第150話 砦⑩覚悟
それから3日間、わたしたちは空っぽダンジョンに通い詰めた。
おじいさまとシヴァとアルノルトさん、父さま、兄さま、双子。もふさま、アオ、アリ、クイ、ひよこちゃんとわたしとで、ミラーダンジョン攻略を進めた。
ああ、もうひよこちゃんと呼ぶべきではないね。掌で包み込めてしまうぐらい小さく暖かい黄色いほわほわのひよこちゃんは成鳥の小型化の佇まいとなった。みんな黄色かったので白っぽいコッコになるかと思いきや、羽が抜け替わると個性が出た。
真っ白のオスをシロ、白いメスをミル、薄い茶色のオスをチョコ、メスをワラ、濃い茶色と白が混じっているオスをチャボ、色が混じっていて尻尾が長めのメスをシッポと名付けた。ひよこちゃんでなくなったとはいえ、連れていくのはどうかと思うのだが、ダンジョンに行こうとすると察するし、連れて行かないと怒るんだよ。そして何気に強い。昆虫系は特に高速突っつきで煙にする。他のも6匹の連携プレイでやっつける。この頃は跳び蹴りを決めたり、羽を動かしてすっごい風を作り出したりする。一般的なコッコもみんなこうなのかな? 下に進むごとに魔物は強くなったが、半端なく強いメンバー勢揃いのおかげでサクサクと地下20階まで進んだ。溜め込んだドロップ品もかなりな量だ。
ちなみにわたしたちは空っぽダンジョンで、兄さまたちの剣の修行をしていることになっている。本当のところ、わたしの気を紛らわすために、連日、忙しいおじいさまもシヴァも一緒に出かけてくれているんだろう。
何もないところに通い詰めるのも変なので、大きなダンジョンにも行った。砦のお勤めがお休みの人たちを誘って。
ダンジョンではもふさまが輝いていた。一際素晴らしい動きで、強い魔物を仕留めていた。
わたしが広範囲で風魔法を使い、誰かが倒すとドロップしたりしたので、すっごく盛り上がった。ドロップってやっぱりそれがあんまりいいお肉とかじゃなくても、高揚しちゃうよね。
帰る時間を短縮できるので、予定より長く砦にいた。ハンナのスカウトには成功したようだ。辺境よりシュタイン領の方が王都に近いので、息子さんたちのところに行きやすくなるからみたいだ。ハンナは条件があると言った。誓約書を作ってください、と。シュタイン家で見聞きして知り得たことは秘匿できるように、と。父さまは条件をのみ、そして考え事をしていた。
帰る前日は、おじいさまがわたしたちの作ったご飯が食べたいというので、母屋のキッチンでみんなでご飯を作ったよ。
おじいさまの好きな純和食にした。砦では難しいだろうからね。
肉がなきゃ嫌だと言われるかなと思ったけれど……。砦の食堂でガツンとした肉はよく出ていた。でもその、焼きっぱなしのお肉のみだったので、どうもね。ニンニクと一緒に焼くとか、タレに漬け込むとかでもバリエーションが広がると思うんだけど。
そういう食事ばかりだったからか、いろんな味が楽しめる和食は、久しぶりに心躍るものだったみたいだ。食事作りはいい気分転換になった。
門番がいるから何か考えなくちゃだけど、辺境と領地を3、4時間で行き来ができる。日にちを合わせれば空っぽダンジョンをおじいさまたちと攻略することもできるのだ。
楽しく食事をすませ、夜着に着替えておやすみなさいをする。その時に暖炉の前で父さまが言った。
「リディー、ちょっと話をしようか」
父さまの膝に座り、暖炉をみつめる。暖炉にはポットを吊るしてあって、湯気が上がっている。お湯を飲めるし、加湿器がわりにもなるからいいんだよね。
もふさまも隣で寝そべり。夜着に着替えた兄さまたちも暖炉の周りに集まった。
「アイラのことでまだ気が塞がっているようだね」
心配はかけたくないから普通にしていたつもりだけど、バレていたようだ。
わたしは頷いた。
「リーは優しすぎる。あんな酷いことをされたのに」
わたしは優しいわけじゃない。
わたしはさ、貴族だけど、まだ何もできていないから、何も請け負っていないから、わたしは人の人生の大事になることを背負う覚悟はまだ持てない。アイラに罰を与える、その覚悟がないだけだったんだよ。
わたしがおじいさまのひ孫っていうことで、何もできない上に努力をしなくても優遇されている、という点ももちろんあっただろうけど、それより父さまと母さまにべったり甘えてというところで最初に目をつけられたのではないかと思う。特に嫌なことが増えてからはもっと目に余るぐらい甘えていたと思う。すり減った何かを補充するために。
わたしには、普通に父さまと母さまに甘えていたことだけど、見せつけるためにしたことはないはずだけど。アイラからすればそれは何よりも我慢できない〝嫌〟なことだったのかもしれない。攻撃しなければ自分を保てないぐらい〝嫌〟だったのだろう。〝ほら、わたしは父さまも母さまもいて愛されているのよ、へへん〟ってやってない限りはわたしは悪くないと思うけど、相性が悪かったんだと思う、わたしたち。
「優しいとは、違う。けど、アイラの怖かった気持ちはわかる」
「怖かった気持ち?」
「父さまと兄さま。もふさま。おじいさま、シヴァ。魔物退治に行ってた時、すっごく怖かった。知らないうちに怪我しているんじゃないかと、何かあったらどうしようと、とても怖かった。いっぱい怖かった。アイラはお父さん一人だけど、だから余計に、お父さんに何かあったらと思うと怖かったと思う」
その横でわたしは家族みんなにべったりと、これ見よがしに甘えていると思えたと思う。相性は悪かったし、過去のアイラが受けた傷に思うことはあるし、わかるところがあるから、今ぶつかりあえていればと思ってしまうんだと思う。
ふと思う。
「父さま、光魔法は、どうして心の傷を癒せないのかな?」
魔法、その中でも治癒や浄化できる光魔法はすごいと思う。
それなのに、なんで心の傷を癒すことはできないんだろう?
「そうだな、それは魔法で癒すようなことではなくて、人が傷つけた心の傷は、人でしか癒せないものだからじゃないかな。治すのは難しいことだろうけれど、人だけが癒せるものなんだ、きっと」
魔法でなく、人のすることでしか、人の心の傷は癒せない……。
「そうか、リディーはアイラの傷を癒したかったんだね」
そうなのかな? アイラのは癒したいというよりぶつかりあいたかった気がする。向き合ってぶつかって、アイラの思いを聞きたかったし、わたしの思いも伝えたかった。
「みんな怪我しないでね。……なるべく使わないようする。でも……、誰かが怪我したら、わたし誰かにわかってしまうってなっても、光魔法で治すから」
あの夜、何かが冷たくて目を覚した。父さまが嗚咽をこらえて泣いていた。握り締められた手に冷たい滴がポタポタ落ちていた。わたしは気づかず眠っているふりをした。父さまもわたしが傷ついたことがとっても怖かったんだよね。その滴はわたしに沁み渡る。父さまが〝代わってやりたい〟と〝傷〟は自分が全部受けるからと願っているような気がした。
その時ね、思ったんだ。わたしもね、みんなが魔物討伐に行っているとき、大切な人たちがわたしの手の届かないところで傷ついているんじゃないかと本当に怖かった。わたしには光魔法という怪我を治せる力がある。それは隠さないと今後生きにくくなるかもしれない。だから隠すべきなのはわかっている。でも、父さまが、大切な人が、もし怪我をしたら。それを治せる力がわたしにあるのなら、わたしは力を使うだろう。
「はは」
父さまが困ったように笑う。
「それはダメだと言いたいけれど、光の使い手だとわかってしまうことになっても、そうするのだろうがリディーだし、誰かを助けるリディーを父さまは全力で褒めて、誇りに思うだろう」
振り返って思い切り抱きつく。
「そう宣言するということは、父さまも覚悟を決めよう」
胸に押し付けていた顔をあげる。父さまの顎が見えた。
「今まで味方になってくれる人を探していた。特に秘匿してくれるところを、重点に置いて。けれど、世の中何が起こるかなんてわからないし、全てを味方になんて土台無理な相談だ。なるべく能力あることはある程度まで隠して欲しいが、見られていることを前提に行こう。家以外ではみんなの目があると思ってくれ。それにリディーは、町に人を呼び込むつもりだな?」
わたしは頷いた。
「お菓子、ウチのけっこうレベルが高い。人が買いに来るぐらいの、人を呼び込めると思う」
「人を雇うの?」
「相談してからになるけど、みんながやりたいって言ったら、子供がやるのどうかな? 思ってる。……どうかなと思っている」
「子供が?」
アラ兄が声をあげる。
「領地で法、どれくらい融通きかせるかもだし、みんなお駄賃とか現品とか欲しくなかったらできないけど」
話している途中にふわーとあくびが出た。
「お姫さまはもう眠る時間だな。続きは明日にしよう」
「リーはいっぱい、頑張ってるな」
ロビ兄に頷く。
「うん、しっかりしなくちゃ。だって、わたし、姉さまになるんだもん」