第195話 お茶会⑩effect
外出禁止だったので、ひたすらメインルームで本を読んだ。
瘴気のことを調べていた。
瘴気とは魔素と同じで、至る所に漂っているものらしい。
魔物が多く抱えている。
瘴気が多くなると人の住めない世界になると言われている。魔物の世界に。
根拠は不明。なぜかと言及しているものもない。
瘴気問題はなぜ隠されてきたのだろう?
城の下に瘴気の塊が封じ込められているなんて知ったら、みんな逃げていくから? まあ、逃げるよな、やっぱり。遠ざかればいいものじゃないとわかっても、そうしてしまうのが人情だろう。
だから言えなかったのはわかるとして、研究している人たちはいるのかね? わたしに聞こえてないだけで、誰かがどうするべきかっていっぱい考えているのかな? これこそ総力あげて研究していくことだろうに。
それなのに実際は魔法の実力を引き下げていくような体制だし、真実を隠されている。隠されないところで誰かが研究しているとしても。
でも隠さずに間口は広い方がどっかの誰かがものすごくいいことを思いつくかもしれないのに。魔法の向上を止めなければ何かいい案が出てくるかもしれないのに。そこはなんとかならないのかと思う。
『リディア、兄たちが帰ってきたぞ』
もふさまが目の前に急に現れて驚く。
じゃあ居間に行こうと読んでいた本を本棚に戻す。
『この頃リディアは本を読んでばかりだな』
「外出禁止だからね」
ハウスさんに居間へと送ってもらう。
シロたちが列を組んで廊下に向かっていた。
ケインが帰ってきたと聞いて、馬小屋に戻るのだろう。
アオがロビ兄と話していた。
「お帰りなさい」
「ただいま、リー」
「ただいま」
「ただいま、リディー」
「兄さまたち、どうかした?」
「え?」
「なんか疲れてる」
アリとクイが背中に飛び乗っているせいではないだろう。
「「「あ」」」
3人の声が重なる。
「何かあったの?」
「いや、大したことじゃないんだ」
「今日、町の家にモロールの領主さまがいらしたんだ」
モロールの領主さま?
「ご令嬢も一緒にね」
ご令嬢はウチに来たことがあるとは領主さまに言ってないようだった。
ただ、桃色の髪の聖女さまの噂のせいで外出禁止となり、窮屈な思いをされているというのを聞いて、兄さまも双子も心苦しく何も言えなくなってしまったそうだ。
領主さまは、孤児院騒動の謝罪と、事後報告に来てくださった。
領主さまと父さまが話す間、ご令嬢と過ごすことになり、兄さまたちを前にしてはしゃぐので、仕方ないから相手をした。
それでお疲れ、らしい。
ご令嬢はイザークと話したことがあり、友達になったそうだ。それから光属性があるかのチェックに神官さまがいらして、そこで魔力漏れをしていることがわかったという。
それを聞いて、お茶会の時に話題になったイザークと合わない魔力漏れの子はこの子かとわかったらしい。彼女はひとりでずーっとしゃべり続けていたという。兄さまたちが辟易しているのも気づかずに。
「……なぜか、リーに会いたがってたよ」
なんだか、そこが怖いのだけど。
「なぜって聞いたら、令嬢はお友達が少ないんだって。シュタイン領なら近いから会うこともできるしって言ってた」
「そうなんだ」
「でもリーが嫌なら会わなければいいだけだし」
ピンク髪事件で悪いことをした気持ちはある。だけど、あの時の、顔に火傷の跡がないとか、なんで大事にされているの?とか言われたのが、無性に怖かった。ピンクの点で示されるのも意味わからないし。
「リディー」
兄さまがわたしの手をとる。あ、また爪を噛んでいた。
「しばらく籠もっていてイライラしちゃうね。そうだ、外出はダメだと思うけれど、久々にダンジョンに行きたいって父さまにお願いしてみよう、ね」
瘴気やらのことで確かに気持ちが下向きだった。
「ダンジョンもだけど、ダンジョンのドロップ品を売りに行きたいな」
「町に入るには身分証明書がいるからな」
アラ兄が腕を組む。
ギルドカードだね、10歳にならないと発行できない。あれ、でも……。
「ずっと前に魔物のお肉をイダボアのギルドで捌いてもらった時はどうやって入ったの?」
「ああ、あれはビリーの仮証明書を使ったんだ」
仮証明書? 初めて聞いたと思っていると説明してくれた。
もうすぐ10歳になる子だけが持てるもので、他の町などに手伝いで行くときなんかに作ることができるらしい。ビリーは年少組の中ではリーダー的存在で他の町に行く用事も頼まれていたから、仮証明書を持っていたようだ。
いいな、仮証明書。
証明書なく入れるような町だと、ドロップ品を買い取ってくれるようなギルドがないだろうし。ギルドがあるような町に父さまたちの身分証明書で入ったら、買取りしてもらうときにカードを見せなくても、調べられたらシュタイン領の者ってすぐにわかってしまうだろう。いっぱいのドロップ品を売り、身バレしたらどこで手に入れたんだろうって思われることになるし。
少しずつ売るしかないのかな?
夕食の時にロサからの伝達魔法が届いた。水色の鳥は姿を封書に変える。
アルノルトがペーパーナイフを父さまに渡し、父さまがそれを開ける。
読み進め、ほっと息をつく。わたしたちは父さまに期待の目を向ける。
父さまは母さまに目を走らせ、母さまが頷くと咳払いをした。
「キートン夫人は違法投資に加担していないと認められ、罰金も払う必要がなくなった」
「っていうことは、家を売らなくてもよくなったっていうこと?」
尋ねたロビ兄に父さまは頷く。
わたしたちは顔を見合わせた。
やったー! よかった。思い出の詰まった家に、いつまでも暮らしていけるんだね。
詐欺事件に関わっていたと思われる人たちが亡くなってしまい後味は悪いが、キートン夫人の家が守れたことだけでもよかった。
教会のバザーにコルヴィン夫人は行っていて、何か買っていたそうだが、教会の人たちは木彫りの動物は見ていないと言ったそうだ。調べればすぐわかることなのに、コルヴィン夫人はバザーで買ったという自分だけの発言で、証拠になると思ったのかしら? 本当にそんな浅はかな方だったのかな?
ワンダ夫人を引き続き探すそうだが、コルヴィン夫人とドナモラ伯爵が亡くなったことから進展は見込めないと思われているらしい。
兄さまたちがダンジョンに行きたいことと、ドロップ品を売りたいことを話してくれて、次の休みの日にダンジョンに行くことが決まった。
わたしもあと1日外出禁止で、子供だけで出歩くのは当分禁止だが、父さまと一緒になら町に行ってもいいことになった。バンザーイ!
午前中のルーティーンが終われば、お茶会配送の足りないお菓子を作る。これで最後のホールケーキ5個だ。後はランパッド商会さんに渡すだけ!
お昼寝をしてから、庭に出る。庭は一年中変わりないが、春の陽気を感じられて楽しい。新しいお菓子を作るか、菓子パンでも作ろうかな。それにはちょっと砂糖スペースを増やすか。土人形に働いてもらうのをアオとアリとクイと一緒に見守る。
ん? 誰か来た? 馬車だ。幌馬車じゃない!
と思った時にアリとクイは消えていたが、アオと目があった。今から転移したら余計に目立つ。急いでアオを抱き抱える。
馭者さんが降りて、馬車の扉を開ける。降り立ったのは
「キートン夫人!」
「リディアお嬢さま、お元気なようね、よかったわ」
と安心されたように微笑まれた。
家からピドリナとハンナが駆け出してくる。
「キートン夫人が来てくださったの」
わたしが伝えると、奥さまに伝えてきますとピドリナは引き返し、ハンナが夫人に挨拶をする。
「突然のご訪問になり申し訳ないわ。町でご領主さまに挨拶させていただいたけれど、リディアお嬢さまがいらっしゃらなかったから足を伸ばしてしまったの」
あ、キートン夫人と最後にあった時、父さまにずっと抱っこしてもらっている姿だったね。
ハンナと一緒にキートン夫人を家に招いた。
玄関で母さまがご挨拶をする。わたしたちがお世話になったことと、今までその挨拶をしに行けなかったことを謝っている。
キートン夫人はすぐに母さまのお腹に気づいたみたいで、私に構わず、暖かいところへと母さまを気遣ってくれた。
キートン夫人には、その子がアオちゃんかしら? と微笑まれた。アオのぬいぐるみはこれだけなんだと、部屋に置きに行くていをとった。
部屋に入り、アオと大きく息をつく。
アオもアリやクイと同じように人がきたらハウスさんに強制移動させてもらった方がいいかもしれない。
居間に戻ると、暖炉の前の籠でシロたちがぬくぬくしていた。
ええっ。お客さまだから小屋に戻っていてというと、キートン夫人がコッコたちとも仲が良くて素晴らしいわと、同じ空間にコッコがいてもいいと言ってくれた。
キートン夫人は母さまに屋敷内でわたしが拐われたことで謝りたかったと告げた。わたしと母さまは顔を見合わせる。お屋敷を使わせていただいただけでキートン夫人には非がないからだ。
キートン夫人は家庭教師をしてきて、同じことを教えても一度として同じく教えられることはなかったという。こちらも子供たちに教えられてきたんだと。それだけ教えることが難しいと思っているが、わたしたち兄妹が素晴らしく、育てた母さまと一度話がしたかったとおっしゃる。そして家がとても暖かい場所で本当に素晴らしいですわと言った。
母さまはわたしの髪を撫でた。母さまは子供たちが健康であるようサポートしたい、そしてやりたいことをやらせていってあげたいとは思っているが、なかなか難しいと言って、それでも私たちには十分すぎるいい子たちですと誇ってくれた。
「私、今回の件でわかったことがあります。私が出会った子供たちは素晴らしかったですが、私は母として子供に教えてこられなかったんだなということが」
現・キートン侯爵さまのこと?
「違法投資に関わっていたと疑われた時、家の子供たちは私がそんなことをするはずはないと思ったようですが、騙されるなんて愚かすぎると、罰金なんか払えないと自分でなんとかするように言われました。主人の残したものを減らした愚かな母です。致し方ないと思いました。自分が情けなくて口惜しくて、本当に嫌になりました。ことを大きくしたくないと、そっとしておいて欲しいと思いました。教え子や殿下からなんとはなしに、訴えるべきだと言われましたが、私懲り懲りでしたの。もうあのことは考えたくないと。
お腹を痛めて産んだ子ではなく、教え子やリディアお嬢さまたちの方がよっぽど私を気遣ってくださいましたわ。その時に私、子供の育て方を間違えたんだなと思いましたの。悪い子ではないけれど、情けがない。私と子供たちには少し時間が必要なようですわ」
夫人はお茶を一口飲んで、息をついた。
もふさまがお散歩から帰ってきた。夫人を見ると尻尾を振りながら歩いてきて、夫人の膝の上にのる。
「も、もふさま」
「覚えていてくれて嬉しいわ」
もふさまを撫で始めるとキツかった表情が緩んでいく。
もふもふセラピーだね。
「今回のことで、年を重ねているけれど、未熟者だったことがわかりましたわ。人様に教える資格もなかったのだと。
なんでもできる気になっていたけれど、騙されるし、家を守ることもできず、子供も育て方を間違えました。羽を持っているような気でいたけれど、飛べない鳥、でしたのね」
子供たちにパワーをもらって戦う気力を思い出したキートン夫人。勝ち取ってしまったら、またその気持ちが萎んでしまったみたいだ。
飛べない鳥……籠の中でぬくぬくしているコッコたちを見遣る。
「……この子たち、ちょっとだけど飛ぶんです」
「……コッコがですか?」
「羽をバタバタさせて風を起こしたり、その勢いで飛び蹴りしたりします」
寝ているところをみると、そんなアクティブな様子は想像できないと思うけどね。
「コッコは飛ぶ選択肢を思いついたら、いずれ進化して飛ぶ鳥になると思います。今はその〝時〟じゃないだけ」
飛びたいと思ったら、きっといつか、がむしゃらに突き進み飛べる翼を手に入れる。そんな気がする。
わたしが今こんなに弱っちくて何もできないのも、いつかできるようになると信じたい。わたしにも羽があってきっと大空を飛べる日が来ると。だって大空に憧れなかったら、飛ぼうなんて少しも思わないはず。思った時点で空には近づいているのだ。夢や目標、希望を掲げた時点で、何も思ってなかった時より、確実にその頂点へと近づいている。今、その時じゃないだけ。願い続けて努力していけばきっともっと近づける。
わたしは大切な人たちと、楽しく憂いなく暮らしたい。だらけたり、奮闘したりしながらね。時々、空は遠すぎてしょんぼりした気持ちに負けそうにもなるけれど。
シロが起きた。みんなを踏みつけて籠から飛び出る。羽繕いをしていると、チャボも飛び出してきた。あ、食いしん坊がキッチンに行く。ミルがシロに倣い、ワラがわたしに飛び乗ってきて髪を引っ張る。首のところを掻いてあげる。ワラにはどうも手下と思われている気がする。シッポとチョコは2羽で寄り添ってまだ眠っている。
落ち込んでもきっとこうやって何かに助けられるようにして、わたしは憧れを追い続けられるだろう。
「そうですね。〝今〟がその〝時〟ではないだけ」
もふさまに手をペロンと舐められて笑顔になった夫人は、とても自然体に見えた。
「……シュタイン領は本当にいいところですわね」
心からそう思って言ってくださっているように見えて、わたしはなんだか嬉しかった。
<4章 飛べない翼・完>




