第167話 安全
顔色の悪い母さまがわたしを見下ろしていた。
「……母さま?」
「熱は下がったわ。辛い?」
母さまのひんやりした手がわたしの頬に添えられる。熱? あれ、なんだっけ?
『2日経った』
もふさまの声がする。
「2日……」
『領主や兄たちが帰ってくるのは2日後だな』
母さまが体を起こしてくれた。お水をもらって飲んだ。
ぼんやりしていた頭がやっと動き始めた。
「母さま、だいじょぶ?」
「リディーが作ってくれたキャンディーと寒天は食べられるみたい」
そうか、それはよかった。
同期をして魔力酔いを起こしたっぽい。
ご飯を食べられそうか聞かれて、期待に満ちた目に思わず頷いていた。夜着のまま、靴下を履き、カーディガンを着て、居間に移動する。
暖炉の前でぬくぬくしていたアオとアリとクイが、わたしに気づいて走ってくる。
「大丈夫でちか?」
きゅーん
くーーーん
「だいじょぶ、ありがと」
アオとアリとクイを抱きしめる。食事を運ぶピドリナの後ろからシロたちがやってきて、わたしの周りに群がった。
もふさまがピクッとして部屋を出ていく。
ん?
「ケインが帰ってきましたね」
ピドリナが窓から外を見て教えてくれる。
「ケインが?」
やがて入ってきたのはアルノルトで、こちらの様子を見に帰ってきたんだと言った。さっき出ていったもふさまも一緒だ。
それから様子を見に帰ってきただけなので、またすぐに戻るとも。
わたしが熱を出したのを聞いて気遣ってくれる。
ピドリナが料理をいっぱい入れ込んだ収納袋をアルノルトに渡している。
そしてすぐにでも出発しそうな勢いなので、お茶を勧めてみたが馬車をつけてこなかったのでと口籠る。
アルノルトは俯いて、少し考えてから言った。
「奥さま、お嬢さま、ここは主人さまとハウスさんの護りがあり、世界で一番安全なところです。怖がらすと思い言わないつもりでしたが……、〝家の罠〟に物盗りでしょう、引っかかっておりました。その者たちを引き連れて町に行きます。馬車をつけて来ませんでした。歩かせていくことになるので、すぐに出ないとなりません」
え? ともふさまを見れば、もふさまは頷く。
『我も気づいたが、ハウスが全部生け捕りにした』
『マスターも寝込まれていましたし、領主さまもいらっしゃらなかったので、捕らえたままにしておきました』
ハウスさんの声が聞こえる。
も、物盗りが来たのか。母さまがぎゅーっとわたしを抱きしめる。
わたしは抱きしめ返した。
あ、金塊の噂か……。
「母さま、ここ安全だからね。もふさまとハウスさんが護ってくれるからね」
「そ、そうね。リディーの言う通りだわ。ここは世界一安全ね」
「そう。だから怖がらないで。だいじょぶだから!」
大切な人たちを絶対に守るから。
「そうです、奥さま。ここは安全ですから、心穏やかにお過ごしください」
「わかったわ」
母さまは笑顔を作った。
アルノルトはピドリナの肩に手を置いて、もふさまとハウスさんにお願いしますと頭を下げ、家から出ないように言って、踵を返した。
窓から見ると、5人の男たちが手を縛られた状態で数珠繋ぎになっている。
家の中が安全なのは確かだが、遠目にも厳つくて悪役っぽい男たちがウチを狙っていたと思うと背筋が寒くなる。
『ハウス、任せたぞ』
「もふさま?」
『あやつひとりでは手に余るだろう。町まで行ってくる』
「お願いします」
アルノルトは強いけど、5人に一致団結されたらどうなるかわからない。
もふさまが走り出したと思ったら、数秒後には窓から見える景色の中にもふさまはおさまっていた。しんがりについてトコトコ歩き出す。
「大丈夫でち。メインさまは隙がないでち」
自分のことのようにアオが胸を張る。
アリとクイも何を言ってるのかはわからないけどきゅん、キューンと声をあげ、シロたちも盛んに鳴く。
「任せろって言ってるでち」
母さまとピドリナと顔を見合わせる。
うん、みんないるもんね。怖くなんかないね。
頼りにしているよと、みんなを抱きしめた。
母さまがご飯の匂いが辛そうなので部屋に行ってもらって、ピドリナがご飯を食べさせてくれた。自分で食べられるって言ったんだけどね。
食べると元気が出てきたので、夕飯の仕込みをする。下ごしらえしたものを一度煮込み、あとは暖炉の上に置いておく。
それから、母さまの部屋に行き、売りに出すカバンの話をしながら制作に夢中になっていた。
もふさまが戻ってきて、もう夜だと知った。
アルノルトも無事に町に着き、自警団に物盗りを預け、明日、自警団がイダボアに届けるとのことだ。ピドリナがホッとしたのがわかった。
もふさまを労って、暖炉の上でひたすら煮込まれたトロットロのお肉の角煮を角煮丼にして出した。もふさまは大喜びだ。こってこてだけど、もふさま好きそうだと思ってた! アオも大好きな味のようだ。
母さまは部屋で、ところてんを食べている。栄養あるもの、取れればいいんだけどねー。
部屋に上掛けを取りに戻った。冬バージョンになっているとはいっても、ただ布を重ねているだけ。
もふさまとアオに綿を見たことがあるかを聞いた。何に使うのか聞かれ、上掛けの間に入れたいんだと伝える。そうすると温かいのだと。
アオは首を傾げたが、もふさまが海藻で似ているのがあるという。海藻?? 水の中でふわふわしているもの??? 想像がつかない。
『欲しいのか?』
「うん。どういうところにあるの? 深いとこ? 浅瀬?」
『詳しい奴がいるから、今度会うときに聞いてやろう』
「お願いします!」
海のものじゃダンジョンに植えて増やせないけれど、少しだったらそうだな、ぬいぐるみとかいいかもな。
アオやアリやクイのぬいぐるみ欲しい!
っていうか売れる気がする。
ぬいぐるみ、いいんじゃない? 中に詰められるものがあれば!
ふわふわのあったかい上掛けが欲しい思いつきで言ったんだけど、もし綿っぽい何かがあれば、先にぬいぐるみがいいかもね。あ、布団は水鳥の羽毛とかもいいのか。
元子供部屋にてみんなで眠った。
料理や小物を作りながら1日を過ごし、次の日父さまや兄さまたちが帰ってきた。セズたちは宿屋に泊まらせたそうだ。父さまは町の家に届いたロサからの手紙を持ってきてくれた。ロサからはGOサインが出た。
アルノルトが帰ってきた日、起きたばかりでやはりぼんやりしていたようで、聞きそびれてしまったのだけれど、モロールの孤児院の対応を聞いた。それは後で話すと言われて、なんでーと思ったけれど、父さまとアルノルトが町にとんぼ返りとなったので仕方ない。ハウスさんは大人にだけ話すと決めたようで知らされなかったのだが、またまた物盗りがかかっていた。今度は7人。ケインがまた町にいくので、シロたちが声を上げたが……。
夜には帰ってくるからと、父さまたちは町に戻ってしまった。
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