第193話 お茶会⑧reason
「リー、大丈夫?」
居間に入っていくと、アラ兄が飛びついてくる。逆にロビ兄は一歩退く。
な、なんで?
「ろ、ロビ兄?」
「ごめん。おれが保安を任されていたのに。おれがちゃんとしてないから、リーが危険な目に」
ロビ兄の手を取る。
「ロビ兄はお茶会で責務を全うしたよ。わたしのは終わった後だし。殿下からの……王室から派遣された人に紛れ込めるなんて思わないよ」
「でも!」
「ロビ兄は強い。これからも、もっともっと強くなるでしょ?」
ロビ兄は頷いた。
「わたし知ってるから。これからも、守ってくれるでしょ?」
ロビ兄が跪く。
え?
そしてわたしの手を取って、手の甲に口付ける。まるで騎士が主を決めて誓う約束のように。
「おれの全てをかけて、リーを守る」
……ロビ兄。
「頼りにしています」
そう言うと、ロビ兄はにかっと笑った。
それからわたしは事件の進捗を尋ねた。わたしをみつけてもらったのも夕方だったし、そう進んではいないだろうと思っていたのだが。
朝早くに殿下から伝達魔法で手紙が来ていたようだ。
まず、キートン夫人が〝ワンダ夫人〟を訴えたそうだ。これで、公の機関が動けるようになる。調べに乗り出せる。
わたしがいなくなってからどうなったのかを聞こうとすると、母さまが遮る。
まずは食事にしましょうと。それからしばらく、わたしは外出禁止と言い渡された。これはいつものように父さまが仕切っているのではなく、母さまが言い出したようだ。事件のことを話すのもいい顔をしない。
つわりはかなりよくなったのに、ピリピリしている。娘が連れ去られたのだから当たり前と言えば当たり前の心情とは思うけれど、それでもやはり過敏になっている気がする。
「母さま、わたしを拐ったのは王室系じゃなくて、詐欺の一派だと思う」
わたしは外国語の授業の時に母さまに言ってみた。
「なぜ、そうわかるの?」
「物語のこと聞かれた。あの物語に裏がないか確かめていたんだと思う」
「……それはリディアが思ったことでしょう? それにリディアが連れ去られた時お屋敷にいたのは王室から派遣された人たちだったのよ」
「うん。王室から派遣された人たちに紛れ込んでいたんであって、王室の人ではないよ」
「なぜそう言い切れるの?」
「わたしが起きるのを待っていたから」
「え?」
「何かするつもりなら、寝ているうちにやるでしょ。起きて騒がれる前に。それなのに起きるのを待ち、わざわざ仮面をつけ声をかえた。起きているわたしと話がしたかったんだよ」
「リディー……」
「王室の人はわたしと話す必要ないよね? だってわたしは〝コマ〟だもん」
王室にはわたしの意見は必要ない。
でも母さまは、王室がわたしに何かをしてくるという思いに囚われている。ずっと前から。
「……母さま。王室と何があったの?」
いつか聞きたいとは思っていたけれど、母さまが話したくなるまで待とうと思った。そうは思っていたけれど、母さまに焦りが見える。
「母さま!」
「何もないわ。授業をしましょう」
「母さま、生まれてくるのは男の子かもしれない」
母さまがわたしに視線を合わせる。
「同じ確率で女の子かもしれない」
母さまの瞳が揺れる。
「女の子だったら、また光の使い手と欲されるかも。わたしは兄さまと婚約できたけど、妹にもそういう人が現れてくれるかわからない」
母さまは目を瞑る。お腹に手を添えて。
わたしなんかより、何倍も母さまが心配していることだろう。
「わたしも守るから。一緒に守りたいから。だから知っていることを教えて」
王族の母さまへの執着。父さまは単に光の使い手だからって思っているみたいだけれど、それにしては度合いや母さまの怖がり方で、母さまは何かもっと知っていることがあるのではと思っていた。でも思い出すのも不愉快なことなのだろうから、スルーしてきた。
でも、もし妹だったら。妹を守るためにも、何があったか知っておくべきだと思う。生まれる前には聞こうと思っていたけれど、なかなかチャンスがなくて。つわりも良くなってきているし。王族が関係すると取り乱す母さま。聞くなら今だと思った。
「リディー、いらっしゃい」
手を差し伸ばされて、母さまの膝に横座りする。
「母さまはとてもひどい人間なの」
わたしの頬に手を添える。
「母さまの姉さまと従姉妹の話をしたわよね? ふたりが結婚して、独身でいるのは母さまだけになった。その時に強制参加させられたお茶会で、一室に隔離された。そこにはお腹の大きな王妃さまがいらっしゃった」
それ、めちゃくちゃ怖いシチュエーションだ。
「王妃さまはお願いがあると微笑まれたわ。母さまに侍女になってくれないか、と。そして側室にするから陛下との子を産んで欲しいと」
はい? 何それ、自分のお腹に子供がいる時に? 違う女性に旦那の子供を産めって?
「母さまと子供には絶対に何もしないし、させない。だから、その後は自分の子供の専属の侍女になって欲しいと。王妃さまはそれはきれいに微笑まれたわ。それが母さまにとっても誉高い一番いいことだと思ってらっしゃるみたいだった。でも母さまにしてみれば宣告だった。王妃さまの子供の怪我や病気を絶対に治す、光の使い手を置きたいのだと。母さまの子は人質ね。母さまの光魔法は絶対的なものではないわ。魔力だってそうあるわけでない。もし、お子さまに何かあり、母さまが治せなかったら、母さまも母さまの子も命はないでしょう。
母さまは魔力が少ないことを理由に断った。王妃さまの顔が恐ろしく歪んだのを覚えているわ。そこで殺されるんだと思った。
その時に、お茶会の会場でちょっとした事故が起きたの」
「事故?」
「令息同士が喧嘩をして敷地内で魔法を使ったの。そのひとりが気を失って倒れてしまった。気を失わせた令息が倒れた令息を治すのに、光の使い手の母さまを探した。それでその部屋から出ることができた。母さまは王妃さまの提案が恐ろしくて、倒れた令息に気を与えることもできなかった。
光魔法を使えない母さまを見て、王妃さまは気分が悪くなったと言われたわ。母さまの光魔法は絶対的なものではない、だからくだんの件はお許しくださいと訴えた。でもお聞き入れくださらなかった。王妃さまに逆らったんだもの、命はないと思った。でも、仕えるというなら、一度だけ機会をあげると言葉を残されて王室に帰られたわ。考え直すと思ったのでしょう。猶予を下さった。
だけどね、考えても未来の私の子を巻き込みたくないという結論しか出なかった。一度死んだと思ったし、もうどうにでもなれと思った。この国にはいられない、それで外国に逃げたの」
母さまはため息をつく。
「その足で港を目指した。気がつかなかったけれど、事故を起こして母さまを探していた令息は、母さまが光魔法を使えなくて呆然としていたのが気にかかって、あとをつけてきた。母さまが外国に渡る手続きをしていると驚いたように止めに入られたわ。一度ぐらい魔法がうまく使えないからって捨て鉢になるなって諭された。それとは関係がなく外国に行きたいのだと言ったら、お金は? 住むところは? 伝手は? 言葉は話せるのか?って問いただされた。母さまにあるのは意気込みだけだった。だって、死にたくないからだけだったんですもの。この国にいてはダメだと思ったから。でも理由をいうわけにはいかないし。頑なに引かないでいると、彼はひとつひとつ、外国へ行くのに必要なやることを教えてくれたの」
瞳が少し和む。
「もしかして……父さま?」
「そうよ」
「王家はなぜ光の使い手にそこまで執着するんだろう?」
そこがわからないと唸れば、母さまが温度のない声音で言った。
「それは……歴史が示しているから。第一子が王となった場合、その王が授かる第一子のほとんどが狂うからよ」