第130話 馬と馬車と魔具と(上)
顔を洗いに外に出るとそのままUターンしたくなる。井戸まで屋根と壁作って繋げちゃダメかね。寒過ぎる。洗濯機まがいの樽の横を通り、つくづく無属性のことがわかってよかったと思った。洗濯は風魔法を補佐にして樽に水を入れ風で回転させてやっていたけれど、今はクリーンで済ませている。お客さまがいらした時とかは洗濯しているていをとるつもりなので、樽は置いたままだ。
井戸には誰もいなかったので、しめしめとお湯を出してそれで顔を洗う。お風呂はあるのに、なんで魔法でお湯を出す概念がないのかな。お湯だって温度の上がった水なのに。あ、そっか。温度の概念がないのか? そういえば聞かない気がする。
お風呂は42度が好き。お湯は41度かな。ドライヤーは80〜120度だったはず。節電時に推奨されていたのは部屋温度が冷房28度で暖房が20度だった。それらを温度を知らない人にもピンとくる言葉に置き換えられないものかなー。そうしたらその〝言葉〟で1つの属性の魔具を作れるのに。
「リディー、おはよう」
「兄さま、おはよう」
双子は目を擦り、アリとクイとアオもまだ眠そうだ。
「まさか、自分で水を汲んでないよね?」
「うん、魔法」
「湯気たってる」
「お湯する?」
みんなが頷いたので、お湯を出してあげた。
アリとクイもお湯にひたして絞った布で顔をしっかりと拭くよ。
アオは自分で顔を洗っている。
「みんな、わたしより、遅いの珍しい」
「違うよ。これは二度寝後。朝一番で鍛錬したからね。でも冬は寒くて、昨日も夜更かししたし、朝食まで時間があるからもう一度眠ったんだ」
「夜更かし?」
アリとクイが夜全然眠らなくて、みんな付き合って起きていたみたいだ。夜行性なのかな?
「もふさまは?」
「会議」
「会議?」
「わからない。けど、そう言ってた」
もふさまは今日は会議があるから遅くなると言って、朝一番に行ってしまったのだ。前もってわかっていたらお弁当を作ったのに。とりあえず、予備で入れておいたものをいろいろもふさまに押しつけたよ。寝ぼけ眼で。
ちびベア、アリとクイは母さまとピドリナさんにも大人気。早速撫でまわされて、うっとり気持ちよさそうにしていた。
ひよこちゃんは偉そうにしていた。先にいたからか、序列はひよこちゃんの方が上みたいだ。突いているのかと心配したけど、アリとクイも口で応えていたから、親愛のツッツキなのだろう。
離れがたいみたいで、子供部屋でみんなで寝ると言っていた。
ハウスさんにお願いして、人が来たらアリとクイは強制的にメインルームへと転移させてもらうことにした。やはり魔が通っていないと難しいようだが、わたしの魔力があればできるとのことなので、いくらでも使っていいのでとお願いをした。これで、アオ、アリ、クイはひとまず安全だ。
ベアさんにベアという種族のあれこれを聞きにいかなきゃな。
朝ごはんを食べ、畑の世話をして、勉強する。昼ごはんを食べてからアリとクイとお昼寝だ。と思ったらみんな寝たりなくて一緒に昼寝をすることになった。
暖炉に火を入れてもらって、居間のラグの上でぬくぬくお昼寝した。
「リー、リー」
アラ兄に揺り起こされる。
「馬が来たよ」
「馬?」
あ、馬車と馬! 急いで起き上がるとふらふらした。
「リー、大丈夫?」
アラ兄に支えられる。
「平気」
アオとアリとクイは見当たらない。メインルームに行ったようだ。
庭先だけどコートを着て出る。
うー、風が冷たい。
栗毛色のお馬さんと真っ黒の大きなお馬さんがいた。庭の草を食んでいる。
父さまとアンダーさんが話している。
「こんにちは」
アンダーさんに挨拶をすると、アンダーさんはわたしたちの頭を順に撫でた。
幌馬車がある。新品だからか、木の匂いが強い。
「坊ちゃん、嬢ちゃま、馬と馬車を納品に来たです」
そういって指笛を吹くと、栗毛色のお馬さんの方がアンダーさんの元に来た。背中を撫でる。
「こいつは力持ちで早く走るのも好きだ。だから時々思い切り走らせてやってくだせー。リンゴンが好物で。ブラッシングも好きなら、ワラを最後に擦りつけられるのも好きだ。勇ましいが寂しがりやなところもある。どうかかわいがってやってくだせー」
そう丁寧に頭を下げた。
「名前はなんていうの?」
兄さまが尋ねた。
「……売る馬には名前をつけねーんです。だから坊っちゃまたちがつけてやってくだせー」
アンダーさんに頭を擦り付けてくる馬の首を撫でている。
こんなに大切にしている馬を譲ってくれるんだ。
「さ、旦那さま、坊ちゃん、嬢ちゃまに挨拶しろ。かわいがってもらえ」
馬は父さま、兄さま、双子、わたしの順に見て鼻を鳴らした。
よろしくって合図かな。
わたしはマルサトウの穂を少し取ってきて、みんなに渡す。
父さまは首のところを力強く撫でた。
「よろしくな」
兄さまがマルサトウを掌に置いて口の前に出すとぺろっとした。
そして勢い込んで兄さまの手をペロペロ舐め出す。
「こっちもあるよ」
ロビ兄の手も舐めて、次に手を差し出したアラ兄の手も舐めた。
わたしもあげるとしっかりと舐めてくれた。
「これからよろしくね」
この子用のブラシも買ってこなくちゃね。
家のお馬さんたちにあげてくださいとマルサトウを瓶に入れて渡した。
黒いお馬さんにも、お疲れさまといって砂糖をあげると喜んでいたからね。
アンダーさんが帰って行った。
どこに馬小屋を作ろうかと悩んでいると、ハウスさんの声が響く。
庭を広げますか?という提案だった。
この辺一帯、ウチの土地らしい。斜面になっていたり、石が凄いのでそこは避けて平らにしたのが敷地面積だったんだけど。
父さまは少し考えて、馬を歩かせたり、小屋を作るには今の広さではギュウギュウになってしまうと思ったのだろう。お願いしてみると。
え? 一瞬で劇的に広い土地になった。岩山の手前まで平らになり、馬小屋と馬が遊べるスペース確保だね。
ハウスさんにお礼を言って、家に近いところに馬小屋を作る。馬車を入れるスペースを作り、そこから町へと行きやすい道を作っておく。幌馬車はみんなで手押しして(笑)スペースに収めた。もらったワラを寝床に敷き詰める。動物は自然の温度で暮らすのがいいというので、そのままで、夜は温石を入れた袋を置いておき様子を見ることにした。ワラは定期的にアンダーさんのところから買うことになっている。
お馬さんに入ってもらうと、新しい居住地を受け入れているように見えた。
アオとアリ、クイがよちよち歩いてきた。なぜかその後ろにはひよこちゃんたちが。
「広くなったでち」
ひよひよ
ひよ
ひ
ひよこちゃんたちが探索している。お馬さんは気にすることなく、用意したバケツの水を飲んでいる。アリが首を突っ込もうとするから、止めようとしたが、お馬さんは怒ることもなく、一緒に飲んでいる。
「ひよこが自分たちの小屋をこっちに移して欲しいって言ってるでち」
え? それはお馬さんの迷惑になるのでは?
ホップステップジャンプで馬の上に乗るひよこ。
お馬さんは特別嫌がる風でもない。え? いいの? 本当に大丈夫?
馬小屋の中に鶏小屋を作る。
「お馬さんの名前、考えなくちゃだな」
「みんなひとつずつ考えて、お馬さんに決めてもらおう。夕飯までに考えること」
兄さまがまとめて、みんなで頷いた。
みんなお馬さんに乗りたそうにしていたが、今日は新しい住処に慣れてもらうことにして、一緒にいたいのも我慢し、ひとりの時間を作ることにする。いや、ひよこちゃんつきだが。アリとクイは外は寒いようでアオと一緒に家の中に入ってきた。まだ赤ちゃんだものね。
わたしは居間に戻ってからアラ兄に解読のことを詰めて聞いてみた。
例えばお風呂の魔具。井戸と同じ水路からとった水をプールに貯め、それを沸かしている。その魔具を解読するとどう導き出されるのかを聞いてみた。何度か解読をして読み取ったのは「水が気体へと気化するのを上限として、そのおよそ45%の状態に保つ」となっているという。アラ兄には意味がわからないそうだが。
温度ではないけど、概念はあるんだね。
「リディーはわかるのか?」
話を聞いていた父さまに尋ねられる。
「うん。水、沸騰する、減るでしょ? 水蒸気・気体になってる。水の沸点、100度。100度で水・液体から水蒸気・気体になる。気化する言う。寒くなる、水、0度で個体になる。氷なる。お風呂42度、ちょっと熱い言う人いるけど、わたし、好き。気温、19度ぐらいから24度ぐらい、わたし過ごしやすい。それ以上暑かったり寒かったりする。夏と冬」
「前世では、いちいち何度って覚えているものなの?」
「温度いって、いろいろ使う。体温、熱計る。みんな基礎体温違うけど、37度以上熱ある言う。冷やす」
「へー、熱か」
ロビ兄に頷く。
「お風呂の温かさ、好みあるから、自分で指定したり。料理も、お肉生で食べないの、人に危険な菌いるから。熱でその菌死ぬ。でも肉、加熱、硬くなる。おいしいの、あまり火入れすぎないこと。何の肉かで、全体に通る温度違う。肉に適した温度で加熱すると、あまり火入らないで、安全。より、おいしくできる」
低温調理も素晴らしいよね。何度でどれくらい火を入れればと言うのがわかってやれたら、この世界でも低温調理ができる。
鑑定のレベルが上がれば、その温度とかわかると思うんだよね。低温調理魔具は作れそうだし。
「へー、何%って言うのが、記憶でいう温度なんだね」
「たぶん、そう。沸騰しているの100度、同じ量の0度の水入れると50度なる。100度を10分の4、水を10分の6入れれば、40%の温度、つまり40度のお湯なる」
「10分の6?」
わからない顔をしたロビ兄に、兄さまが紙をとって横置きし上下で半分に折った。
「全体を2等分した。このひとつが、この紙全体の2分の1だ」
兄さまは広げた紙を上下の端を真ん中に持っていき折り目をつけた。そして広げる。
「このうちのひとつは?」
「1、2、3、4だから4分の1?」
兄さまは頷く。そしてちょっと考えて、広げた紙を右上から左下の対角線で折り目を入れまた開き、一番上の4分の1の四角で左上から対角線を折り、その対角線と対角線の交差したところでしっかりと折り曲げる。その幅で紙を折り蛇腹にするときれいな5等分になった。それを横でも半分にして。
「これだと?」
「ええと10分の1」
「正解。液体だとまた違うだろうけど、100度の熱湯をマス4個と、水、マス6個で、マス10個分、つまり紙いっぱいの40度のお湯ができる」
父さまは、兄さまの紙の折り目をじっと見ている。何%や分数がもうわかっているのもすごいけど、定規があるわけでもないのに、折るだけで等分にできる方がすごすぎだよ兄さま。偶数ならまだしも奇数ってことは、三角形の相似を使ったんだと思われる。この世界、それが普通のレベルなのか? 相似を知っていても、わたし、どうしてあの折り目で5等分ができたのか意味がわからないんだけど……。
驚きすぎて、父さまと一緒に紙をじっと見つめてしまった。兄さまの頭の良さは置いておき。
多分鑑定の人が頑張ったんだろうな。
解読でそう出ているなら、他の魔具でもパーセンテージで温度は表して平気ということだ。
水とお湯は違うものだと考えるから、水魔法に火魔法で温めると2属性の考えになってしまうが、お前は沸点から42%の水と命令できれば、水魔法でいいわけで。
「できた」
アラ兄が放心状態でいう。
アラ兄の前にある水の玉に指を入れてみると、おお、ちょっと熱めのいいおゆだ。
「水魔法より魔力は使うけどできた」
「じゃあ、おれも。えっと、沸点の42%の暖かい風」
熱風が過ぎる。
「できたけど、あつっ」
少量でよかった。
「空気はもう少し温度設定違かったかも」
気温で保つのと、そのためにいる温風は何度がいいとか、それは試行錯誤かな。
「でも、できた」
「うん、できたね」
できちゃったね。
一瞬静けさが舞い降りた。