第123話 ダンジョン再び①地下3階 滝エリア
北風の強い日だった。
母さまはわたしに本当に行くのかと何度も確かめたけれど、最後は折れてくれた。
今日はこの前みたいに好奇心で先へ先へと行ってしまったのとは違い、お弁当もしっかり持ったし、ダンジョン探索の用意をしっかりして臨んでいる。
あ、今日はひよこちゃんはお留守番だ。説得に時間がかかったが、どうやらひよこちゃんは地下3階にいたトカゲ系が苦手みたいなのだ。アオに通訳してもらったところ、ゾッとするらしい。
フラッグで移動すると、トカゲ系フィールドから始まる。だから、今回は家に居てと言って納得してもらった。
わたしもトカゲフィールドは好きになれそうにないが、7階行きたさが原動力だ。生クリームが出るってことは牛がいるんじゃないかな? バター、チーズ、ミルク、牛肉が期待できるわけでしょ? 今日中に地下7階までいけるかどうかはわからないけどね。
母さまから絶対に夕方には帰るよう釘を刺される。4時半になったら、ハウスさんにアオ経由で教えてもらうことになった。
最初の30分だけ、ダンジョンの1階で好きに採取することにした。ハウスさんをタイマー扱いしている。ひどいが助かるというのが本当のところ。
わたしと兄さまはマルサトウを根っこからとって、庭の畑に植える分を確保した。父さまたちは工具、ハンマーみたいのと、釘の先の部分を平たくしたマイナスドライバーみたいのを持ってきていた。その平たいのをヒビを入れたいところに刺すようにして、ハンマーで打ち付ける。うまいところに刺さると石がごそっととれるようだ。あれだね、固いカボチャも包丁がすっと入るところがある。きっと石にもそういう割れ目っていうかがあるんだと思う。
双子がおもしろがって、いろんな角度でやってボロボロと石を取っていた。
30分が過ぎたので、フラッグを使って、地下3階へと移動した。
水音がしていた。滝に近づけばやはり、岩の上でトカゲ系の方々が日光浴していた。見かけウーパールーパーさんも目を閉じて岩に張り付いている。
「あ」
アオが短く呟く。
「どした?」
「毛皮じゃなくて、温石はどうでちか?」
「温石?」
大昔の湯たんぽのことかな? 石を焼いて熱くしたのを布で包んで寒いときに温まる道具として使っていたはずだ。
「ウパやイグナが乗っている石が温石でち。陽の光を当てておけば、熱を長く持ってあったかいままでち」
石の名前が〝温石〟というようだ。
「その温石をどうするの?」
ロビ兄が首を傾げる。
「毛皮の代わりにそれを抱いて眠ればいいでち」
「おー、なるほど!」
「でもあいつら乗ってるぞ。どうする? 戦う?」
アラ兄が頷いて、ロビ兄は短剣に手をかける。
「ウパやイグナが消えたら、温石も消えるでち」
「それじゃあ、どうしたら?」
アラ兄が眉を寄せた。
「ウパやイグナは首のところを撫でられるのが好きでち」
なんでもないことのようにアオがいう。
「そんなことして、っていうか近づいたら攻撃されない?」
「あいつらは攻撃しなければ攻撃してこないでち。ハブンやセルベチカは攻撃してくるでちけどね」
『確かに我らのことも見えているが、戦う気はないようだ、今のところ』
もふさまがアオの見立てに太鼓判を押した。
そういえばマップの点の色は、水中は真っ赤オンリーだが、陸の上は抑えた赤だ。
父さまとアルノルトさんは警戒しながらあたりを見回していた。
「撫でてどうするんだ?」
今度はロビ兄が尋ねる。
「ウパとイグナは特に女の子好きでち」
へ?
「なんで、女好き?」
反射的に訝しんでしまう。アオは目を瞬いた。
「ほとんどの魔物は女の子が好きでちよ。人形なら女神さまを思い出すのと……攻撃的な奴らは柔らかいから女の子好きでち」
その攻撃的な方、柔らかいって、食べやすいとかそういうこと? こわっ。
女神さまを思い出すって、どういう意味だろう?
「魔物は女神さまを見たことがあるんだね?」
兄さまが尋ねる。
「生まれたときに、女神さまだけが祝福してくれるでち。だから女神さまのこと忘れないでち」
魔物って、生まれたときに女神さまに会ってるんだ……。
そういえば教会には魔を通す時しか行ってないけど、どんな神さまを崇めているんだろう? もふさまの聖なる方とはまた違うのかな?
「甘い歌声も好きでちから、優しく歌って呼び寄せるでち。首のところを撫でてやれば眠るでち。その間に温石を貰えばいいでち」
みんながわたしを見ていた。ん?
「む、無理」
とりあえず、拒否する。
「リー手袋かしてあげる」
「……持ってる」
そういう問題じゃないのだ。
「じゃあ、リディーの代わりに私がやろう」
「兄さま?」
兄さまはコートの上からウエストのところで紐を結んだ。そして毛糸の帽子をかぶりはみ出した髪の毛を中に入れた。
「リディーが私の後ろで歌を歌って。声を出さなきゃバレないかもしれないよ」
「兄さま、かわいい」
「うん、服の感じを変えるだけで違って見えるね」
元々美形だし、まだ幼いから男性的要素は強くない。髪を伸ばしたりスカートを履いたりすればあっという間に美少女が完成するだろう。双子は絶賛したし、わたしもそう思ったが
『魔物は格好で判別するわけではないぞ』
もふさまが笑いを含んだ声で言った。
えーーーーー。
『アオよ、近づいて騙されたと知った魔物はどうなると思う?』
「怒りが膨れるでち」
「……わかった、やる」
もともと暖かいのをゲットしたいと言っていたのはわたしだし、ミニーたちのためでもある。
「リディー……」
父さまが心配そうな声を出したが、口がもにょもにょしてる。笑うのを堪えているような。気のせいだよね?
「歌、なんでもいい?」
アオは頷いた。
「もふさま、後ろいて。絶対、いてね」
もふさまは頷いてくれた。
もふさま以外はみんな離れていてもらう。
さて、何を歌おう。眠らせるなら子守唄系だけど、こちらの歌は覚えてないし、あちらの子守唄は暗ーい感じなんだよね。
歌いやすくて好きなのにしよう。よし、某・花の歌にしよう。英語バージョンで。
ゆっくりと歌い出す。花に呼びかけるような出だしが好きだ。作り手はそこに何かを含ませていたのか、そこを知ることはできないけれど。どこか哀の感情を思い出させ、愛しさの中にはいつも哀も含まれるものだと真理を言い当てているようで好きだった。
母さまのようにきれいな歌声ではないが、心を込めて花を想いながら呼びかける。その花だけではなく、わたしは2度と〝好きだった花〟を見ることはできないけれど。
大きなウパとイグナがわたしの周りに集まってきていた。のそりのそりと、ゆっくりと。穏やかな目をしていたし、危険な感じはしなかったので、身が縮まるような恐怖はなかった。歌い続けると、トロンとした目になってきた。
この子たちは大型犬。ゴールデンレトリバーに、シベリアンハスキーなの。自分に言い聞かせ、手袋をした手で首のところを撫でてやる。
……すると、わたしの膝に顔の一部を乗せるようにして、目を閉じた。
いやー、マジで眠っちゃってくれちゃってる!
ウパやイグナが乗っかっていた温石を父さまたちが掘り返している。鉱石をとっていた要領でハンマーを打ち付けると大きな澄んだ音をたてる。結構うるさいと思うのだが、ウパやイグナは目を閉じたままだ。
ボードに真っ赤な点が出現。ふと横を見ると蛇がいた。ハブンってハブのこと? なんか攻撃前みたいに首だけもたげているんだけどっ。
息を飲むしかできないでいると、イグナが目を開けた。そしてハブンの顔を平手打ちした。とぼけた顔のウパの目が真っ赤になり、ハブンの首根っこを押さえた。そして遠くに投げる。
投げた?
わたしの横でスタンバッていたもふさまと顔を合わせる。
ウパもイグナも強いね。
わたしは助けてもらったお礼に、もう一度首のところを撫でた。今度は手袋を外した手で。
温石がずっしり大量だ。触ると不思議と温かい。陽が出ている時は日光浴をさせ、抱きかかえて眠れば少しは違うよね、きっと。
大量の温石を袋に入れ、ウパとイグナにも別れを告げて、滝の裏側に入っていく。階段が見えた。でもそこに行くには水の中を歩かないといけないようだ。
「さっきの歌は不思議な言葉だったな。どんな歌なの?」
隣にきた兄さまに尋ねられた。
「花の歌」
「花?」
「祖国のお花、讃えて。永遠にあり続けて、願う歌」
「少し、悲しそうだった。何か、思い出した?」
「……好きだったもの、もう見られない、思うと、少し哀しい。でももっといっぱい、好きなこと増えてる。だから、平気」
水の中には父さまとアルノルトさんが入って、わたしたちを運んでくれるようだ。
全員を抱っこリレーで向こう岸に渡してもらい、父さまとアルノルトさんの濡れた足は温風ですぐに乾かした。
これはいいなというので、すかさず、ハウスさんからメインルームに置かせてもらえるOKが出たら、ドライヤーを置きたいんだとプレゼンをした。