第121話 不器用
それにしても、なんでわたしはこんなに不器用なんだろう。
夕ご飯も食べ終わり、寝るまでのひととき、居間に集まりみんなでお茶を飲んで過ごす。
ラグの上に座り込み、お店を広げ、みんなへのお礼の最後の鞄を作りあげたのはよかったが、針を指にさしてしまった。最後の最後で。穴が空いたところからぷくんと血が出て玉になる。わたしがただその指先を見ていると、兄さまがその指を布で押さえる。
「大丈夫?」
うん、と頷く。
でも、とりあえず、みんなの分を作り終えたぞ。今年中になんとか渡せる。誕生月のクッキーの家を渡す時に町に行くから、その時みんなに鞄を渡すつもりだ。
クッキーの家もオーブンの一回で作れる量が家6つ分なので、毎日6つずつ焼くことにする。1回分ならピドリナさんのご飯作りを邪魔することもないだろう。
そして明日はクッキー作りはお休みして、パンを焼こうと思っている。酵母が完成した(多分)。イキイキしていて、ハッスルしすぎじゃないかと少し心配だが、やってみるつもりだ。
その次の日は、父さまも手が空くとのことで、ダンジョンに行くことになっている。
それにしてもと、じくっと痛む指先をみつめる。
「なんで、わたしだけ、不器用」
「……今は手がこんなに小さいから、うまくいかないだけだよ」
ちろりと兄さまを見上げれば、その後ろに見えた父さまも頷いた。
「そうだ。それに不器用でも、リディーはそのままで十分かわいいからそれだけでいいじゃないか」
父さまがお茶を口に持っていく。
「……リディーが不器用なのは母さまのせいだと思うわ」
え?
母さまが泣きそうだ。
「リディーがお腹にいるとき、一時期、何も食べられなくなった時があったのよ。きっとそのせいで……」
あー、つわりが酷かったのか。それはこちらが申し訳ないというか、不器用なのとは関係ないというか。
母さまは王族がわたしに興味を持っていることを知ってから、ときどき精神的に不安定なことがある。自分に呪いがかけられてもあんなに気丈だったのに。
「いやレギーナのせいじゃない。1歳の時、俺が投げたから」
「投げた?」
わたしを? 驚いて声をあげてしまう。
「父さまはオレたちにするのと同じように、リーに高い高いをして放り投げたんだ。でも1回だよ。兄さまがすぐ止めたから」
「乳兄弟に弟がいたから知ってたんだ。赤ちゃんは強く揺すったりしちゃダメだって」
「お、お前、そんなことしたのか?」
アルノルトさんが驚きすぎたのか、執事モードを取っ払い、素で突っ込む。
「周りにずっと赤ん坊はいなかったし、そこまで繊細だと思わなかったんだ。それまでもリディーを抱っこするのは禁止されていたし」
………………………………。
その抱っこ禁止が全てを物語っている。
「…………兄さま、ありがと」
わたしがシェイクされなかったのは、兄さまが止めてくれたからみたいだ。
父さまと母さまはお互いに自分のせいだと言い合っている。
とにかく、理由がどうあれ、確かなのは……。
「わたし、母さまお腹の中、器用、置いてきた」
ガックリだ。誰かひとりぐらい、せめて兄さまぐらいは不器用じゃないって言ってくれるんじゃないかと思ったけど、否定はなかった。それはわたしが自分で思っているだけでなく、やはり客観的にみても不器用ってことだ。
「置いてきたなら、次の子が拾ってきてくれるよ」
ハハ、そうだね。呑気に言ったロビ兄に愛想笑いになってしまう。
父さまと母さまは顔を見合わせている。
部屋に戻ると、ひよこちゃんはもう眠っていた。少し大きくなった気がするけど気のせいだよね。いくらなんでも1日でサイズアップするわけはない。
ベッドの上で攻略ノートを見ているともふさまに首を傾げられる。
『また読んでいるのか?』
「うん。デュカート以外、いい毛皮、あったら、思って」
『領地の子らにか?』
「うん、子供、お年寄り、優先で」
もふさまにスリッと頬を寄せて甘える。
「もふさまと、一緒寝ないだけで、風邪ひいた。町では、雪降った時だけ暖炉つける。わたしだったら、どれくらい風邪ひくかわからない」
もふさまは頷いた。
『リディアはいつもいろいろなことを考えている。毛皮を探しながら他のことも考えているだろう』
「うん。ロサ言ってた、王家どうして光魔法必要とか。ダンジョンのことバレずに、砂糖と領地発展繋げる方法ないか、とか。考える、いっぱい」
『自分で考えるのはいいことだが、堂々巡りだったり、行き詰まるのなら、ひとりで悩むことはない。お前の兄たちや家族はそんなに頼りないか?』
そういうわけでは……。
『ひとりで頑張りすぎるな』
うん。ありがたく頷く。
「もふさまも、頼れる相手、いるんだね」
『?』
「だから、そう、わたしに言ってくれる。……寝よっか」
もふさまが頷いたので、ふたりの上に上掛けをかけて、暖かいもふさまに擦り寄る。天然酵母を入れたタネ生地を仕込んでおいたからね、明日はパン作りだ。
お昼ご飯はちょっぴりにしておいた。
今日はふわふわパンを食べるのだ!
朝っぱらから、とあるお届けものの送り主のせいで心をかき乱されたが。楽しいことで心を塗り替えよう。
いつも通りのパンの生地の配合に、タネ生地を同量いれる。しっかり叩いてしめるとキュッとした、また格別の手触りとなる。ツルッとした表面は相変わらず頬擦りをしたくなる。我慢するけど。
「お嬢さま、これはスゴイですね」
この時点でもう生地の凄さを察してくれる。ピドリナさん、大好き。
わたしの手でこなせるのは必然的に小さくなるから、それ以外は丸々全部ピドリナさんにお任せになる。一次発酵をしている時に、成形の相談だ。丸パンとパウンドケーキの型で食パンみたいなのを作ることにした。
砂糖を惜しみなく使えるから、いつかシナモンロール食べたいなー。シナモンロールはグラサージュと一緒にいただくのが好きなので、砂糖の心配をしなくていいくらいじゃないと作れないからな。
まぁ、今日は、最初だから、スタンダードなのでいこう。
時間を置いて、倍に膨れ上がっているか生地を確認する。ガス抜きをしてもう一度生地をしめて、ベンチタイムを挟み、成形だ。食パンは作ったことがないそうなので、そちらはわたしの担当だ。
オーブンの中にお湯を入れたコップを一緒に入れて二次発酵待ち。うまく膨らんでくれますように。願いを込める。
焼く時間は短いものが多い。発酵させるのに時間がかかるんだよね。
今までのパンの作り方として、酵母を入れてないのと、二次発酵をしていなかったらしい。今日はとりあえずわたしのやり方で進めた。ピドリナさんが今までの方法と合わせて、いいやり方を取り入れていってくれるだろう。
パンのいい匂いがしてきた。
兄さまたちだけでなく、母さまや、部屋で仕事をしていた父さまとアルノルトさんもキッチンにやってきた。
わたしはピドリナさんと顔を合わせて笑った。
焼き立てはそれだけでおいしいし。でも念願なので聖域のベアベリーのジャムも用意する。
「お嬢さま、パンが今まで見たことないぐらいに膨れています」
オーブンの窓を覗き込んでいるピドリナさんが声をあげた。
中をチェックして「焼きあがりましたよ」とピドリナさんがパンを出してくれた。
大きなミトンで型を持ち、食パンを外に出す。丸パンはフライ返しを使って鉄板からかごへと移す。
ピドリナさんが丸パンを割ってくれた。白い湯気が立ちのぼる。中の柔らかいところが最高においしそう!
「まずは、お嬢さま」
みんなの視線を集めながら、丸パンをいただく。
ふわふわだ。ちょっと砂糖入れすぎたかな。甘いかも。でも、これがわたしの知ってるパンだ。おいしい! いくらでも食べられそう。
「成功! おいしい」
「食べて、いい?」
そう尋ねたロビ兄にピドリナさんは頷いた。熱いから火傷をしないようにと注意が飛ぶ。
かごにみんな手を出して、お行儀は悪いけど、そのまま口にいれる。
「ふわふわだ!」
「本当に、これパン?」
「リディーが言ってたふわふわってこういうことだったんだね」
アオやもふさまに取り分けると丸飲みした。
『リディア、なんだ、これは。今までのパンと別物じゃないか!』
「こんなおいしいパン、初めて食べたでち」
大興奮のみんなに触発されて、大人たちもパンに手を伸ばした。
口に入れると目を大きくする。
「これは……」
言葉にならないみたいだ。
ジャムをのせてあげようと思ったら、みんなもう食べ終わっていた。
仕方ないので、丸パンを半分つにしてジャムをのせていく。そして配った。
甘い。おいしい。いちごジャムにパン。ああ、すっごく食べたかった!
「本当にお嬢さまはすごいですね。リンゴンを腐らせたのを振っていらっしゃるのを見た時は、正直、大丈夫かしらと思ったのですが。あの〝酵母〟というものが、パンをこんなにおいしくするんですね」
うん、怪しんだ目で見られているとは思っていた。
それでも自由にやらせてくれたピドリナさんに感謝だ。
「本当においしいね」
「何か、つけたり、挟んだりしても、おいしい。そのうち、もっといろんな、パン作る!」
「他にもあるの?」
「うん、味ついたパンも、おいしい」
わたしが伝えると笑顔になった。
おいしいは、幸せだよね!