第178話 春祭り(下)
ミニーとカトレアと一緒にトネリの居酒屋さんのスープを買いに行く。
やっぱり深い味。ハフハフしながら野菜と一緒に飲み込む。
お腹もあったかくなり、ヨムの家の方に行ってみようかと歩き出した。
少しすると手を引っ張られた。
ミニーとカトレアは慣れたように壁にへばりつく。
「どうした…」
の?と続けようとしたら口を押さえられた。
横道からエドガーとマリーナが歩いてくるところだった。
もふさまはトコトコとわたしたちがへばりついた道にやってきて首を傾げる。
「真剣に、考えて欲しい」
エドガーがそういって、マリーナとふたり足を止めた。
エドガーがマリーナの手を取る。
「俺はマリーナのことが好きだ。マリーナといずれ所帯を持ちたいぐらいに思っている」
マリーナの顔がピンク色に染まった。
「あ、あの私……」
「ちょっと、待った」
ふたりが来た通路を、追いかけて来たのがふたり。ひとりは肩で息をして、もうひとりはエドガーが持ったマリーナの手を外させる。
「マリーナ。わかっていると思うけど、俺もマリーナが好きだ」
「マリーナ、俺もだ」
うわー、モテるってスゴイ。トリプルだ。
カトレアに引っ張られて、反対方向から違う道に出る。
「お祭りって告白する人が多いのよ。マリーナ姉たちは健全だけど、道端で口付けしたりするのを見たことあるわ!」
!
言ってるそばから前方でものすごい派手な黄色いワンピースを着た女性と恰幅のいい男性が熱い抱擁以上のことをしていて、わたしたちは道を曲がった。
「中央のほうに行こっか」
「そうだね」
「マリーナ姉、どうするんだろう?」
「モテモテだね」
「牽制しあってたんだろうね」
腕を組み、ふむふむひとり頷いていたカトレアが言った。
「ケンセイって何?」
「ええと、この場合、マリーナ姉が自分に惹かれているみたいに話して、相手に告白させないようにしていたってとこかな」
カトレアが解説すると、ミニーはなるほどと頷いた。
「とうとう3人とも告白したね」
「なんで告白させないようにしてたの?」
ミニーが首を傾げる。
「それは答えが出ちゃうからじゃない?」
「答え?」
「告白されたらマリーナ姉だって、答えなくちゃでしょ。誰が好きって」
「そっか、ふたりは振られちゃうんだ」
ミニーが眉を寄せている。振られるふたりの心情を慮ってだろう。
「3人ともかもよ」
カトレア、すごい。そっか、そういう可能性もあるか。
「カトレア!」
走ってやってきたのは大きい村の子だ。
「今、ちょっと話せるか?」
こ、これは!
わたしとミニーは目を合わせて、表通りに行ってるねと告げて横を通り過ぎる。
カトレアと男の子くんが向き合っている。
人ごとなのにドキドキするね。
そうして道を行けば、マールが男の子に告白されていた。
何みんなして春爛漫しちゃってるの。
「告白ラッシュだね」
「ラッシュって何?」
「ええと、今は集中って意味で使った」
「春のお祭りだからね。あたしもカールに」
「おれが何?」
振り返れば、カールとビリーとサロがいた。
「カトレアと一緒じゃなかった?」
サロに尋ねられる。
ミニーは顔を赤くしている。聞かれたかと思ったんだろう。
「ミニー、顔が赤いぞ」
ビリーがミニーのおでこをつく。
「カトレアはあっち」
少し迷ったが付け足す。
「村の子と話してる」
ビリーとカールがサロをみた。
おお、サロの気持ちを知ってるんだね。
サロはそっちが気になるみたいだが、赤い顔した妹も気になるみたい。
「ミニー、熱か? 大丈夫か?」
サロが確かめる。
「おれたちがついてるから、お前、行ってこい」
ビリーがそうけしかけた。
「うん、ありがとう。行ってくる!」
そう片手を上げて、サロが走っていく。力強いサロを初めて見た。いつもちょっと自信なさげなのに。
「で、ミニー、お前、具合悪いのか? おぶるか?」
ミニーは首を横に振った。
「なんでもない、平気」
「で、おれが何?」
ミニーが固まったのでわたしが答えた。
「冒険の話、カールってお兄さんから聞くんでしょ?」
「ああ、まあな」
「やっぱり。それを今度聞かせて欲しいねって言ってたの」
「ああ、それならいくらでも話してやれそうだ」
カールがにこりと笑う。
「だって、ミニー」
「じゃあ、今度聞かせて」
ミニーがいうとカールが頷いた。ミニー、嬉しそう。
みんな青春してますがな。幼くても!
それから表通りに行くとなんとなく仲のいい子たちが集まってきて、お肉屋の串焼きを食べたり、ジュースを飲んだりした。どれもお祭り価格で安くしてくれているからね!
カトレアとサロとも合流する。マールもあっちでチェリとジュースを飲んでいる。
ビリーにおいでをされて行くとモロールから来た小さな女の子が、兄さまの腕にぶら下がってたぞと言われる。
ペルシャだね。
いいのかよ?と尋ねられる。
ビリーはわたしが兄さまの婚約者だと知っているみたいだ。
今日は無礼講ってとこもあるけれど、でもちょっと兄さまにベタベタするなーとは思っていた。ただ、人恋しいのかもしれない。
そう告げるとビリーは目を押さえた。
「どうしたの?」
「おれたち……おれたちがあの子たち引き込んだようなところあるからさ。あの子、自分の願いに真っ直ぐなタイプだ。大事な兄さま、取られるぞ」
ええっ?
カトレアに肩を叩かれる。ミニーにも背中を押される。
これは、みんな知ってる!?
みんな……おませだな。
期待するような目に促されて、ウチの屋台に近づいて行く。
うわー本当にぶら下がってるよ。腕にしがみついている。
「リディー」
兄さまがわたしを見て眩しいほどに微笑む。
ぶら下がっているペルシャも、わたしが近くに来たことが嬉しいように微笑む。
ちょっとイラっとはした。
けれど、それはペルシャの手を払うほどのことではなかったはずだ。
いくつもの恋物語に当てられたのだろう。
兄さまが驚いた顔をしている。
ペルシャにはクスッと笑われた。だだっこねとでもいうように。
我に返って猛烈に恥ずかしくなる。でも……だけど……。
「無礼講でも、わたしの婚約者だから、兄さまは駄目」
ペルシャの目がまんまるになる。
「兄妹じゃないの?」
「違う」
兄さまがわたしに歩み寄る。そうして抱き上げてギュッとする。
「リディー、嬉しいよ」
これはわたしが嫉妬したことになるのか。
恐々と周りを見ればみんな嫌に生暖かい目でわたしたちを見ている。
柄にもないことをしてしまった!
兄さまはわたしをおろして目尻にちゅっとする。
ヒョエーーーーーーー。みんなの見ている前で。
ものすごい生暖かい目で見られているよ。
自分でしたこととはいえ、いたたまれない。
そんなハプニングはあったものの、それからも町の子と一緒にお祭りを満喫した。大きい村の子や小さい村の子も来ていて、セズたちをみんなに紹介もした。ぎこちないところはご愛嬌だが、同じ領地に住む者として一体感は持てた気がする。
夕飯は領地予算からひねりだしたお金で、トネルのおじさんに頼み雑炊を作ってもらっている。野菜とお肉を焼いたのもたんまりとある。今日は遅くまで祭りは続くのだ。
今日までだから。大きい声で呼び合って、笑って、どつきあって。ギュッとして、手を繋いで見上げた夜空は星が降り注いでくるようで、生涯忘れないだろうなと思った。
何も変わらないけれど。何も失わないけれど。
今日という日を超えたら、春を告げる明日という日になってしまったら、戻らない何かがあることもわたしたちは知っていた。