第185話 読み聞かせ(下)
門番さんがいた。商業ギルドから依頼を受けた冒険者の方々だそうだ。そっか、今日から搬入だったね。
搬入用の部屋を用意してもらったので、そこにぬいぐるみを出していく。お菓子は、疑うわけではないが何が起こるかわからないのが人生ってものだから、当日に出すつもりだ。あくまで侵入者が入らないための警備の人か欲しかっただけだから、食べ物を搬入するつもりはない。
ぬいぐるみには何もできないようしっかりシールドをかけた。母さまとハンナの汗の結晶だから! それにひとつ8000ギルもするものだしね!
子供たちが集まってきたようなので、シーツを敷いて座ってもらう。
みんなにどうなっていくか考えてきたかというと、それぞれに発表してくれた。ほとんどがハッピーエンドを願っていたが、中には斬新なものもあって考えさせられた。みんなも、いろんな物語の結末を聞けて、楽しかったみたいだ。
それでは、わたしの物語では……。
「そうして、皆に助けられて、心優しい女性はこれからも花屋敷で暮らせることになりました。靴屋の主人はその後も毎日珍しい花の種を届け続けました。女性はもらった種をお庭に植えて行きました。種から芽が出て背を伸ばし花を咲かせた日、靴屋の主人は自分の思いを伝えました。女性も思いを伝えました。あなたからもらった種だからこうして育て花を咲かせたのです、と。ふたりの思いは通じ合いました。ふたりはみんなに祝福されてずっと幸せに暮らしました。おしまい」
読み終えると、みんなが拍手してくれた。斬新な物語を予測してくれた子もだ。バッチリのタイミングで、お茶とお菓子が運ばれてくる。
幾分か親しくなった子供たちは、お菓子を食べながら話してくれる。
みんなで続きがどうなるかの話をしていると、おじさんとおばさんが近寄ってきたそうだ。話を詳しく聞きたいという。
みんな怪しく感じて口をつぐむと、貴族のお屋敷から出てくるのを見た。お前たちは平民なのに何をしていたんだときつい口調で問い詰められたという。
みんなは貴族のお嬢さま(わたしのこと!)から頼まれて〝お茶会〟とかいうものの手伝いをしてきたんだと言った。どんな手伝いだと問われた。〝物語〟を聞いたと言ってしまったら後半が聞けなくなるので、子供たちは困った。
「菓子でももらったのか?」
と聞かれたので、子供たちは頷いた。今まで食べたことのないような分厚い甘い焼き菓子を食べたのだと。そしてお土産にもらったお菓子もびっくりするほどおいしかったと。
おじさんたちは急に猫撫で声になり、そういえば意地悪な女性とかなんとか言っていたが、さっきは何を話していたんだ?と尋ねられた。
〝物語〟と言わなければいいんだと子供たちは胸に刻みながら、自分はこうなるんだと思うと続きを予想しあった。
おじさんとおばさんは必死に聞いていたそうだ。
思ったより食いつきがいいので、ちょっと驚く。
子供たちは続きを考える遊びが思いの外楽しかったという。それはよかった。
今日のお土産はショートブレッドだ。
子供たちから、もし今後も何か手伝うことがあったら声をかけてくれと言われた。その時はよろしくと言っておく。
当日はお庭でテーブルと椅子を出してと考えている。テーブルや椅子の配置などは兄さまが考えてくれた。いや、お菓子作り、ぬいぐるみ、朗読の物語以外、ほとんど兄さまたちに考えてもらっている。
お品書きを書いたものも、購入するかのリスト制作も双子と兄さまがやってくれた。
明日がお茶会という最後の日、わたしは昼寝の後で、キートン夫人とお庭をぐるりと散歩した。庭のそこかしこから思い出が顔を出すようで、眼差しが優しい。一番大きな木の前で、夫人は歩みを止めた。
「リディアお嬢さまは、フランツさまと婚約されているんでしたね?」
「はい」
「ふたりはとてもお似合いですわね。私は政略結婚でしたの。忙しい方で結婚式で初めて旦那さまになる方と顔を合わせたんですの」
「初めてお会いして、いかがでした?」
「それが〝うむ〟しか言わないから、心の中でうむ坊ちゃんって呼んでおりましたのよ」
キートン夫人の顔が華やぐ。
「でもそれも、ふふ、女性と話したことがなくて緊張されていたと後からわかったんです。式が終わり、ここについて、やっとドレスを着替えました。とても疲れていたのに、何の説明もなくここまで一緒に歩かされましたの。私何がしたいんだって心の中で頭にきていたんですのよ」
そして夫人は吹き出した。
びっくりしたわたしにごめんなさいと謝る。
「そうしたらあの人、いきなり私を抱えて木を登ったんですのよ」
え?
「驚いたのと、憤りともう混乱していたら、木の枝に座らされて『今日からここがあなたの家です』って、『至らぬ点はありますが、ここを私とあなたが安らげる場所に一緒にしていただけませんか?』って。私その時に伴侶がこの方でよかったって思いましたの。……あら、嫌だわ」
夫人の瞳からきれいな滴が落ちる。
「そんな思い入れのある家を出るなんてお辛いですね」
夫人は屈んでわたしの視線と目の高さを合わせる。
「いいえ。思い出は私の心の中にありますもの。子供に家を残せなかったことは申し訳なく思います。ただ、自分の浅はかさを情けなく思いますわ」
わたしは思わず夫人の手をとった。
「夫人は浅はかでも情けなくもありません。悪いのは違法なことをした人です。キートン夫人を巻き込んだ、悪いことを考えた人です」
「……リディアお嬢さま……」
キートン夫人は声を詰まらせた。
本当になんとかできなかったのかね? 騙されて、それも寄付しただけなのに。その寄付金が違法の投資に使われていたからって、キートン夫人は悪くないのに酷すぎるよ。