第191話 お茶会⑥black
「目が覚めたか? 手荒にして悪かったな」
目の部分だけ隙間があるが、あとは全て黒いものに覆われている。
『危険はない。こやつは大丈夫だ』
もふさまは黒づくめを知っているようだ。
「助けてくださったんですね、ありがとうございます」
宿の一室か。先ほどと同じように、寝るだけの部屋という感じだ。
ベッドから飛び降りるか躊躇していると、持ち上げて椅子に座らせてくれた。
もふさまがわたしの膝に乗る。
「ずいぶん肝の据わったお嬢ちゃんだ」
いや、もふさまが教えてくれなかったら間違いなくパニックだ。
「矢もあなたですか?」
「いや、あれは仲間がな」
「見事でした。お礼をお伝えください」
そう言えば、目を伏せたような気がした。
窓を割り、そして肩に突き刺さっていた。もちろん魔法で強化された矢だったのだろうが、すごい腕だ。
「ここはどこですか?」
「イダボアの外れだ。今、嬢ちゃんがいなくなって大騒ぎになっている。変なのもウロウロしているしな。領地と、連れ去られた家とどっちに行きたい? ついでだ送ってやる」
「兄さまたちのところにお願いします」
「了解だ。……何も聞かないんだな」
「聞いたら教えてくれますか?」
「……ひとつだけ、答えてやるよ」
え? 気前いいな。1つならなんでも教えてくれるということだ。
「じゃあ、なんで助けてくれたんですか?」
「……嬢ちゃんに何かあったら若が悲しむからだ」
わたしに何かあったら〝若〟が悲しむ? 〝若〟って誰よ?
「さて、嬢ちゃん。ひとつ答えてやったから、嬢ちゃんも協力してほしい。俺と話したことは秘密だ。嬢ちゃんは黒づくめに助けられて、道端に置かれた」
ノック音がする。黒づくめさんがドアを開け、外の誰かと何かを話した。
「ちょうどいい。シュタイン伯がこっちに向かっているそうだ」
黒づくめはもふさまごとわたしを抱える。
「いいか、俺と話したのは内緒だぞ。目を瞑ってろ」
そう言われて、わたしは目を閉じた。
走ったり跳んだりしている揺れ方で、わたしはしがみついていた。
「もういいぞ。いいか、向こうから、シュタイン伯が馬でくるそうだ。犬にでも吠えさせろ。そしたらみつけてくれるだろう」
わたしを地面にそっと下ろすと、一瞬で姿が見えなくなった。
お礼も言ってないや。
『本当だ、領主が来たぞ』
向こうから高速で馬がやってくる蹄の音。
真っ黒の馬に父さま?
ワンワンワンワンワンワン
もふさまが犬のように吠えた。
父さまが吠えるもふさまに目をやり、わたしを見た。
「リディー!」
父さまが馬から飛び降りる。そして駆け寄って抱きしめられた。
全身が汗だくだ。
「父さま!」
急にいろいろと思い出してきた。
「お前がいなくなったと聞いて……」
父さまはボロボロと涙をこぼす。
「起きたら、馬車の中だった。もふさまが……しばらく寝たふりをしていたの」
父さまはうんうんと頷く。
見えないけれど、黒づくめさんがわたしが彼のことを言わないかを見ていると思って、わたしは略して言った。
「子供たちに話した物語のこといろいろ聞かれて。変な雰囲気になって、怖くなった時に、矢が飛んできて黒づくめの人に助けてもらった」
「黒づくめ……の人?」
「うん。その部屋の窓から飛び降りて、わたし、気を失って。起きたらここにいて、もふさまが吠えたの」
父さまはもふさまに頭を下げる。
「リディアを守ってくださり、感謝します」
もふさまの尻尾が揺れる。
「とりあえず、皆が心配しているから、会場に戻ろう」
父さまを掴む手に力が入る。
「怖いか? 家に帰るか?」
少しだけ気持ちが揺れる。心配をかけているから元気な姿を見せなくちゃとも思うし、でもわたしを狙った人たちがいるかもしれないという恐怖がある。
「ずっと父さまが抱っこしてる。それでどうだ?」
わたしは頷いた。
わたしともふさまを乗せて父さまは馬を駆った。そのまま貴族街に入り、あっという間にキートン夫人の家についた。探索をかけると赤い点が2つ。父さまにそのことを告げる。わたしを抱く手に力が入る。
父さまとわたしが現れたことで門でもざわつき、すぐにみんなが集まってきた。
「リディー!」
「リー」
「リー」
父さまは真っ直ぐにキートン夫人の前にいき、礼をとった。
「ジュレミー・シュタインです。この度は娘たちが大変お世話になりました。その上お騒がせして申し訳ありません」
「リディアお嬢さまがご無事で何よりです」
「何があったの?」
ロビ兄が父さまに尋ねる。
「寝ている間に連れ去られ、町の子にした物語について質問され、その後に助けられたようです。娘が怯えているので、こちらのご挨拶で失礼させていただきたく思います」
父さまはキートン夫人にあらましを伝える。
キートン夫人は心配気にわたしを見ている。
「もちろんですわ。リディアお嬢さまのことを一番にお考えください」
「ありがとう存じます」
父さまは兄さまたちにしっかり後片付けまでできるかを尋ねた。
兄さまたちが頷くと、こっそりと何かを呟いて、アルノルトを呼んだ。そしてアルノルトに任せて、馬に乗ると、馬車がやってきた。
この立派な馬車は……と父さまが馬から降りる。
やはりロサ殿下だ。
「リディア嬢、無事だったんだな」
皆が礼をとる。約束通りロサの前でも父さまは抱っこから下ろさず、そしてロサ殿下に非礼を詫びる。
ロサ殿下は途中でわたしの姿が見えなくなった報告を受け、戻ってきたそうだ。
父さまはとにかく今は、わたしが怯えているので家に帰りたいと訴えた。
ロサはそれを許して、護衛の一部をわたしたちにつけると言った。父さまはそれを頑なに断った。その視線でロサは気づいたようで、わたしたちが帰るのを許してくれた。
そして何かわかるまでキートン夫人のお屋敷にも警備をつけると言った。
父さまは黒い馬をビュンビュン走らせた。ほんっと早かった。もふさまに顔を埋めて目をつむっていた。
家に帰ればピドリナと母さまとハンナが驚く。父さまとわたしだけ馬での帰還だったからね。
わたしは少しだけ眠りたいと言って、もふさまと部屋に入った。
寝るフリをしてもふさまに尋ねた。
黒づくめの人は誰なの?と。




