第127話 ダンジョン再び⑤テイムパニック
「ど、ど、どーしよう」
アオがパニックだ。
そういえば、魔使いさんは魔物使い、今でいうテイマーだ。その力を引き継いだんだから、そりゃテイムできるね。
「ど、ど、どーしたらいいんでちか?」
アオはすがるようにわたしたちを見た。
子アリクイは一層のことアオの身体に口というか鼻を寄せている。
とりあえず、ミルクを飲ませることにした。牛のお乳もデュカートのお乳もベアのお乳ではないからね。どちらにしても一緒だ。
深めのお皿にミルクを入れるとペチャペチャ顔を突っ込んで飲んでいる。
飲めているみたいだ、ほっとする。
その様子を眺め、ロビ兄が子アリクイを撫でる。
「……テイムしちゃったんなら、覚悟を決めるしかないんじゃないのかな?」
兄さまが諭す。
「でも……」
アオが口ごもる。
「アオはさ、この子たち放っておけるの?」
「それは……」
ミルクを飲みながらアオを気にしている。つぶらな瞳で見られたら……。
「この子たちが自分で餌を取れるようになるまでは、せめて面倒みないとなんじゃない?」
「でもさ、人っていうかアオに慣れちゃったのを野生? ダンジョンに返せるもんなの?」
いろんな意見が出ているのを聞いているうちにわたしは眠ってしまったようだ。
起きたとき、子アリクイたちに挟まれて眠っていた。わりとワイルドな短い毛だ。
「リディー、おはよう」
兄さまがキラッキラした笑顔で言って、わたしの髪を手櫛で直してくれる。前髪がどっかいってたみたいだ。
起き上がったから起こしてしまったようで、子アリクイたちもわたしに蹴りを入れながら身を立て直し立ち上がった。鼻をくっつけてわたしの匂いを嗅いでいる。
頭を撫でてやると、気持ちよさそうに目を細めた。
「父さまともふさまは?」
「近くにベアがいないか見に行った」
噂をすればなんとやらで、向こうからもふさまと父さまが戻ってくる。
「いませんでしたか?」
尋ねたアルノルトさんに父さまは頷いた。
ブンブンブンブン
羽音が聞こえた。
戦闘バチが近づいてくる。
「お坊っちゃま、お嬢さま、動かないで」
アルノルトさんに言われて、ピタッと動きを止める。
スズメバチサイズの戦闘バチに守られるようにして、中央にもう少し大きな蜂がいる。
『何用だ?』
「なんでちか?」
もふさまとアオが同時に声をかける。
そうだ、アオは敵対心のない魔物とは話すことができるんだ。
そういえば、〝翻訳〟のスキルで魔物の言葉がわかるようになるんじゃないかと思っていたので、わからずにがっかりだ。
羽音に混じってブブンブッッブンという音が強くなった。
「その通りでち」
アオが頷く。
『そうだ、我は聖獣。お前たちが攻撃をしなければ危害は加えない。ここにいる者たちもだ』
ときおり、戦闘バチが行ったりきたりしている。
『それは理解している』
「仕方ないことでち。……そうなんでち……」
アオがわたしたちを振り返る。
「あの巣の女王蜂さんでち。ベアに巣を攻撃されたので、攻撃返したそうでち。でもまだ独り立ちできてない赤ちゃんがいたことに悪いと思っているみたいでち。おいらたちがずっとここにいるから、怒って何かされるかと怯えているでち」
ああ、そっか。わたしが寝ちゃったから移動しなかったんだね。蜂たちにしてみれば攻撃されたから巣を守ってやっつけただけだけど。自分たちを殲滅できる聖獣が近くにいて、やっと離れて行ったと思ったのに、また戻ってきて、気が気じゃなかったんだろう。
「リディーも起きたことだし、場所を移ろう」
父さまに言われて、みんな頷く。
「場所、移るでち」
アオはそう女王蜂さんに言って、こちらに戻ってきたけれど、呼び止められたみたいにまた振り向く。
「まぁ、ベアでちから好きだと思うでち……相談するから、ちょっと待って欲しいでち」
ぺたぺたとアオがこちらに来る。
「赤ちゃんベアたちに、女王蜂の加護をつけたいって言ってるでち」
女王蜂の加護?
「蜜を分けてもらえる加護だそうでち」
「アリクイたち、聞いてみる、いい」
「アリクイって、子ベアたちのことでちか?」
しまった。
「アリとクイか。かわいいでち」
アオが嬉しそうに羽をバタバタさせた。
「リディアはもう名前考えてくれたんでちね」
「違う。名前、アオ、考えるいい。アリクイはつい……」
「お前たちは、アリとクイでち。リディアが名前つけてくれたでちよ」
あーあ、言っちゃったよ。
わかったのか、アリとクイはわたしにのそっと寄ってきてほっぺを舐める。
「女王蜂が加護をくれるって言ってるでち。蜜を分けてもらえる加護だそうでち。もらうでちか?」
アリとクイは揃って顔を傾げた。だよね。蜜食べたことないだろうしね。
わかっているかどうかは疑問だけど、ブンブブンたちはアリとクイにとって親の仇になっちゃうわけだけど。もし蜜を分けてもらえる加護をアリとクイの父さんだか母さんだかが持っていたらこんなことにはならなかったわけで。情を思うと受け取るべきかどうか迷うところだけど、生きるということを一番に考えるならば、その加護があればアリとクイが生き延びる確率があがると思うのだ。
「大人ベア、蜜、大好物。赤ちゃん食べていいか、聞かないとわからない、けど。蜜、もらえる、羨ましい」
羨ましい加護だよと伝えると、またほっぺを舐められる。
そしてキャウキャウ鳴いた。
「わかったでち、もらうんでちね」
アオは女王蜂に向き直って、アリとクイに加護をつけて欲しいことを伝えた。
女王蜂だけ飛んできて、アリとクイの上で八の字を描いて飛んだ。金色の粉が子アリクイの上に舞う。
「あのっ」
飛んでいきそうな女王蜂に話しかけていた。
女王蜂が止まる。
「取引、できませんか?」
「「「「「取引?」」」」」
女王蜂より、家族からの反響がでかい。
「蜜と、使わなくなった巣、欲しいです。必要なものと、交換、できませんか?」
女王蜂は何か言っている気がする。
『珍しい花をくれるなら、蜜と引越し終わった巣をやってもいいと言っている』
珍しい花か……。あっ。
「珍しい花、なる種では、どうですか?」
『どんな花だと聞いているぞ』
わたしは実はもらった種だから、どんな花なのかは知らないんだけど、暖かい国の甘い香りのする花だと告げた。昨日の朝に届いたものだ。
ウチが商人を領に通したのを知った某権力者は、早速動き出しているようで嬉しいよと言ったお世辞を並べ、手紙を持たせた従者に、今日まで進んだ事業計画書を出せと抜かしやがった。従者さんは悪くないのに、剣呑な目で見てしまった。わたしはありのままを書いた。これから冬がくるので計画は凍結。春になるまで進みません、と。
進捗を聞くだけでは体裁が悪いと思ったのか、土いじりが好きなようなので、外国、暖かい国の甘い香りの花の種を贈ると、一緒に入っていたのだ。ここで役に立ったから、許してやろう。
わたしはここに蒔いていくから、花が咲いて気に入ったら、今度きた時に蜜といらなくなった巣が欲しいと頼んだ。
女王蜂さんは約束してくれた。
土魔法で土を柔らかくして、種を蒔く。そして水魔法で水をやり、それじゃあと別れようとしたが、芽がでた。はやっ。と思っていると、双葉になり、茎が伸び、葉っぱも大きくなって、大きな蕾ができた。そして大きな白い大輪を咲かせた。さすがダンジョン、いきなり育ちすぎ!
メシベのあるところは濃いマゼンダ色に線が入っている。そして漂い出す甘い香り。ほんと、甘いわ。酔いそうになるぐらいだ。
ブーンとおなじみの音がして蜂が忙しく働き出した。
『とても甘い花だそうだ。気に入ったから、蜜を分けるし、巣もくれると言ってるぞ』
マジ? ちょっとわらしべ長者気分。
ひと瓶分、蜜を分けてもらい、5つも古巣をもらった。これでリンスがいっぱい作れる。
女王蜂さんたちは、この花がとても気に入ったと言って、これからも蜜は分けるし、古巣もくれると言った。ラッキー!