第138話 快晴
馬車の中で父さまは書類をめくっている。
「父さま、ごめんなさい」
忙しいのに、こうやって付き合ってもらうことになってしまって。
父さまは書類を脇に置いて、ライオンサイズのもふさまにしがみついていたわたしを抱きあげた。
「リディーは気にすることないぞ」
「……さすが王族の馬車だな、揺れ方が全然違う」
ロビ兄が、首のタイを少し緩めながら言う。
確かにそこいらの馬車とは雲泥の差で、揺れも圧倒的に少ないのだろう。
わたしだって前世の記憶がなければ感動したかもしれない。
父さまともふさま、そして兄さまたちとスクワランという町に向かっている。第二王子殿下、ロサの寄越した馬車に乗って。シュタイン領からほぼ移動に丸一日かかる。
ロサに家や領地にきて欲しくなかったので、会うときは他の場所でと言ったのだが、わたしたちはまだ子供だった。王家からの送り迎えがあると言ったら余計に父さまは心配だったのだろう。結局ついてきてくれることになった。これは失敗だったかもしれない。いつの間にか用意をしてくれていた、よそ行きの服で身を包み、手紙にあった指示通りに馬車へ乗り込んだのだ。
昨日は町に行った。まだ道は溶けた雪でぐちゃぐちゃだったけれど、みんなのことが心配でしかたなかったのだ。ケインのひく馬車で町に入っていき、アンダーさんのところへ馬車を預けにいけば、わたしたちが町入した情報が流れたようでそこには子供たちが集まってきていた。
わたしたちは手をとって再会を喜んだ。みんな概ね元気に過ごしたみたいだ。寝込んでいたのはわたしぐらいだった。
今年は暖かく過ごせたし、食糧の心配をせずに過ごせたと感謝された。それから魔物の肉がおいしくて驚いたそうだ。そうなんだよね、魔物のお肉は総じておいしい。スライムの魔石でかなり薪を使わずに済んだし、温石はお日さまだけでなく、暖炉の火で温めておいても、長く暖かく使えたそうだ。
会った人たちに困ったことはないか父さまは尋ねる。
大人の話が始まったのでわたしたち子供は牧場へと赴いた。余剰分を買い取るためでもあるが、せっかくなので牧場の坂を使ってみんなで遊ぼうと思う。
降り積もった雪は一度ダンジョンに捨ててしまったが、実はこれ有効活用できないか?と思った。畑にお水でなく雪を溶かしたものを撒くとか。移動が難しいけど、暑い国とかに売ったりできたら面白いのにと思った。
そんな商売にすることもいずれ考えるけれど、今日はソリ会場を作るのだ!
そう斜面に雪を敷きつめ、表面を風魔法でならしてもらった。そしていくつか木で作ってきたソリに乗る。度胸試しはわたしとミニーだ。
兄さまたちは心配そうに下で待機をしている。
「ミニー、いい?」
二人乗りした後ろのミニーに呼び掛ければ
「いいよ」
と言う。わたしの背中に張り付いているミニーの足が地面についてないか確かめる。ソリに括り付けた紐をしっかり握りしめ、足で地面を蹴った。そして足を上げて、後ろに重心を置いて滑りやすくする。
ソリはわたしたちを乗せ、下まで一気に滑っていく。途中で少し横に傾いたが、無事に到着。
「ミニー?」
後ろを振り返る。
「すっごい、風がビュンビュン! 面白かった!」
一番小さなわたしたちが先陣を切ったので、みんな引くに引けない微妙な顔をしている。
でもそれは一回滑ってみるまでで、一度やってみればやみつきになる。ソリを上まで運び、ひとりだったり二人乗りをして、何度も何度も滑った。スリルはあったけど、楽しく面白かった。
楽しい気持ちいっぱいで家に帰ると現実が待っていた。
第二王子殿下、ロサからのお茶会への強制誘いだった。
約束を守って、イダボアの隣の隣の大きめの街のスクワランに来るように。兄さまたち、もふさまも一緒でいいとのことで、迎えの馬車を行かせるからと至れり尽くせりだった。
次の日朝早くに迎えの馬車が来た。夕方にスクワランに到着し、その街の大きさと洗練具合に驚いた。見目のいい格好をした女性がひとりで歩いている。治安もいいってことだ。街に入る時のチェックもちゃんとしているし、いかにウチの領が遅れているかがわかった。
王子殿下は明日到着するとのことで、案内された屋敷に泊まった。側室さま、ロサのお母さんの持ち家だそうだ。もふさまが一緒でも特別に許された。
わたしは父さまと一緒の部屋で、兄さまたちは3人で一部屋に案内された。
ご飯は見た目も素晴らしく美味しかったが、ずっと使用人が控えていたので、喉に通りにくかった。
ベッドも柔らかければ、布団の布も軽くて暖かいもので、お金を出せばいいものってあるもんなんだなと納得する。
もふさまと父さまと眠って、ご飯を食べればドレスアップが待っていた。
真っ赤なドレスで、こんな原色服負けするわと思ったが、メイドさんの手腕のおかげか、兄さまたちにも好評だ。兄さまたちもバッチリかっこよかった。服も洗練されたもので素材もよくという点もあるが、兄さまも双子も子供ながらに顔が小さく足が長い。体は鍛えているから引き締まっている。子供服の広告塔にもなれそうだ。
お茶会は午後からなので、街を探索してきてはどうかと執事さんに言われて、そうさせてもらうことにした。すぐそこなのに馬車を出してくれる。いくつかのお店をまわった。商品も街の景観を損なわないラインナップだ。商品自体、見かけなどにも気が使われていた。購買意欲を高めるには、買いに来る人の層に見た目も合わせることが大事なんだなと思えた。
屋敷に戻って部屋で待機していると、賑わいだ気がした。王子殿下のご到着らしかった。
まず、父さまとロサのご対面だ。
戻ってきた時に顔色があまりよくないので、何か言われたのかと聞いたけど、「予想以上に王子殿下がよくしてくださっている」とのことだ。
次はわたしたち。兄さまたちと一緒に王子殿下と会う。
挨拶の後、兄さまが代表して馬車の手配や服のお礼を言った。
ロサは気分を害したかもしれないが、ウチに行った時のお礼がしたかったのだと、服を用意したことをスマートに説明した。
送り迎えはまだしも服を用意するのは、うちの財力を侮辱したとも受け取れるもんね。ま、その通りではあるけれど。いくら今潤っていても、こんな上等な服など揃えていたら、いつになってもお金が貯まることはないだろう。
ロサは会わせたい人がいて、お茶会に招いたと言った。王子の取り巻きらしい。いずれ一緒に国を守っていく者たちだと言った。兄さまと双子に〝自分を嫌っているのはわかるけれど、賢さで領地を、ひいては国を一緒に守っていってほしい、リディア嬢と一緒に〟と言った。その発言にわたしたちは戦慄した。嫌っていること、バレてる。
ロサに連れられて部屋を移る。そこには4人の子供が揃っていた。




