第146話 砦⑥マヌケ
目を擦りながらおじさんたちに近づけば。
「魔物を殲滅した狼煙があがったんだろう。その報告の鐘だ」
安心したように言った。双子と顔を見合わせてとよかったと胸を撫で下ろした直後、またもや警鐘がなった。魔物が出たのを教えたのと同じ鳴らし方だ。
おじさんたちが、厳しい顔つきになった。
少しすると、合図のようなノック音がした。
おじさんたちが扉を開ける。
「魔物か? 殲滅したんじゃないのか? 堰き止められなかったのか?」
鐘を鳴らした人が来たのだろう。
「違う。反対のダンジョンから狼煙が上がった」
「空っぽダンジョンか?」
「なんだって、このタイミングで……」
「空っぽダンジョンから魔物が溢れ出たなら、脱出口が使えない……」
「どれくらいの魔物が来るかはわかるんですか?」
アラ兄が尋ねる。
「空っぽダンジョンは毎年出るから、そう強くないのが何頭か出るだけだ。10頭以上だったことはない。それくらいならここに隠れていればやり過ごせる」
「今ほとんどの戦闘員が出払っているからな」
もどかしげにそう漏らす。
「食い止めましょう」
その自信を持った、他の声を許さない言い方は父さまにそっくりだった。
ちなみに最前線を守る砦で魔物退治に人員を割いていいのかと思えるが、魔物というのは、魔物があの国の奴らだから踏み潰してやれと思惑があるわけではなく、魔物のいく手にあるもの全てが破壊される対象になりえるので、魔物の殲滅が優先される。もしその魔物と戦っているところを〝隙〟と捉えるような輩がいれば、世界中が非難することのようだ。
わたしたちは砦の塔の最上階に登った。
アラ兄の意見に誰もが驚いたが、アラ兄は静かに答えた。
自分たちは魔法が使えてダンジョンで魔物を倒した経験があること。
早くても半日しなければ戦闘員のみんなは帰ってこないこと。
なんとなくの位置関係を聞いたところでは、魔物はこの砦を通り過ぎ町に行くのではないかということ。ただ隠れていたら砦や町がめちゃくちゃになるだろうし、もっと他の領地まで被害が広がるだろうこと。
どうするにしても状況を知りたいということで、見張り台に上がった。
まだ遠いが魔物が真っ直ぐ砦に向かってくるのが見える。
なんでまっしぐら!?
魔物たちのサイズがかなり大きい。
緊急事態だと、わたしは探索を使った。
向かってくる魔物は7匹だ。それ以上、赤の点はない。
わたしはアラ兄とロビ兄にこそっと伝えた。
「オレたちは土魔法が得意です。1匹ずつにすればこの人数でもいけるのでは?」
「……どうするんだ?」
わたしはバッグから見せ収納袋を出し、そこから取り出したように紙を出した。
「魔物こっちから来てます。ここ、砦。こっち、町」
「10匹と仮定して、まず、ここからこの地帯に落とし穴を作っていきます。半分は落としたいですね。残り半分は、ここと、ここと、ここと、ここに誘導」
「誘導、どうやって?」
「考えます」
わたしに代わってアラ兄が答える。
「魔物、どうして真っ直ぐ砦向かってるんだろう?」
それが一番不思議だ。
「マヌケがいるんだろう」
「マヌケ?」
「ああ、本当の名前は知らないが、空っぽから出てくるんだ。足が早い。ダンジョンから溢れ出す魔物は、最初に出ていくやつについていくことが多くてな。だいたいマヌケが一目散に砦に向かうから、他のもついてくるんだ。酒に目がない魔物なんだ」
そういえば父さまが仕事部屋に隠し持っていてこっそり飲んでいた強いお酒はおじいさまからもらったものだと聞いた。
「お酒、作ってる?」
「ああ、あそこで作って、作ったのをその横の倉庫に置いてあるんだ。鼻の効くやつだ」
!
「水入れる皮袋ありますか?」
「皮袋?」
「数はそこまでないな」
「それを小さいのいっぱいに作り直してもらいましょう」
避難所には針仕事の得意な女性、子供たちがいる。
「皮袋なんか作ってどうするんだ?」
「そこにお酒を入れて、マヌケ以外の魔物に投げつけるんだね?」
確かめてきたアラ兄にそうだと頷く。
「なるほど、魔物同士で打ち合ってくれりゃあ、いいな」
アラ兄たちは少し先まで落とし穴を作りにいき、わたしは避難所に戻り、皮袋を小さいのに作り直す依頼をした。
戦うかどうかは結論が出なかった。ただ落とし穴を作ったり、お酒爆弾は近づかなくてもできるから、やれることはやってみようということになった。誰だって砦の集落や町、それから他の領地まで被害が及ぶことは避けたい。
女性たちも何かやっている方が心が落ち着くらしく、スピーディーにことは進んだ。大きめの皮袋を5個の小さなものに分けて作り、皮袋の山ができた。酒樽をひとつ運んできてもらって、できた皮袋にお酒をつめ、見せ収納袋に収納していく。漏れはしているが、収納袋に入れておけば状態は変わらないし、投げつけるだけだから、なんとかなるだろう。
アラ兄たちが帰ってきた。道すがらいくつも大きく深い落とし穴を作ってきたという。見張り台へと行こうとすると、双子たちの腕前は訓練の時にある程度わかっているから許可が下りたが、魔物も近づいてきているしと、わたしは止められる。でも双子が掛け合ってくれて、一緒にダンジョンも行っているから大丈夫だと説得してくれた。もちろん、わたしは危ないことはしないと約束した。
最上階に上がらなくても、3階で魔物を目視できた。マップで確認した通り、4匹落とし穴に落ちて、3匹が向かってきている。
先頭は頭が3つある、ティラノサウルスみたいなやつだ。背の高い木に見え隠れしている。深緑の体に朝日が当たっている。もう1匹はティラノより小型。時折木のないところで見える。車ぐらいの大きさか、カブトムシみたいな形状で硬い殻で覆われた大きな昆虫のように見える。もう1匹は家サイズのティラノより大きな、巨大な狼みたいだ。真っ黒で目が赤い。
「やっぱりマヌケがいるな」
「マヌケ、どれですか?」
「頭3つのやつだ」
頭3つのティラノサウルスみたいなのに? 誰よ、そんなそれこそマヌケな名前をつけたのは!
なんだかわからないが、怒りが湧き上がる。
広場にきたらマヌケ以外に酒爆弾を投げつける。ご心配なく。内緒で風魔法でしっかり命中させます。
「きたぞ!」
手にしていた酒爆弾を大人たちがマヌケ以外を目指して投げつける。
カブトムシと狼に爆弾を当てる。皮袋が破裂しないのもあったので、こっそりブレイク。双子たちも気付いて、風魔法を手伝ってくれた。
「すげー、百発百中じゃねーか」
皆さん、自分の手をじーっと見ている。
さて、当てられたカブトムシと狼は激おこだ。ベタついて気持ち悪かったのか、砦に体当たりをしてきた。揺れたので怖かったが、ロビ兄にしっかり抱えられる。
恐ろしい雄叫びが上がったと思ったら、マヌケが狼に吸い付いていた。噛み付いて?
狼とマヌケの取っ組み合いが始まる。至近距離での魔物同士の戦いは迫力だ。怖いもの見たさで目が離せないでいると、マヌケの頭ひとつと目があった。
その頭はわたしの方を目掛けて首を伸ばした。また、もうひとつの頭は狼の首に噛みつこうとした。進路がぶつかってぎゃぎゃっと喧嘩を始めた。
……なるほど、だからマヌケか……。
独り相撲をとっているところを、狼からガブっとやられて息絶える。家の大きさのが目を剥いて倒れたのも圧巻だった。
カブトムシが方向転換した時に作った落とし穴でカブトムシを封じ込めた。
狼には逃げられた。
狼の尻尾が当たると、木がなぎ倒される。
その木の先に、子供?
な、なんでそんなところに。
砦の子が3人。様子でも見にきたのか。
狼に向かって拾った石を投げた。
そんなの投げられても、狼は痛くも痒くもないだろうが不快だったようだ。
尻尾が地面を叩いた。砂埃がたったからだろう男の子たちは腕で顔をカバーする。
石! 飛び道具!
男の子たちを見て応戦方法を思いついたが、そんなもの収納ポケットには入れてなかった!
あ。思い出して、ケルト鉱石のかけらを呼び出す。
「わたし、風で飛ばす。これ溶かすぐらい熱い火、お願い」
痛い上に熱かったらダメージが少しはあるかも。
そう思い、わたしは狼に鉱石を飛ばした。その鉱石にロビ兄が火魔法を上乗せする。烈火に鉱石が包まれて!
狼に当たれ!
え?
大きな音がして、鉱石が爆発したように飛び散った。狼のほぼお腹のあたりでそれは起こったので、火を纏ったほとんどの鉱石が狼に当たった。
ゆっくりと狼が倒れる。
え? あれ?
「即席の爆弾か?」
え? いや……。
わたしとロビ兄は顔を見合わせる。
ケルト鉱石って鉄までいかない温度で溶けるって言ってなかったっけ? 溶けても破裂はしないよね?
「アラン、お前、何やった?」
小声でロビ兄がアラ兄に詰め寄る。
「ご、ごめん。溶けた鉱石をお見舞いするほうが威力があると思ったから、水魔法で包んだんだけど……」
溶けようとするのと、冷却が同時に起こると破裂するのか!? いや、そんなことないよね?
大人たちは落とし穴で足掻くカブトムシや、他の落とし穴にいる魔物たちを仕留めるのに動き出した。
わたしたちは避難所にいるように言われ、それに従った。