第1196話 ベクリーヌ滞在⑫ハッシュの事情
「アダム……」
ルシオがアダムの名を呼んだとき、ドアがノックされた。
レオたちは素早くもふさまのリュックの中へと入る。
ドラゴンちゃんたちは、あちこちで羽を休めては誰かの肩に留まるなどして気ままに過ごしている。
お城の騎士さんで、世界議会のカードさんがわたしたちを探しているとのことだ。
アダムはわたしと兄さまはここに残るように言って、ルシオと部屋を出た。
兄さまと目があう。
「アダムは自分の思いをあまり話さないからな」
わたしはもふさまを抱きあげた。
「兄さまもそうだよね?」
「え? 私?」
「男の人たちって結構そうだよね。聞かないと話さない」
「そうかな?」
「そうだよ」
何を考えているか、なかなかわからないもん。
「リディーは私が私の思いをいつも口にしても困らない?」
?
「困らないけど、困らせるかもと思えるようなことを何か思っているの?」
心のどこかで困らせるかもって思ってるってことだよね?
兄さまがわたしを困らせる?
……どこかへ行きたいとか? 留学する、とか?
離れるのは寂しいけど、ノエルの転移があるし、フォンもある。
そこまで悲壮になることでもないと思うから、「行ってらっしゃい」と送り出せるはず。
「困らないかどうか、確かめてみていい?」
うなずこうとした時、頭に声が響いた。
『マスター、仮部屋隣の見張り部屋にて、ひとりが目が覚めた模様です』
起きた?
「あ、起きたって。ハウスさん、中の様子を見せて」
壁に映し出された見張り部屋の様子。わたしと兄さまは食い入るように見た。
起きたのはカザエル民であるハッシュ。
稲妻ちゃんは加減してた。ダンジョンで敵にやる時はもっとすごいのお見舞いしてたから。それでも感電したわけだから心配だったけど、今のところ普通に動けているように見える。
体を起こして、部屋に他にも人が倒れているのを見て、何か考えているようだ。
片手でこめかみをグリグリやっている。
稲妻ちゃんがわたしの肩に飛んできた。
起き上がってドアを確認している。開かないドアに苛立っている。
そして窓もガタガタいわせてみたけれど、開く気配はない。
ドアも窓も飾りだから。
その音で気づいたのか書記のグルノさんがみじろぎする。痛んだのか首の後ろの方を押さえて起き上がり、横で伸びているふたりに驚き、慌てて手を置き、声をかける。
ふたりとも少し揺すられると、気がついて、ここはどこだとあたりを見回す。
そして同時にハッシュに気づいて声をあげる。
「び、びっくりした! お前もか。大丈夫か? 何があった?」
「俺も今、目が覚めた」
「アカさまから呼ばれて行くところに衝撃があって、気がついたらここだ」
「俺もだ」
「俺も」
「みんな同じだな」
とハッシュがまとめる。
ひとしきりドアや窓を4人で開けようとしたけれど、びくともしないと悟ると、中央に集まった。
「この顔ぶれで捕らえられたってことはドラゴンの何かだろうな」
と会計のノーチェが言った。ハッシュ以外は薄い茶色の髪だ。浅黒い肌は同じ。
一瞬静けさが舞い降りる。
その後、一人が手をぎゅっと握りしめて、覚悟を決めたように顔を上げた。
「あのさ、ハッシュ、お前何もしてないよな?」
少し怯えたように雑務のホッツがハッシュに確かめる。
「何もって何を?」
ハッシュは眉を顰める。
「あのさ、使節団が来るって決まってから、お前ちょっと変だったろ? 城に勤めてからも、なんか変わっちゃったけどさ」
「……俺も街の外で知らないやつと話し込んでたのを見た。何かあったのか?」
ハッシュがピクッとする。
「城で国のために働くんだって言ってたのに、入ったら料理人になるとか言い出すしさ。料理人も必要で国のためになるけどさ。前と急に違くなったじゃん?」
雑務の人、ホッツが熱く語る。
「赤き石が少量だけどなくなった。お前、何もしてないよな?」
ホッツはそれが本当に言いたかったことみたいだ。
「何もしてないってなんだよ? 俺が盗んだって言いたいのか?」
「……それだけならまだいいよ。赤き石、料理に入れてないよな?」
兄さまと目があう。
「使節団の料理に何もしてないよな?」
ホッツは半泣きだ。
「お前の様子がおかしいことは前から3人で話していたんだ。使節団が来ることが決まってからお前ますます変で。ドラゴンのことを調べたときは昔に返ったみたいであの頃に戻れたみたいで楽しかったけど。
神官が捕えられたり、俺らもこうして閉じ込められて。お前、なんかしたんじゃないかって」
3人が焦っていたのはこのことなのかもしれないなと思った。
4人は昔から仲が良かった。
一緒に城で働きたいと語るぐらいには。就職が決まったけれど、ハッシュの様子がおかしくなってくる。料理人にジョブチェンジしたことがその一つのようだ。
使節団が来ることになり、ドラゴンのことで4人は盛り上がる。それは昔に返ったようで嬉しい時間だった。けれど、落ちてくる暗い影。
どこか気になり、何かがおかしくて。
案の定、ハッシュは街の外で誰かと会い、赤き石がなくなり。神官たちが捕えられ、自分たちも気絶させられ、一室に閉じ込められた。
3人はどこかで確信している。ハッシュは何かをしたのだと。
ハッシュの顔が歪んでいく。
「ここから出たら、お前ら逃げろ」
3人の表情が固まる。
「何を言ってる?」
「カザエルが来る、ドラゴンを連れて」
「ど、どういうことだ?」
「お、俺カザエルなんだって!」
「え?」
「何言ってんだ?」
「死んじゃった父ちゃんや母ちゃんはカザエルで、仲間を引き入れるためにここに住んでたって。父ちゃんたち死んじゃったんだからお前がやれって」
「そ、そんなの嘘かもしれないじゃんか! お前を利用するために」
「父ちゃんの守り袋開けたら、カザエルとして死すって誓いの言葉入ってた。俺がカザエルなのは間違い……ない……」
ハッシュは泣きながら言葉を絞り出す。
「な、たとえ、親がそうでも、お前は関係ないだろ。お前はここで暮らしてきた!」
「……言うこと聞かなきゃ俺がカザエルってバラすって。そしたら神官に捕まって、焼き殺されるって。俺、やだ。怖い。死にたくない……」
正しい情報が行き届いていないと、ここまで混乱して迷走しちゃうものなの?
カザエル民だということは悪く言われる可能性は高いけど、そういう事情だったら。特殊なケースとなるだろうに。
「そんなことさせない! けど、お前何やったんだよ?
本当に料理に石入れてないな?」
「言われたけど、できなかった。使節団だけじゃなくて、城のみんなに食べさせろって。でもしなかった。赤い石は盗んだ。教会とドラゴンに食べさすための赤い石を渡しただけだ」
ドラゴンに赤い石。
つまり、カザエルは赤い石をドラゴンに食べさせ言いなりにしてる可能性が高い。
「カザエルはここで何をするつもりなんだ?」
「ここを乗っ取るって。拠点がいるからって。あの少女を捕まえると、カザエルの中で地位が上がるから、捕まえてこいと言われて……。部屋まで行ったのに、気がついたらここで気絶してた……」




