第1317話 13番目を探せ㉓仮説(後編)
「触手を見たことがあるか。それから子供たちの記憶のことと、食材や物の量だ」
やっぱり兄さまも気になったんだね。
エリンとノエルがおかしいと思ったように、それはちょっと不思議な点だ。
きちんと確かめておいた方がいい。
「おじさまと姉さまはすごい! その推理で釣り上げちゃったのね!」
あはは、完全に兄さまの推理なんだけど。
朝になったら転移で行くことにして、わたしたちはルームからサブハウスに移り仮眠を取った。
翌朝、もしあの触手がテントを壊していたら、ルームに行って何が起こるか怖かったので、ノエルに転移で集落に入ってもらった。
転移で集落に入ってしまえば、瘴気はなんとかなりそうだ。
エリンの言ったことは当たっていた。
集落の人たちは、わたしたちのことは覚えていたけれど、転移をできると言うことを忘れていた。だからひどく驚かれた。
先日お伝えしたし、転移で来たこともあると話したら、そうだったっけ?って顔をする。子供だけでなく、集落の人は細かい記憶が抜け落ちるようだった。
大きな触手のことを聞いてみたら、それは知らないとのことだ。それも記憶が抜け落ちているからかもしれないけれど。
蔵の中、水を貯めている貯水池を見せてもらったところ、ノエルのいうようにクラの中は何もかもが残り少なかった。貯水池はノエルが足したまま少しも減っていなかった。各家庭の水瓶はそれぞれいっぱいになっていたから、それもおかしなことだ。
ジョギさまと話すため、それから集落の様子をよく見るために、わたしたちは集落に泊まらせてもらうことにした。
エリンとノエルは集落の子供たちと駆け回っている。日々の暮らしのことなどを聞きながら。
わたしと兄さまはもふさまたちと一緒に集落の中をぶらぶら歩いていた。
大きな泣き声が聞こえる。
大人たちも何事かと駆け寄り、わたしたちも慌てて走った。
集落の子供がワンワン泣いている。
遊んでいて転んだようだ。膝が擦りむけて血が出ていた。
大人が水で清め、持ってきた草をすりつぶしてその上にのせ、布で縛る。
すぐに治ると大人たちに頭を撫でられていた。
食事の時間になると、皆各家庭の家に帰る。三角テントのような家々だ。
わたしたちもわたしたちのテントで食事を取った。
エリンたちは子供たちに一緒に食べないかって誘ったみたいだけど、子供が家の人に尋ねたら駄目と言われ、断られたそうだ。
服でもカルチャーショックを受けていたから、食べ物も危険だと思ったのかもしれない。なんとなく外の世界に興味を持たせないようにしているように思えたから。
あんまり変わったことをしない方がいいと思って、今までどおり収納ポケットから食べ物を出した。料理すると絶対に湯気やら匂いやらを振り撒くことになるから。
そこまで考えてわたしは気づく。瘴気のことで頭がいっぱいだったせいもあるんだけど、食事時だというのに、食べ物の匂いがしていない。
テントから急に顔を出すと、みんなから「どうした?」と声をかけられる。
わたしはこの集落で強い匂いを嗅いだことはあるかを尋ねた。
鼻のいい、もふさまやもふもふ軍団にも。
『匂わないぞ。食べ物の匂いはしない』
明快な答え。
「……そういえば食事を作っただろうに、匂いはしてないね」
「食事はどんなものを食べてるんだろう……」
あんまり匂いの出ないものなのかな?
「粉を水で溶いたのを焼くって言ってたよ。それに野菜や肉がつく感じ」
ノエルが教えてくれた。
「そう。粉を焼くぐらいだとそこまで匂わないのかな?」
わたしが作るときは粉だけってことはないし、肉も調味料を使う。
お昼だから軽くということで肉はなしなのかな。肉はどんなのでも焼いても煮ても匂いは出る。少量でも……匂いは出るよなぁ?
「匂わないのが気になるの?」
エリンが首をかしげる。
「匂いっていうか、……思い返してみると生活臭がしないっていうか」
「セイカツシュウ?」
「生活する上で染みついてく匂いっていうか。
何をするにしても匂いって出るのよね。ゴミも少し置いておくと悪臭がしてくるし。体だって清めてないと汚くなって匂うでしょ?
でもここ、そういえばゴミの集積場みたいのないよね?
家を見せてもらったときお風呂もなかった。でも不快な匂いはないわ」
「そうだね……集落の中にずっといるのは別としても、魔物を仕留めたり、捌いたりしたら絶対に匂いはつく」
わたしたちは午後から、集落を、生活する人々をもっと注意深くみることにした。
もふもふ軍団たちには沼へと行ってもらった。魔物たちが沼の水を飲んでいるかを確かめてもらうためだ。
ご婦人方が毛皮をなめしている。既視感。
いや、同じ作業なんだから当たり前だ。
それにいくつもの工程を、手作業で地道にやっていくわけだから時間がかかると思うし。
でも、進歩がないように思えたのは、それが新しい「素材」だからなのだろうか?
瘴気の森と呼ばれる中に暮らす人々。
夜だけ危険な森だけれど、ジョギさまにより集落の中は守られている。
生活臭のない集落。
記憶の軽い欠落がある住民。
蔵と貯水池の謎。
夜を守る、ジョギさま……。
あれ、午前中に転んだ子だ。もう包帯がわりの縛り布を取っている。
わたしは尋ねた。
「足、怪我したところ、もう大丈夫なの?」
「うん、そんないつまでも治らなかったりしないよ」
膝を見せてもらう。光魔法の使い手がいたのかと思えるほど、全く傷跡が残っていない。
たった何時間が「いつまでも」?になるの?
子供たちははしゃいで遊ぶ。
大人は仕事の傍ら、そんな子供たちに目を細めて笑ってる。
あの草がよく効くのかな。きっとそうだ。そうとしか思えない。
温度管理もされていて、水の確保の心配もない。
魔物も入ってこられない、安全な地。
そんな夢みたいなこと、あるものなのだろうか?
振り返って集落を見たとき、わたしはえもしれない恐怖を感じた。




