第159話 家出少年⑤少年の信念
「シュタイン領のレアワーム、知っているだろ?」
兄さまが尋ねる。
イザークもオメロも控えめに頷いた。
「あれは、前領主についていた腰巾着がこの薬を撒くと土が良くなるって撒いた後に起こったことなんだ」
「え?」
兄さまは腰巾着に言われるままに税をあげ、払えないと土地をとりあげ、その空いた土地で薬が撒かれた経緯を淡々と語る。
「……取引している農家に近々ポーションを撒くって言ってた」
サーっとオメロの顔が青くなる。
「そのポーションがどういうものかはわからないし、もしレアワームであれば対処法はあるから大丈夫だけど。子供が聞いてもおかしいと思うようなことなのに。商人のお父さんが大丈夫だろうと任せたお兄さんたちがそんなことに引っかかるのもおかしい」
アラ兄が腑に落ちないと言った顔だ。
「ど、どうしよう。兄上たちが、とんでもないことしてたら。それに俺が何言っても父上も聞いてくれないし!」
わたしたちは顔を見合わせる。
「父に話してみよう。大人から話を持っていてもらえば……」
イザークが立ち上がると、兄さまが眉を寄せながら言った。
「いや、それは侯爵さまも困るんじゃないかな。確証がないことで他家の貴族のやることに口を出すのは」
「じゃあ、どうすれば?」
「オメロが顧客を取れれば、お兄さんたちと一緒にやっていいって言われたんだよね?」
アラ兄が確認をする。
「あ、ああ」
「よし、ならば私が顧客になろう」
イザークが胸を叩いた。
「兄たちの仕事に一緒について、商人がおかしいのを証明するがいい」
イザークは侯爵さまに事情を話してくると家の中に入っていった。
イザークはオメロについていくことにしたようだ。
話を聞いた侯爵さまも異存はないようだ。モロールで人と会ったりできるからちょうどいいんだって。
ということで、お昼ご飯を食べたら、侯爵さまはイザークとオメロと従者くんを連れてモロールへ、父さまは町へと行くことになった。
侯爵さまたちも朝食のおにぎりにぱくついていたから、米は大丈夫とわかり、昼はハンバーグステーキ定食にした。ハンバーグ、フライドポテトもどきはやっぱり子供に大人気だ。さっき収穫した芋だというと、噛みしめるようにして食べている。
食事が終わるとオメロが謝りにきた。町と宿で悪かったと。
権力を振るおうとしていたことも昨日たっぷり兄さまたちからお説教されたと、良くないことだとわかったのでもうしないと宣言する。宿には後日謝りに行くそうだ。困らせられたのはカトレアのお母さんなので、宿にちゃんと謝るというなら、わたしがいきり立つこともない。わたしは許した。それよりも、お兄さんたちのこと頑張れと言えば、ああと頷く。
オメロは言葉が足りないところもあるが、悪いと言われればそれを考えて直そうとしているし、会話を聞いていると〝平民と別格にあると常に見せつける〟のが貴族の正しい姿と思っているのではないかと思える言葉が端々にあり、それを同年代の子たちに良くない考えだと諌められ、矯正されていた。
「……そういえばリディア嬢は、宿屋で同じくらいの子たちと仲が良さそうに見えたが……平民だよな?」
「……友達」
「友達? 平民と?」
わたしは少したじろぐ。
オメロは言いにくそうに言った。
「それは成り立たない。いつか、傷つくぞ」
「そんなこと、ない!」
思わず声が大きくなった。オメロは小さく息を吐いた。
「正確には、今のリディア嬢では無理だということだ」
オメロの言っていることは正論だと、わたしの中のわたしが認めている。
「俺たちはまだ子供だ。だから、何も守れやしないんだ。それでも守りたかったら、人にとやかく言わせる隙を作るな。リディア嬢を攻撃したいと思ったら、リディア嬢と仲のいい平民を攻撃する。俺ならそうする。守れないのに、友達なんて甘っちょろいことを言ってたら、みんなが不幸になるぞ」
もふさまは貴族と平民という垣根は、わたしの心次第だと言ってくれた。前例がないなら最初になればいいと。わたしはそうするつもりだ。
でも、それは貴族という枠に入れて初めてスタートすることであり。わたしはたまたま貴族の子供に生まれついたにすぎない、まだ。わたし自身は何もしていなくて、できていないのだ。人から見たら、ただ仲良くしたいのとわがままを言っている、わがままを許されるところの娘にすぎない。わたし自身も隙がありありだし。みんなを胸の内に抱いて守る翼もない。
オメロはわたしにだけ聞こえるような小さな声で言った。
「偉そうに聞こえたかもしれないけど、少し前まで俺もそうだった。町で仲良くなった子で、初めて自分から友達を作って有頂天になってた。ただ俺と仲良くすることで、変な争い事に巻き込まれるなんて思わなかったんだ。俺は俺と仲良くしたことで、あいつからいろんなものを奪った。だからもう二度とプペからは何も奪わせないし、俺はあんな思いをしないために、自分が思う最大のことをいつもやると決めた」
プペって従者くんの名前だったはず。オメロとプペにも何かがあったようだ。そしてわたしに同じ轍を踏まないように助言してくれたんだ。
「リディア嬢もそう思う必要はないけど、俺は身分違いの友情はあきらめた。でも身分があるから守れることもある。俺は手を取り合う友情は望まないけど、しっかりと生活を守れる主になることも、一種の情だと思うことにしたんだ」
オメロが真っ直ぐにわたしを見ていた。町で会った時や宿屋では貴族の嫌なところを詰め込んだような坊っちゃまかと思ったが、彼には彼の信念があったようだ。ああ、そうか。彼は信念を持ち頑張っているんだ。自分についてきてくれる人を権力で守る、と。権力がある貴族だと羽をいっぱいに広げて威嚇しているんだ。ちょっと方向が残念なところもあるけれど、頑張っているからどこか応援したくなって、憎めない坊ちゃんなんだね。
「……よく考えてみる、ありがと」
そう言うと、オメロははにかんで笑った。
オメロは父さまを始め、みんなと言葉を交わしていく。
そんなことも起こり得るのか。貴族と平民の友達って。わたしはミニーたちと友達でいることは諦めないけど、問題は、わたしが友達を守れる強さがないってことだ。それに尽きる。守れるようになるそれまでは、貴族の子供からはみ出さず隙を作らないことが必要なんだね。
『大丈夫か、リディア? あいつが変なことでも言ったのか? 噛みついてやろうか?』
もふさまを抱きあげる。昼ごはんが終わった時に帰ってきたので、ひとりで食べてもらっていたんだ。食べ終えたようだ。
「ううん、教えてもらったの。もふさま、わたしね、領地の子と友達あきらめない。だけどね、みんなを守れるようになるまで、隙を見せないようにしないといけないのもわかっている。だから、けじめをつけるよ」
『リディアの好きにしたらいい。我はリディアのすることを見ていてやる』
うん、と頷いて、もふさまに顔を埋める。やっぱり日向の匂いがする。不思議だ。
イザークも王都に来たときには、絶対に家に寄ってくれと兄さまたちに言って。モロールへと旅立っていった。
父さまとアルノルトさんは馬に乗って町へと行く。
侯爵さまたちはなんでシュタイン領に来ていたんだろうと一瞬思ったけれど、兄さまに声をかけられて振り向いた時には忘れていた。
わたしはメインルームで魔具をこしらえた。兄さまたちもミラーダンジョンで足が欲しいと言う。兄さまたちは運動神経抜群だ。足も長い。ゆえにおまるは似合わない。バイクの形はどうだろう? 車輪は動かないけどね。試しにひとつ作ったら、ものすごく喜び……改良に改良を重ねることになった。「ここはこういう角度にして」とか「ここは短く」とかうるさい。乗れて飛べればいいじゃんって思うのは、わたしだけみたいだ。
父さまたちが帰ってきて見せると、おまるより大興奮だ。なぜ?
サブハウスの庭に出て、ロビ兄が乗ってみせた。ロビ兄はアクロバットな動きを見せる。わたしと同じ風の魔具をつけているだけなのに、なんだってそんなことができてしまうんだろう? 意味がわからない。父さまが乗ってみたいと言って、子供用のサイズのものに、体を縮こませるようにして乗り込んだ。そして同じくアクロバット!
「これはすごいな!」
息を弾ませている。
「じゃあ、今度これでダンジョン行っていい?」
「却下だ」
「なんでーーーー?」
ロビ兄が悲鳴にも似た声を上げる。
「ダンジョンだぞ、これに乗っている時に、魔物に襲われたらどうするんだ?」
言葉に詰まる。ハンドルで手が塞がるもんね。
ああ、そっか!
わたしはキランと輝くスライムの魔石を出した。自転車でいったらベルのあたりに魔石をつける。ベルなら運転しながらでも触れる。
「ロビ兄、ここに小さく風魔法を入れてみて」
ロビ兄はベル代わりの魔石を触った。
ビュンと風が行き、木の高いところの枝を切り落とした。
「解決」
わたしがニヤリと笑ってみせると、みんな無言になる。
「え、だめ?」
「い、いや、ダメじゃないが……」
「リディー、いろんな性能つけられるんだね?」
「うん、バレてもいいならわりとなんとかなるよ」
「父さま、魔物と直に戦うときは降りたり、しまうから、そこに行くまで乗っていってもいいよね? 好きな形でいっぱい性能つけてもらって、そういうのリディーに作ってもらってもいいよね?」
みんなにうるうるした目で見上げられて、父さまは折れた。でもこっそりと自分のも作って欲しいというから、みんなに形やつけたい性能を申告してもらうことにした。そして相談しながら作ることに。ちなみに、父さまにはイメージでハーレータイプを伝えておく。スクーター、スノボータイプもあっても面白いかと思って伝えておいた。わたしは大きくなったらスクータータイプがいいかな。
っていうか、この世界、魔石があるのに、そういうのが発展していないのが不思議だよ。〝足〟なんて最初に考えそうなものだけど。
でもみんなが乗っていたら、それにルールが必要になってくるし、規制するのは大変なのかもね。空飛んでいるのに衝突しないように信号とかあっても嫌だし。誰もこないダンジョンで使用するぐらいでいいのかもしれない。
できればわたしは〝足〟が欲しいんだけどね!
それぞれから要望があったので、これから少しずつ作っていくことにした。
わたしは夕飯の後にアルノルトさんとピドリナさんにケジメをつけに行った。
ケジメ。したくないことをするのは、自分への一種の罰なのかもしれない。心にいつも刻めと。そのしたくないことをするのは自分が足りていないからなのだと。したくないことをせずにいられるようになるのは自分次第なのだと、胸が痛むたびに自分で思い出すように。
わたしはまずふたりのことが大好きだと告げた。そしてそれはこれからも変わらないと。ただ思うことがあって、これから〝さん〟づけはやめる、と。
何が隙を見せることになるのか、わたしにはわからない。多分何かがあってはじめて〝隙〟だったのかと思うことになるんだと思う。わかっていないのだから、先人たちの教えに従うことにする。使用人に〝さん〟づけはしない。身分というのが浸透している世界だと理解を務める。一般的な貴族に近づければ、少しはそのせいで受ける害はなくなると信じたい。
なぜか泣きそうになった。自分で決めたことなのに。納得しているけれど、考えた上で出した結論だけど、わたしは思いを曲げる力しかない自分が悔しいのだろう。
さんづけはやめるけれど、何も変わらないからと。
それだけを伝えるのに時間はかかったし、なかなか言葉が出なかったりしたが、ふたりは最後まで聞いてくれてから、承知いたしましたと頭を下げた。
そしてふたりとも、わたしのことが大好きだと言ってくれた。わたしはまた泣きたくなった。




