シュタイン領のお嬢さまでしたか」
アダム坊ちゃんが大人のように顎を触る。
「試験をしていただけですわ」
スーザン嬢がムキになって言った。
「貴族でもなければ楽器をいじったりしません」
「そうですわね、セズは貴族じゃありませんもの。それではリディアさまなら伴奏してくださる? 私お兄さまとダンスの練習をしたいんですの」
「スーザン、無理を言うのではない。失礼しました、リディア嬢」
部屋の真ん中には、存在感あるピアノが鎮座している。
ピアノの前の椅子によじ登る。クッションを置いてくれればちょうどいい高さになるんだけど。うーん、鍵盤までが遠い。鍵盤を押してみる。やっぱり重たい。5歳じゃ、かなり力を入れないとだ。この角度で弾くのも難易度が上がる。
でも……売られた喧嘩は買う主義だ。
踊れるような伴奏ね、ワルツしか知らんわ。
わたしは鍵盤を叩くようにして調べをのせる。ピアノは前世で習っていた。本当はエレクトンを習いに行ったのだけど、最初はペダル鍵盤に足が届かなくて、基本だしということでピアノを習った。熱心な生徒ではなかったので、どちらも中途半端にしか演奏できなかったが、いくつかの曲は覚えている。指が動かないんじゃないかと思ったけれど、不思議と思ったより悪くなく弾くことができた。
ものすごく驚いた顔をしている。
「お耳汚しすみません。それでは本日は失礼します。途中で引き上げますので、本日の給金は結構です」
セズの手を引っ張って部屋を出た。