第136話 冬ごもり⑤どか雪
溶けた雪が凍って常時ツルツルの道になる前に、ランパッド商会さんの馬車が来て、内職の編み物を渡した。その日の夜から雪は降り続けた。お日様が顔を出す時もあったが、その時間は短かった。もう降らなくてもいいんじゃないかと思うのだけど、それはまだ序の口だったのだ。
町の家をサブルームにするかどうかは、父さまが渋った。わたしの魔力を心配してのことなので、冬の間にみんなで説得しようと誓っている。
話し合った通り、三が日のご飯は作りだめして、30日には大掃除をした。お世話になっているハウスだから、体を使い濡らした雑巾できれいに清めて、最後にクリーンで除菌した。
大晦日の夜、おやすみなさいをしてすぐに、部屋に兄さまがやってきた。
「リディー、ちょっとだけつきあって」
そう言ってわたしをマフラーでぐるぐる巻きにする。
部屋の灯りを消した。真っ暗だ。
そして部屋の窓を開ける。
雪は止んでいるがシンとした空気が部屋の中に入ってくる。
ぞくっとして震えれば、後ろから兄さまに抱え込まれた。
「少しだけ、我慢して。リディーはいつもいっぱいのものをくれるから、私たちからのささやかなプレゼントだ」
あ。
炎が揺らぐ。とても小さなひとつの火。ロビ兄が屈んで火を次々につけていくのが見える。
庭の向こうから、揺れる火が渡ってくる。
アイスキャンドルだ。氷の中で炎が揺らぐ。
光が氾濫して揺らぐ。
蛇行したアイスキャンドルの河は近づくにつれ川幅が広くなる。
アラ兄も火を灯し始める。
アイスキャンドルの川だ。
優しい炎が時に煌く。光の屈折が闇の中で一際輝く。
「きれい……」
氷の中で揺らぐ炎はとても美しかった。なんて表現すればいいのかわからないぐらい。
「気に入った?」
うんうん頷く。
「ロウソクどうした、あ」
兄さまから蜂の巣を少し分けてと言われたことを思い出す。あれでロウソクを作ったのだろう。
寒い中、アイスキャンドルを作って配置して……、わたしを喜ばすために。
「ありがと。すっごく、きれい。この景色、閉じ込められたらいいのに」
そして好きな時に好きなだけ眺められたら。
そういうとギュッが強くなる。
『あれは食べられるのか?』
「うーうん、食べ物じゃないよ」
背伸びをして窓の外を見たもふさまは興味を失ったようにベッドに戻っていった。
アラ兄とロビ兄が駆けてきた。ほっぺたも耳の上も真っ赤だ。
「すっごく、きれい。贈り物、ありがと!」
ふたりはとびきりの笑顔になった。
元旦はおめでとうございますの挨拶で始めて、おせちっぽいものを食べた。お年玉をもらった! 嬉しい! お餅がないのが残念だった。餅なしすいとんお雑煮をいただいて、だらだらした。
でもだらだらするなんて、わたし以外は耐えられないみたいで、みんな次の日からすぐに活動していた。働き者だなぁ。
最初は降り積もる雪にはしゃいでいた双子でさえも、ひと月近く閉じ込められるとつまらなくなってきたようだ。
といっても、庭には雪は積もらないから、そこで修行はしていたし、ケインが思い切り走れないのがかわいそうなので、ダンジョンに行ったりした。
ダンジョンまでの道は庭と同じように雪が積もらなかった。1階で、ケインを自由に走らせた。そうそう、野菜を植えてみたら見事に育ったよ、何の野菜でもね。ダンジョンってほんと不思議だ。ダンジョン産は庭で育つのと同じで味がいいし、大きくて立派だ。鑑定しても上物と出る。ケインはここか庭で育った野菜を好んで食べる。庭の草も好きだけど。
ひよこちゃんは大きくなった。所々白っぽい。そして強い。なぜ?
ダンジョンには行っているわたしたちでさえ気が滅入るというのに、ずっと家から出られないだろう領地の人たちは心細いだろうなと思わずにいられない。
さらに月日は経ち。雪が途切れることが多くなってきた。やっと終わると思うと、この後に『どか雪』がくるという。もう終わりだと思ってから2、3回どかっと閉じ込められるような雪が降るとか。
雪は屋根を滑って落ちるけど、家が潰れるんじゃないかと思った。
領地のみんなの家が心配で尋ねると、雪深い地だけに対応した家造りなはずだという。そうなんだろうけど……。暗いスポンジみたいな空は、不安になった。
でも、それにしても暗すぎない? 午前中だというのに……。
「父さま、空、変じゃない?」
顔色を窺うに父さまもそう思っていたけれど、不安にさせると思って言わないでいた感じだ。余計に不安になってきた。
『どうしたリディア』
怖い気持ちが膨れ上がったのがわかったようなタイミングで、もふさまが声をかけてくれる。
「もふさま、外、暗い」
『ああ、雪雲か……』
もふさまが器用に窓を開けて鼻を少し外に出す。
全身でピクッとする。目が半開きになる。
『みつかったか』
「みつかった?」
『あ、いや。怖くはないぞ。面倒なだけで』
もふさまは吠えた。遠吠えした。その鳴き声に驚く。
それぞれの部屋にいたみんなも、何事かと居間に集まってきた。
もふさまは、すぐ戻るといって外に出ていった。庭の柵を出て、そして本当にすぐに戻ってきたが、口に鳥を咥えている。赤い、血? もふさま鳥を狩ったの?
みんなで玄関に急いだ。こしらえた犬用の出口からもふさまが入ってきて、ぺっと小鳥を放った。
『寝たふりをするでない。挨拶したらどうだ』
小鳥が赤いのは血ではなくて、元々赤を基調とする鳥だった。オカメインコのように頭のところの毛が逆だっている。
『まったくお前は容赦がないな。年上を敬ったらどうだ』
『勝手に押し掛けてきたものを敬う必要があるか』
『お前が招待してくれないからだろ?』
『なんで我がお前を招待しないといけないんだ』
ぽかんと口を開けて、もふさまと小鳥のやりとりを見ていた。
わたしは言葉がわかるけど、みんなは犬と小鳥が口喧嘩しているように見えるだけだろう。
小鳥はわたしたちに向き合うと、シュシュシュと大きくなる。孔雀ぐらいに。
そして空を映したみたいなサファイヤブルーの瞳を輝かせ、優雅に羽を広げそれを前で折るようにして礼をする。
『我は東の空の護り手だ。この前の会議でこやつがうまいものを食べていたのが気になってな。我にも馳走してもらえないだろうか?』
率直! わかりやすっ!
『我はやるなんて言ってないのに、こいつらが勝手に盗み食いをしたのだ。もっと食べさせろとうるさくて……』
ウチのご飯は、聖獣さまの胃袋を掴んだようだ。
「もふさまお友達の、空の主人さまですね。初めまして、リディアです。ご飯、用意します。中にどうぞ。中で家族、紹介、します」
わたしの言葉でみんな察したんだろう、それぞれが動く。
空の主人さまは物珍しそうに左右を見ながらわたしの後をついてくる。
『お前はリディアとだけ話すのか?』
『普段はな。ダンジョンに行った時などは、守護補佐を使い、みんなと話す』
『守護補佐? 人の魔力はそう多くなく見えるが?』
空の主人さまは父さまや兄さまたちを見ている。
『人族の作る魔道具を真似てみたらできてな』
もふさま、控え目にドヤ顔だ。
『それを貸してくれないか?』
もふさまは、みんな集まったところでなと請け負った。




