第1170話 ミネルバ滞在③小さな違和感の正体
アダムとダニエルからの目配せ。何も話すなという示唆だ。
わたしたちは穏やかに会話を楽しみながら、食事をいただいた。
会話は活発ではないながらも、途切れることはなかった。
もふさまも固い肉を永遠に咀嚼している。気に入ってるみたい。だけど、ローブの人をやっぱり気にしている。わたしもこの場にいて、何も口にしないローブの人を何度か見てしまった。もしかして食べるものが足りなくてだったらどうしようと、いたたまれない。
アダムとダニエルはミネルバの理に叶った暮らしに感銘を受けたといい、この国の歴史を記したものがあったら見せてもらえないかと持ちかけた。
そんな大層なものはないということだったけど、書物はあるから好きに見ていいと承諾を得た。
ローブの人からミネルバの文字を読めるのかと聞かれて、アダムは読めないと正直に言い、雰囲気だけでも見てみたいからと、照れたように言った。
ローブの人は鼻で笑った。わたしたちが彼からの侮蔑に気づいたことを、気づいてないようだった。
ユオブリアが示す友好の証となる物のリストは魔具が多かった。
第四大陸についてはほぼ知らないので、どんなものが喜ばれるのか想像できなくて、先に世界議会経由で聞いてもらっていた。
浄化の魔具を欲していた。
この地に実際訪れると、水とか、家畜とかそういったものの方が必要なんじゃないかと思ったんだけど、寒暖の差が激しすぎて、元々ここの大陸で生息する生き物しか生きていけないそうだ。水の魔具は争いの種になるので欲しない。オアシスから安心して水を取れるように浄化の魔具がいいという。
第四大陸は元々使節団が訪れることに積極的ではなかったので、こちらからの要求はなしにした。それで良かったと思う。食事にこれだけのものを用意してくれた、それだけで十分すぎると思うから。
夜は冷えるから発音の難しいラから始まる獣の毛皮を貸そうかと言われたんだけど、温かいグッズを持ってきてるから大丈夫だと辞退した。
食事が終わった頃から少しずつ冷えてきて、部屋に帰る頃には白い息が出るようになった。わたしたちは慌てて冬物を着込み、そして書庫の本を読み漁った。
といってもミネルバの文字を読めるのはわたしだけ。翻訳のスキルが育ってて良かった。
みんなが本を持ってくる。気になった書を持ってきて、わたしにタイトルを読ませてから中を探る。気になったところをわたしに尋ねる。
そうやって書を漁った。
途中からいくつかの持ってきていたわたしのブローチをぶん取られ、中を記録していく。あとで私が読めるように。
食事の前にローブの人以外がやっていた独特のポーズの祈り。あれはカザエル出身の人たちが決死を覚悟した時にやる祈りと聞いた。
第四大陸はカザエルを輩出した大陸だとは認めていないけれど、ここがカザエル発端の地であることは間違いない気がした。
カザエルについて多くは知られていないけれど、犯罪のレシピを考えて売り、その計画の補佐などをする世界議会から目をつけられた犯罪武装集団。その起源は知らされてはいない。
……もし元はここがカザエルの地だとしたら。この環境の厳しい地で疲弊した人が他の大陸のことを知った時、衝撃を受けるだろうなとは思った。特に、第二、第三大陸に来たら……。
第二大陸。たとえば食料がなくても川はある。真冬以外は野宿だってできる。至る所に森があり、そこには恵みがある。季節で温度変化はあるけれど、1日の間にこんなに気温の変化があるわけではない。ユオブリアだったら街の外に出てもなんとかやっていける。
でもこの大陸なら、それは死に直結する。
暑いだとか寒いだとかひもじいだとか。この大陸の人がユオブリアのそんな呟きを聞いたら鼻で笑う気がする。そんなのちっとも暑くも寒くもひもじくもないと。本当の暑さや寒さひもじさをお前は知らないだけだと。
恵まれた地があることを知った時に、故郷の地に失望するんじゃないかと思える。失望とは違うか。自分の生まれた愛した地が祝福が多くなかったんだと、他に愛された地はあるのにという悲しみ。
そう気づいてしまった原因である大陸と人に八つ当たりしたくなっても、それは人としてとてもわかる心の動きな気がする。それでも八つ当たりはしちゃいけないことだけどさ。
この厳しい地にいると、疲弊していくのもわかるし。
暮らしていくのにはどうしても生活を送るためにお金が必要となる。売れるという差し出せるものがあればいいけれど、そうではなかったら「考え」を売ることになるのもわかる気がした。
ただカザエルの人たちが、最初から犯罪レシピを売っていたとは考えにくいなとも思う。示唆したのは絶対に頼んだ人たちだ。だって彼らにはそんなことをしてもなんの利点もないから。他者を気にする余裕なんて、どこにもないだろうから……。
文字を追いながらカザエルと今は呼ばれる団体に思いを馳せていた。
夜も更けると手がかじかみ、冷気に触れると痛みが走る。なんて寒さだ。岩の中にいるのに。みんなにマントを出した。寒さ避けの付与をつけたやつ。
兄さまはわたしを抱え込み、マントを被る。
もふさまはわたし。もふもふ軍団や赤ちゃんたちはみんなに貸し出す。
冷気はマントでカットして、胸に抱き込んだもふもふたちで少しでも暖を取る。
「リディー、これはなんて書いてある?」
兄さまの息が首筋にかかってこそばゆい。
こう近くにいるとドキドキしてきて、その音が聞こえてないかと、これまたドキドキする。
「リディーは何を読んでるの?」
「わたしが借りたハンモックに置いてあった本」
「? 誰かが食事にいっているうちにリディーのハンモックに置いたってこと?」
「そうじゃない?」
だってここから出ていくまではなかったもん。
「何が書いてある?」
「なんかサバイバル本っぽい」
「さばいばる?」
兄さまが不思議そうな声をあげて、その声でもそもそとアダムとダニエルがこちらに来た。
「さばいばるってどういうこと?」
「ん? 街の外での火のおこし方とか、方位を知る方法。オアシスの見つけ方……」
寒さでかアダムの顔は青白く見えていたけれど、表情がすとんと抜け落ちる。
彼は急に声を顰めた。
「みんな、ここで何か不思議に思ったことはある? あのポーズ以外で」




