第140話 テンパリング
「チョコ菓子を作った、チョコレート、見せてもらえますか?」
少し削ってくれたので舐めてみるとチョコレートだ。わたしの知っているチョコレートだ。わたしの好きなカカオ37%だと思う。甘いのにほろ苦くて、あとあとまで口の中にチョコが〝いる〟の。う、嬉しい。おいしいチョコに会えた。
そして見渡せば、生クリームがあり、なんとココアパウダーもある。
氷はなかった。アラ兄に頼んで父さま所有のダンジョン産ということにしている〝見せ収納袋〟を持ってきてもらう。
収納袋から出すと見せかけて、収納ポケットから、わたしは割烹着みたいなもの、アラ兄にはエプロンを出す。
手を洗い、アラ兄に包丁でチョコレートを刻んでもらう。
料理人さんたちは包丁に目が釘付けだ。
刻んだチョコレートと生クリームを湯煎にかける。均等に混ざったら、冷やす。冷蔵庫はないみたいなので、大きなお鍋に雪を出して入れて、その中央に生クリームチョコのお鍋を置いて冷やす。その間にコーティング用のチョコをまた刻んでもらう。
ウズウズしていた料理長さんが、包丁を使って自分に切らせてもらえないかといった。わたしの手に合ったものだから小さいけどいいのかと尋ねるといいという。一応持ち方を伝授して、包丁で刻んでもらった。
包丁のことを聞かれたので、そのうち売りに出すというと、絶対に買うという。おお、こんなところでお客様ゲット!
冷ましていたのが固まってきたようなので、それを一口大に丸める。料理人さんたちがね。ロサからわたしの指示通りに作るよう伝達されていたようだ。
半分はココアパウダーをまぶし、半分は湯煎したチョコレートでコーティングする。風魔法で軽く乾かす。テンパリングせずただ湯煎にかけているだけなので、見た目はそこまできれいじゃないが、おいしければいいということで。
すっごい食べたそうにしているので、味見をすることにし共犯にする。
「うわー、おいしい!」
アラ兄が顔を綻ばせる。
わたしの分はもふさまにあげる。
『なんだ、これは濃厚で甘いがカッカとする。うまい! 初めての味だ』
尻尾が振り切れそうだ。
このお菓子をみんなに出してほしいとお願いして、割烹着やエプロンを脱ぎ、お邪魔したことを謝り、お礼を言ってキッチンをでた。
男の子たちは庭で手合わせをしていたようだ。カッ、カッと木刀がかち合う音が聞こえる。
殿下たちに声をかけましょうということで、執事さんに連れられて庭に出る。
うっ、さむっ。
兄さまたち、何薄着になってんの?
執事さんが出ていくとみんな気づいたみたいで、こちらに走ってきた。
「菓子ができたのか?」
みんな汗をかいている。
メイドさんたちがそれぞれにタオルを渡す。そのまま屋敷に入り、部屋に戻った。
侯爵令嬢と商家の令嬢は品よくおしゃべりをしていた。
みんなが身嗜みを整えて席につくと、トリュフチョコが運ばれてきた。
「これはなんだ? チョコレートか?」
「チョコレートの、お菓子です」
チョココーティングとパウダーの物をひとつずつ、みんなに取り分けてもらう。
口に入れると。
「おいしい!」
「これは……」
「すぐに口の中でなくなってしまう!」
「なんておいしいのでしょう」
「シュタイン領にはチョコレートもあるのですか?」
商家の令嬢に突っ込まれる。
「それはそうでしょう。こんなおいしい作り方を知っているんですもの」
侯爵令嬢が微笑んだ。
「お菓子もということは、お料理もおいしいのでしょうね。素晴らしいですわ」
と目を輝かせた。
わたしはなんとなく笑っておく。
「これも素晴らしいな。でも私はクッキーが食べたかったよ」
なぜクッキーにそこまで執着……。
「そのクッキーとやらは今後売り出されるのですか?」
「……ランパッド商会と、いろいろと共同開発。しています。ですので、まだ、お答えできません」
慎重に答えておくと、ハバー令嬢は頷いた。
夕方になり、ロサ以外は親戚の家や宿屋に泊まるようだ。明日、みんな一緒に王都へと帰るそう。
ロサ邸にはウチの家族だけが残る。
ロサは本当に結構な量のチョコレートの塊をくれた。
やったー! お酒につけたレーズンを入れたトリュフチョコを父さまたちに作ってあげよう。お酒のお供にレーズンバターを作ったら感動していたからね。レーズンをつけたお酒は、父さまが仕事部屋に隠していた強いお酒を拝借した。母さまに強いお酒が欲しいと言ったら、父さまが隠し持っていると教えてくれたのだ。母さまから使っていい許可をもらったので、それでレーズンを漬け込み、溶かしたバターに混ぜて固めた。クラッカーを焼いて、レーズンバターやハムやチーズを乗せておつまみにして出すと大喜びをした。お酒の出どころを知って涙を浮かべていたけれど。お酒呑みにも、飲めない子供にもおいしいし、母さまが笑顔だからいいよね! お酒につけたレーズンもまだたっぷりあるから、チョコトリュフにも使おう。お酒呑みが好きな味になるはず。
頭の中はチョコの使い道でいっぱいだったが、事業報告書に納得がいかなかったから、説明してくれと言われる。
一応、花の種をありがとうと前置きをし、あんなすぐに、しかも冬を挟むのに、話が動くわけないだろうとやんわりと申し上げた。
いくつかの商品が夏前に売り出すことになること。料理やお菓子で登録して売ることになることや、調理器具も売り出すことになると思うと告げた。
そういう報告が聞きたかったとニンマリする。
こっちは監視カメラみたいのを置かれたことを怒りたいが、気づいたことは知られたくないので黙っているしかない。
そして難題を言ってくる。
もう少し暖かくなったら、イダボアに場所を用意するから、そこでのお茶会の手筈を整えろという。
はぁ?
契約では協力するのはウチの領地発展に関することだけのはずだ。
お茶会と領地発展のつながりが見えないというとため息をつかれた。
今日のお茶会の意味がリディア嬢にはわからなかったのだな、と。
わからないならわからないでいいから、イダボアのお茶会は開催するように言われた。しっかりと計画して用意するように。
ムカつく!!!!!
その日の晩餐も素晴らしいものだった。大人顔負けの接待ぶりで父さまたちを歓待し、次の日の朝早くにイダボアのお茶会を念を押し、王都へ帰って行った。わたしたちも同時に家路へとついた。
帰りの馬車でイダボアのお茶会のこと、今回のお茶会の意味がわかっていないと言われたことを話した。
「おれ、ひとつだけ、わかる」
ロビ兄がいう。
「剣を合わせたのはダニエルとブライだったけど、あいつらすごいやつだった。知り合いも多いみたいだし、その中で影響力のあるやつだ」
ロビ兄の見解では、他女子2人もそういう子たちなのだろう。その繋がりを領地発展に活かせということじゃないかと。
「……殿下は自分の代になった時の側近たちに、リディーを紹介したんだ。お菓子作りの腕も……お菓子をあんなにおいしく作ったことから料理のことも本当なんだろうと伝わったはずだ」
兄さまが少し嫌そうに言った。
「この街を選んだのも理由があるね」
言葉短かにアラ兄がいう。
わたしたちは1日、それでも大変だが、王都からここまで王子たちはそれ以上に日数をかけてここに来たのだ。ウチの領やイダボア、海辺の町とは全く趣が違う洗練されたこの街に。
「人脈作りと、洗練されているし、警備などもしっかりしている。それを見せたかったんじゃないかな?」
確かに午前中街を探索して、変な輩もいなかったし、定期的に見回る人たちもいた。
ということは、町で物を売り出すことをロサはわかっていた? わたしが町の名物を作っていこうと思い立ったのも、ここに来てからなのに。
ロサの手の上で転がされているような気がして、わたしは唸ってしまった。
……チョコ菓子を作れても、カカオバターの輝きを活かすテンパリングはできない。何かちょっと知っていても、ぬきんでるわけではない。そして何にしても不格好な出来あがり。良かれと思った領地以外での会合も、父さまの仕事を休ませる結果となっている。
……ため息が重たくなった。