第129話 ダンジョン再び⑦きっと牧歌的な戦い
魔物たちにだいぶ近づいたところで、アオは足を止めた。
「いいでちか、この階では気を抜くと大変なことになるでち。みんな気を引き締めて、奴らに近づかないように戦うでち」
「近づかないように戦う?」
「奴らは厄介な魔法を持っているでち。近くに行くと魔法をかけられて、悲惨な目に遭うでち。マスターは試練となるあのホルスタとだけ戦ってさっさと下に行ったでち」
アオが羽を伸ばしたその先にはやたら目つきの悪い大きく筋肉質な牛がいた。呑気に草を食んでいるけど。
「どんな魔法をかけてくるんだい?」
アルノルトさんがアオに尋ねる。
「仲間にするでち」
「仲間?」
「ホルスタなら、ホルスタにするでち。かけられると自分はホルスタだってそう思うでち。だから草の上で寝たり、草を食べたりするでち。マスターが言ってたでちけど、本当の恐怖はそこからでち。この階の草を食べると壮絶にお腹を壊すそうでち」
一定期間で魔法は切れ、するとお腹壊しタイムが発生するそうだ。牛なら牛、羊なら羊、ヤギならヤギになりきるらしいが概ね草を食べることになるらしい。
地味に嫌な魔法だな!
そんなことをして誰得なの?
目が横についている動物は、顔を動かさないから、見えているのかわかりにくいんだけど。なるべく近寄らないようにしてボスホルスタを目指す。
「リディー、危ない!」
兄さまに突き飛ばされ、ハッとして見上げれば、もこもこ羊が兄さまとみつめあっていた。
羊が去ると、兄さまは四つん這いになる。そして歩いた。
えーーーーーー、兄さまの心が羊に!
草に顔を近づける。
「ダメーーーーーーーーーーーーーーー」
あれ? 緑の大地と言っていいくらい草が生えていたのに、見渡す限り土しか見えない。
『土魔法、見事だ』
もふさまが褒めてくれたが。魔法で草を全部どうにかしてしまったみたいだ。
「ンモーーーーー」
「ンメーーーーーーー」
「ンンメーーーーーー」
皆さん怒っていらっしゃる。
そりゃそうだ、食べようと思っていたまさにその時に、口に入る前に消えたのだから。マップの点が全部赤くなる。
そして羊、牛、ヤギの目も真っ赤だ。
「ご、ごめん」
誰に何に対してなのか自分でもよくわからなかったが、わたしは謝った。
「魔法で攻撃しろ」
父さまの指示が飛ぶ。
とりあえず
「土人形、兄さまを、優しく羽交い締め」
兄さまより少し大きなサイズの土人形が後ろから兄さまを羽交い締めにする。
あ、よかった。いつの間にかアリはしっかり避難してロビ兄の背中に張り付いていた。
よし、兄さま確保。
あとは向かってくる魔物たちに、みんなで総攻撃だ。
風の刃が当たって、何頭かが煙となりドロップすると、余計にヒートアップした。
こちらも応戦に力が入り、落とし穴を作ったり、風を飛ばしたり、火をお見舞いして、気づけばボスだけになっている。
アルノルトさんがボスに短剣を投げたのを皮切りに、みんなの魔法がボスに炸裂する。もふさまがうずうずしてたので、みんなに目をつぶってと言って、とっておきのフラッシュをお見舞いしてやった。ライトを一瞬だけ強烈にしたものだ。
ボスホルスタは眩しかったのだろう目を瞑り、その好機を逃すはずもなく、もふさまが蹴りを入れる。
ポンと小気味のいい音がして、お宝の山となる。
「うっ、私は……」
「兄さま、だいじょぶ? ありがと」
土人形を解除する。
「私はメーメになってたの?」
「大丈夫だよ、リーが草をなくしたから、草を食べてない」
「リディー、ありがとう」
「お礼いうの、わたし」
「お、肉だ!」
ロビ兄が元気な声をあげる。
瓶に入っているのにわかるのか、アリとクイがミルクの瓶に群がっている。
匂いもしないだろうにわかるってすごいな。
フロアには今まで倒してドロップしたものも転がっているから、全部を回収していく。ミルクが多かったのは嬉しい。牛肉もやっぱり出た! バターにチーズに生クリーム。生クリームだ!
「もふさま、生クリーム出た」
『ケーキとやらが食べられるんだな?』
拾いながら、でもこの階の魔物を倒すのは厄介だと話していたところ、さっきのが一番有効ではないかということになった。目眩しをしてその隙に物理的攻撃をする。魔法は使うと魔力が減るからね。わたしもフラッシュはそこまで大変じゃないけど、無属性は魔力を食うからな。これも魔具であったらいいな。
魔具で作りたいものがいっぱいだ。
ドライヤーはもちろんだけど、フラッグも各階に行けるように数が欲しい。
フラッシュや……。
「階段があったぞ」
おお、目標クリア。地下8階にも行けそうだ。
「4時半のお知らせでち」
アオが教えてくれる。
タイムアウト!
でも、どの顔も満足げだ。目的の牧場エリアに来られたからね。
新たな家族も増え。
あ、この子たちは家から出さないとかできるかね?
「帰る前に、決め事をしよう」
父さまが言い出した。
「アオは人と、つまり私たち以外の人族とも触れ合いたいと思っているのかな?」
父さまが屈み込んでアオに優しく尋ねる。
アオは高速で首を左右に振る。
「オイラ魔物でち。マスターとしか関わる気なかったでち。今はみんなとは一緒にいたいでちけど、他の人は考えたこともないでち」
父さまは頷いた。
「一緒にいたいと思ってくれてありがとう。あの家には人が来ることもあるから、その時はメインルームなり、サブルームになり避難して欲しい。お願いできるかな?」
アオは頷いた。
「それじゃあ次はアリとクイをどうするかだ」
「え? 連れて帰るよね?」
ロビ兄が慌てて父さまにすがる。
「それはそうだが、もしみつかると厄介だ。アオは自分から外には出ないと思うがこの子たちはどうだろう?」
「メインハウスはダメってこと?」
「アオに聞きたいのだが、誰かきた場合アリとクイをサブルームに移すのは可能なのか?」
「アリとクイが魔力に目覚めたらできるでち」
「では、ハウスさんにも相談して、誰かがきたらアリとクイはメインルームか、サブの方に移すようにしよう。魔力に目覚めたら、またその時に話し合おう」
わたしたちは頷いた。
そうだよね。アリとクイは魔物なんだもの。いくらこんなに小さくてかわいらしくて守ってあげなくちゃと思うものでも。
だけど人族全員がそう思うとは限らないのだ。