第1158話 キメリア滞在④初めて笑った
わたしたちは新しく部屋を用意してもらい、そして着替えた。
彼らは水の精霊ちゃんを見てすぐに、水の精霊だと分かったようだ。
というか、公けにはしていないけれど、何度か水の精霊が発現しているんだって。
水の精霊はキメリアにとって守り神のような存在だから、手厚くもてなすんだそう。発現する時に大量の恵みの水がもたらされるそうで、これは水の精霊の祝福を受けたことになるそうだ。
溺れそうになりましたけど!?
わたしたちが水の精霊を持ち込んだとは思われず、晩餐会をしたからきっと楽しそうで寄ってこられ発現してくださったんだろうと、大変おおらかな受け取り方をしていらっしゃる。
お城の一室をめちゃくちゃにしたわけだから、どうしようと思ったけど、お咎めなしで、というより、祝福を受けられるなんてと羨望の目を向けられている。
聖獣、神獣の加護、そしてドラゴンに懐かれ、水の精霊の祝福を受ける。
いやー、すごいですよと散々もてはやされた。
とりあえず、夜も更けてきたので、わたしたちは眠らせてもらうことにした。
精霊さまと崇められ、水の精霊ちゃんは連れて行かれた。
お輿みたいのを4人で担いできて、輿の中には大きな浅皿に水が入っていて。
それを見たら、精霊ちゃんは嬉しそうにそのお皿に座った。それでそのまま連れて行かれた。自分で行動してたからいいのかな。姿もあんな大きくなるのはびっくりした。
ベッドの上でもふたちみんなと話しながら、そのまま寝落ちしてしまった。
朝ごはんはシンプルにパンとスープと瑞々しいサラダ。果物も盛りだくさんで、どれもおいしい。パンに添えられていたジャムもユオブリアとまた違う。けど、一番おいしいのは、パンにつけるためのオイルかな。オイルと塩でパンをいただくととってもおいしい。ハードパンなので、わたしはオイルで食べる方が好きだ。
調印式にはカードさんが、ノエルを連れてきてくれることになっている。
今後も秘密裏に第五大陸に来るためにノエルを連れてきたかったんだけど、第六大陸では使節団の平均年齢が若いことに眉を顰められた。そこにノエルを連れて行ったら、子供が?ってことになりそうで。どうしようと言っていたら、カードさんが自分についてくるぐらいならいいですよと言ってくれたのだ。カードさんについているぐらいなら、どうしてもキメリア大陸が見てみたかったで済むか、とね。
その申し出をありがたーく受けさせていただいた!
調印式の部屋にいってみれば、部屋の真ん中に噴水があった。
噴き出した水の上で精霊ちゃんが自由にしていたので驚いてしまった。水の精霊さまは気まぐれだそう。お水は大好きだから、水を流していると、そこでしばらく遊んだりするそうだ。そして人知れず見えなくなる。
時々会話ができる精霊さまもいるそうだ。
わたしたちが驚くと、王太子殿下はおっしゃった。
「獣に変化することができる者、それらの者の中には精霊さまと言葉を交わすことができるものもいるのです」
え? それって、まさにわたしだ。
あ、わたしだけじゃないんだ。変化できるものには精霊と言葉を交わせたりするのね。
ん?
わたしはそれは人型の時かを聞いた。
そうだとおっしゃる。
獣の姿の時に話せるんじゃないんだ。そこは違うなぁ。
と、呼ばれてきたのは……耳に目がいく。人型なんだけど、猫みたいな耳が頭の上の方に出ている。ぴこぴこ動いてる、何あれー、すっごい触りたい。
ノエルぐらいの体格かな。首輪をつけている。奴隷なのは間違いないだろうけど、健康そうだし、表情も暗くない。他の使用人たちと同じ扱いなんじゃないかな。オーランドとは違って。
「水の精霊さまが発現された、不自由はないか聞いてくれないか?」
王太子殿下が優しくお願いすると、その人は膝をつき、首を垂れた。
一瞬わたしに目を止めて、少し首を傾げる。
やめて! ひょっとして、わたしが変化する仲間ってわかったの?
「水の精霊さま、我がダフラにお越しくださり、ありがとうございます。何か私どもにできることはありますでしょうか?」
第五大陸の共用語、ダフラ語でもあるキメリア語で、その男の子は精霊ちゃんに話しかける。
精霊ちゃんは、その子のさらに先にいるわたしをじっと見ている気がする。
その男の子は振り返り、わたしに目を止める。
「水の精霊さまは、そちらのお嬢さまに興味がおありなようです」
後から聞いたんだけど、精霊は精霊が興味ある人などとしかコンタクトを取らないんだって。
王太子妃殿下にそっと背中を押される。
え?とみれば、みんな羨ましいと目が言っている。
わたしは精霊ちゃんの前で膝をつく。
「精霊さま、わたしは精霊さまの言葉はわかりません。
ただ、精霊さまが自由で、楽しんでいてくださればいいと思います」
ホルクは100年あの場に閉じ込められていた。精霊ちゃんも長い間閉じ込められていたんだと思う。なぜあんなことになったのか知りたかった。
どうやって精霊を閉じ込めるなんてことができるのかも知りたかったし。
それがわかれば、もうちょっと敵の背景もわかってくる。
でも尋ねた時、目を逸らした。話したくないようだった。
そうだよね、思い出したくないことかもね。
だとしたら、とっ捕まえた人と同じような、無礼な人にはなりたくない。
食べ物とかも特に必要ないみたいだし、だとしたらどこででも生きていける。
だから、心から思える。精霊ちゃんが楽しいとか、居心地がいいところにいればいいと。
ここのお水とは相性がいいみたいだ。あの赤い目のこと。水玉が破裂したこと。そのことも聞きたいけど。もし、彼女を敬ってくれるここが心地いいのなら、ここで暮らすのでいいと思うんだ。
「どこにいても、精霊さまの幸せを祈っています」
胸に手をやり首を垂れる。
通じたかな?
精霊ちゃんは派手なパフォーマンスを見せてくれた。飛び上がって、水路にぽちゃんと入っていったのだ。それはまるで、ここが気に入ったと言ってるようだ。
わかったと笑いかけると、精霊ちゃんも水路から顔を出し、初めて笑った。




