第180話 お茶会の準備(上)
お祭りで会った時に軽く話しておいたが、お茶会の日程と場所が決まったので、ホリーさんに詳細を話しにイダボアへ行った。
お祭りの時に言われた通り、まずぬいぐるみを商品登録した。こちらは作り方は売らない。ウチのブランドと登録するだけだ。ホリーさん曰く、真似されてオリジナルで登録されたらアウトだからだそうだ。なるほど、そういうこともあるから、登録は大事なんだね。今まで人の形を模した人形、木彫りの獣や魔物はあったみたいだけど、こういう柔らかい素材で本物に似せて作るのではなく、かわいいに寄せて作ったものをホリーさんは見たことがないそうだ。商業ギルドも同じ意見らしく、ぬいぐるみはすぐに登録してもらえた。
お茶会で後日配送のお菓子の手配をランパッド商会に受け持ってもらえることになった。相談しておいたところホリーさんが上の人の承諾をとりつけてくれた。その持っていく2週間と帰り道、収納袋を使えることに魅力を感じたのだろう。
せっかくイダボアに来たので、お茶会の会場となるお屋敷をチェックしに行った。貴族街は来たことがなかったので新鮮に映る。
ロサが懇意にしている貴族の家だという。外から見ただけだが庭が素晴らしかった。まだ春になったばかりというのに、色とりどりの花の蕾が見えた。
そのお屋敷には門番がいなかったのだが、その奥から執事っぽい格好をした人が出てきた。そしてわたしたちに頭を下げる。
「私はこのキートン家に仕える執事でございます。いきなりお声がけをして申し訳ありません。主人が窓から皆さまをお見かけし、シュタイン領のご兄妹ではないかとおっしゃるものですから。おうかがいしに参りました」
アルノルトは一礼した。
「ご丁寧に痛み入ります。私はシュタイン家の執事でございます。おっしゃられる通り、こちらはシュタイン家のご兄妹です。お茶会でこちらのお屋敷を使わせていただくにあたり、外から少し感じをつかみたいと、見させていただいておりました。ご不快に思われたら申し訳ございません」
「いえいえ、反対でございます。奥さまはよろしかったら、少しお話させていただければと申しております」
わたしたちは顔を見合わせたが、中の感じも見たいしということで、ご挨拶させていただくことにした。
物の価値とかよくわからんけど、ものすごく質の良い物だと感じられる。ゴテゴテした派手さはなくても、重厚っていうか、格式高いっていうか、品の良さも手伝って、こんなところに子供入れるの嫌だろうなーとか変なことを考えてしまう。もふさまも当たり前に入ってくれと言ってくれて、わたしはキートン夫人を良い方だとすでに思っていた。
部屋で迎え入れてくれたのはとても品の良い、年配のご婦人だった。薄い茶色の髪をきれいに結い上げていて、瞳はブルースカイだ。キートン元侯爵夫人。わたしたちは不躾に屋敷を見ていたことを謝り、招待してくれたことの感謝を伝えた。
調度品も素敵だったが、部屋の真ん中に配置されたピアノの存在感がすごい!
窓からは優しい日の光が入ってきている。窓に近い一部にラグが敷いてあり、ソファーが置かれている。そのソファーがこれまた気持ちよさそうだ。壁に一輪挿しの花瓶が吊るされているのかな? 所々にお花が飾られている。ウチのベッドぐらいの大きさの絵画も壁に飾られていた。湖に朝日が渡ってきている素敵な絵で、手前には白い馬がお水を飲んでいた。
ソファーに座りお茶をいただきながら、少し話しただけでなぜかわたしたちはキートン夫人のことが大好きになった。おばあさまがいたらこんな感じなのかなと思った。
キートン夫人は第二王子殿下の家庭教師をされていたことがあるそうだ。その縁でこちらのお屋敷を貸してくれないかと殿下から手紙があったらしい。
こちらは旦那さまと長く住んでいた思い入れもあるお屋敷だが、4月いっぱいで引っ越すそうだ。4月の末までなので雇っていた人たちも解雇して、今残っているのは料理人と清掃婦と執事と庭師とお付きのメイドひとりだという。
最後にこの思い出のある家で、自立支援のために寄付を募るお茶会の、会場を貸し出すことができて嬉しいと微笑む。
殿下が覚えていてくださって、頼りにしてくれたことも嬉しいし、幼いわたしたちが世の中のためになることを考えたのが嬉しいのだと話してくれた。そんな立派な動機ではないので心苦しくなった。
まだ肌寒いけれど、天候が悪くない限りはお茶会はお庭でやらせてもらいたいと思った。だってとても素敵なお庭なんだもん。兄さまたちも同じ考えで、一応室内でやらせていただく場合のお部屋も見せてもらった。足を取られそうに沈む絨毯の敷き詰められた部屋だった。クローゼットにはおしゃれな丸いテーブルと椅子がいっぱい収納されていた。
広いし、こちらでやらせていただくのでも問題ないだろう。
お茶会は午後からなので、当日に庭でやるか室内かを決めさせていただくことにした。
居間に戻って、再びお茶をいただいた。お茶会の構成を話し、わたしはお茶会で出すものをひとつひとつ取り出して、見せて味を見てもらったり、ぬいぐるみを見せた。とてもはしゃいで素敵だと言ってくれて、嬉しかった。
とても聞き上手なのかもしれない。わたしたちは自分のしたことをキートン夫人に聞いてほしくて、目を輝かせて「それからどうしたの?」と尋ねてほしくて、誇張気味に話した気がする。
そうこうしているうちに部屋の外が騒がしくなり、派手な服を着た目のつり上がった女性と、お付きのメイドと侍従のような人たちがなだれ込んできた。
「来客中です、日をお改めください」
執事さんが言ったが、まるで聞く気なし。
キートン夫人の顔が初めて不快げに歪んだ。
「ここはまだ私の家です。入ることを許可した覚えはありませんよ?」
「何を今更上品ぶっているんです? 元侯爵夫人といっても私たちと変わらないただの人じゃありませんか。違法なことをしてもお金があれば許されるなんて、全く理不尽な世の中ですこと」
不穏なワードが含まれていた。兄さまがキートン夫人を庇うように立ち上がる。
「罰金で済むのは、酌量の余地が認められた時だけです。言い換えれば、キートン夫人は〝嵌められた〟と国が認めているのでしょう。嵌められることを許してしまった罪に対しての罰ですから」
嵌められた? 罰金? キートン夫人が? 兄さまは何を言っているんだろう?
「生意気ね、礼儀がなっていないわ。子供が大人の話に割り込むのではなくてよ?」
「勝手に人の家に入ってくるような方だから、礼儀は必要ないかと思いまして」
「生意気な!」
振りあげた手を兄さまは掴み、双子も立ち上がる。手首がぴくりとも動かないようで、女性が驚いたように目を見開いた。
キートン夫人は隣のわたしを引き寄せる。
「離しなさい」
女性に言われて、兄さまはすぐに手を離した。
「慰謝料を請求してやるわ。どこの子? みすぼらしい服を着て」
「フランツ・シュタイン・ランディラカ。父は辺境伯です。ご請求でもなんでもどうぞ。そちらのしたことを、話させていただくまで。さて、私は名乗りました。どちらのご婦人でしょう?」
兄さまが睨みつければ、女性は顔色を失くした。子供とはいえ、バックにいるのは辺境伯だからね。
「子供のしたことですもの、大目に見ますわ」
そう捨て台詞を残して出て行った。
何がしたかった? 嫌がらせ?
「あの人と何かがあって、陥れたのはあの人なんですね?」
キートン夫人は困ったように微笑む。
「少ない会話でそれだけのことを考えられるなんて、さすが殿下のお友達ですわね」
殿下の友達というフレーズでわたしたちは固まったが、夫人は気づかなかったようだ。
キートン夫人がいうには彼女はコルヴィン男爵夫人。5月からこの家の主人になる人だそう。引っ越しというのも、夫人がしたかったわけではなく裏がありそうな感じだ。でも夫人も子供のわたしたちに詳細を聞かせる気はないようだ。
「5月からあの人の家になるというのに、待ちきれないのね」
と子供に話すように(合ってるんだけど)、それだけで終わらせてしまった。