第162話 燻小屋の怪
双子の様子がおかしい。
ビリーの家に泊まりに行った後からだ。
双子が遊びに行くと家を出たので、わたしと兄さまは頷きあった。
ふたりの後をつけることにしたのだ。
双子の食欲がおかしい。おやつもいっぱい欲しがる。野菜も持ち出しているのを見た。
どう考えても、何か飼ってる。反対されるようなものなのかな? 魔物だったりして?
もふさまに引っ張られて止まる。するとロビ兄が振り返った。
あぶね。
口パクでありがとうを告げる。
双子はいつもの川原に向かった。
あれ、川原?
茂みに隠れて川原を覗き込む。双子が見えた。その先に……。
兄さまと顔を見合わせる。生き物だとは思ったが……。
もふさまがタッタと双子の方へ歩き出した。
気配に気づいて振り向いたロビ兄が声をあげる。
「もふさま? ってことは」
こっちをさらに見ている気配がする。わたしと兄さまは立ち上がった。
「兄さま、リー……」
「生き物を拾ったのかなと思ったんだけど……まさか人とは……」
双子が手を伸ばした先には、わたしぐらいの男の子が3人と女の子がひとりいた。
「あの、これは……」
「父さまには秘密にして!」
ふたりが同時に口にした。
「だぁれ?」
一番幼く見える子がアラ兄の服を引っ張る。
その子が着ているというより被っているのはロビ兄の服だ。大きいからだろう。ウエストのところを紐で縛っている。袖も折ってある。子供特有にほっぺはいくらかふっくらして見えたが、他は痩せ細っていた。靴は穴が空いていて、足の指が見える。靴下を履いていない。
「どちらさまですか?」
後ろからピシャリとした冷たい女の子の声がして、振り返る。
そこには兄さまより2つか3つ上の、活発そうな少女がいた。茶色の髪に茶色の瞳。後ろで髪をひとつに結んでいる。籠に入っている芋が湯気を立てていた。
「おれたちの兄さまと妹だ」
「みつかっちゃったか、言いつける?」
少女がすがるようにわたしたちを見る。
言いながら、芋の籠を子供たちの前に置いた。
子供たちが食べていいかと聞いて、手を伸ばす。
「誰も盗らないからゆっくり食べな。つっかえるよ」
少女は子供たちに言って、わたしたちに向き直る。
「ロビンとアランたちには随分助けてもらったんだ。この子たちの服も貰っちゃったし、食べ物も恵んでもらってる。あんたたち貴族なんだろ? 鞭打ちならあたしだけにしてくれるかい? この子たちはまだ小さいから」
『リディア、町の小童が来たぞ』
町の小童?
わたしが振り返ると、
「あ」と声をあげたのはカールで、ビリーとカールとサロがバツが悪い顔をした。
グルのようだね。みんな食べ物を抱え込んでいる。
「どういうことか、話してもらおうか、アラン、ロビン」
ニコッと笑った兄さまは笑顔の母さまぐらいの迫力があった。
異変に気づいたのはヤスだという。ヤスは燻小屋を作った責任からか、定期的にメンテナンスしていてくれたそうだ。それでこの前来た時に、違和感を感じた。ひょっとして獣でも入ったのかと思って注意するようになり、どうもそれが人ではないかと思えた。それでみんなで夜にここに来てみようということになった。けれどまだ子供だ。夜に川原に行くなんて言ったら絶対反対される。そこで、ビリーはカールの家に、カールはヤスの家に、サロもヤスの家に、双子もビリーの家に泊まるとそれぞれ嘘をつき集まった。大人に告げるには確証がないから自分たちで確かめるためではあったけれど、夜に子供だけで行動することにも魅力を感じてもいたようだ。
川原に近い茂みにテントをはった。テントは双子が父さまのを持ち出した。暗くなると、何かが小屋の中に入っていった。みんなは明かりを持って小屋を開けた。そこには自分たちより少し上の少女と、まだ小さな男の子3人と女の子ひとりが身を寄せ合っていた。
少女の名前はセズ。12歳。9歳のマレクとキール、7歳のドゴと女の子のペルシャだ。5人はモロールの孤児院から出てきたという。水があればなんとか生活できると思って、川を求めていた。そして誰も使っていない小屋があったので、夜の間だけ使っていたという。セズはともかく9歳と7歳の子たちはもっと小さく見えた。そして着ているものも粗末で、痩せ細っていて……ビリーたちにすると、1年前の自分たちを見ているような気がしたという。
双子は子供たちの様子に衝撃を受けた。
あまりに寒そうなので服やら温石、それから食べ物を都合して渡したらしい。
「なぜ、父さまに言わなかったの?」
兄さまが尋ねると、セズが答えた。
「あたしが大人には言わないでくれって言ったんだ。モロールに帰りたくないから」
その声音で心底帰りたくないのが窺える。
「でも、この生活をずっと続けられるとは思ってないよね?」
「それはそうだけど……」
さらに兄さまが踏み込むと、言葉がしりつぼみになる。
「気持ちはわかるけど、私たちはまだ子供だ。私たちだけでは解決できないことばかりなんだ」
兄さまが言葉をかけると、セズはきゅっと口を結んだ。
「でもさ、兄さま。大人が知ったら絶対にモロールに連絡するよね? 連絡したら帰って来いって言われるかもしれないよ。帰って来いって言われたら、父さまは領主だもん、返さなくちゃ問題になる」
アラ兄が兄さまに詰め寄った。
「それじゃあ、アランはどうしたらいいと思うんだ?」
「シュタインに孤児院を作れないかと思っている」
「どこに? 資金は? 規模は?」
「ダンジョンに入って資金を得る」
「いつまで、永遠に? 孤児院を作ったら孤児を受け入れることになる。今は5人だけど、子供が増えたらどうする? 資金って簡単にいうけど、人が生きていくには食べ物代だけじゃなく、生活するにはそれなりにお金がかかるし、小さい子の面倒を見る人もいる。その代償は? 小さい子だってどんどん大きくなる。誰がどうやって育てていくんだ?」
アラ兄が言葉に詰まると、兄さまはアラ兄の頭を撫でた。
「アランの考えも、わかるよ。でも人の生活に責任を持つことは子供には難しい。見渡せる目がないからその人たちを不幸にしてしまうかもしれない。気持ちはわかるけどね。うーーん、どうするのが一番いいんだろう? リディーはどう思う?」