第1157話 キメリア滞在③感謝と癒しの舞
「大地が6つに割れたとき、この第五大陸には水の聖霊たちが多くいたようです」
そっか。それでこんなに水が豊富なのね。
「でも、それだけじゃないんですよ」
と、王太子殿下がウィンク。茶目っ気たっぷりで、なんだか可愛らしい。
「その後のことになりますが、聖霊の子供ともいうべき神聖力を持つもつ12体が地上に降りることを許されたのです。精霊と名付けられた存在でした」
密かに息を呑む。それは禁忌の神話だ。
「どうもその時に、とても悲しいことがあったようなのです。水の聖霊たちが多くの涙を流しました。降りてきた水の精霊も、ずっと泣き続けているそうですよ。それでこのキメリア大陸は潤った。
だから私たちは恩返しをしたいのです」
「恩返し、ですか?」
「はい。大地を潤してくれた聖霊や精霊に。未だに涙が止まらない精霊たちに。
それ以上悲しみに支配されないよう、私たちは歌い、踊り、楽しいことを還します」
そう手を差し出された。
とても自然で。わたしたちは誘われるままに舞台に行って、歌って踊った。
とても素敵な思想だと思ったから。
少しでも精霊や聖霊たちの悲しみが癒えるように。
楽しくて、お腹はいっぱい。
満たされた中、宴は終わりとなる。
明日は調印式があるからね。
水が豊富なだけあって、個人の部屋にもバスルームが設置されている。それも大きめのお風呂だ。
暑いぐらいの土地でも、あったかいお風呂に入ると解けていくよね。
お風呂を堪能してから、続き部屋に行けば、みんなくつろいでいた。
「あ、リディア嬢、先ほど歌っていたのは聖歌かい?」
「え、聖歌になってた?」
普通に歌っていたんだけどな。
イザークとこしょこしょと話す。
イザークは「聖歌」と言うものがあると思っていて、さっき口ずさんだのがそれなのかと思ったんだって。わたしは聖力が乗ったら、それは全部「聖歌」と言っていると言ったら、ずさんだと言われた。
ずさんでもいいけど、なんでそんなことを聞くんだと尋ねれば。
わたしが歌っていた時、水路の水からオーラが出てたんだって。
イザークは、イザークの見えるオーラはずっと魔力だと思っていたそうだ。でも魔力は一部であり、聖力や神力にも色があり、それと魔力が混ざり合った色として捉えているのが、今の自分の能力だと思っているようだ。
曰わくのある〝物〟からオーラがあるのは見たことがある。けれど、今までオーラが見えなかったのに、その生き物ではない水からわたしの歌に反応するようにオーラが見えたのが不思議だったそうだ。
「あ、そうだ」
「どうした?」
わたしはもふもふ軍団と聖霊ちゃんをリュックの中から解放した。
そして聖霊ちゃんに話しかける。
「ここは第五大陸・キメリア。水を司る聖霊や、水の精霊たちがいっぱいいるんじゃないかって、ここの人たちが言ってたわ。あなたも何か感じる?」
同じ水の精霊だから、と言えば、水の玉の中で宙返りをした。
動きながら目を擦ったりして、起きたばっかりなのかしら。
おや、玉の中で大きく伸びをした。
マイペース。何も感じてないみたいね。もしかしたらって思ったんだけど。
「やっぱり、他の大陸となると、言い伝えられていることも幅が出てくるな」
イザークの言葉にアダムがうなずく。
「禁忌の神話のさらに先、第五大陸バージョンだ。これはキメリアの王族に会わなきゃ聞けないことだったろうな」
「〝悠〟が変わってしまったことを……」
きっと悲しんでいたんだろうねと続けようとしたのだけど。
え?
精霊の水玉が浮き上がったので、わたしは驚いた。
水の精霊の目だけが赤い。初めてのことだ。
ブワッと精霊が大きくなり、合わせて水の玉も大きくなる。
ええっ?
わたしの前に兄さまとアダムが、そしてもふさまが唸る。
もふもふ軍団も大きくなり、精霊に落ち着けと言葉をかける。
ドラゴンちゃんたちも盛んに鳴きだす。
小さな子供ぐらいの大きさになった時、その水の玉は破裂した!
そして、どんだけあの玉の中に水を溜め込んでいたのよというぐらいの水が出てきた。あっという間に水に押し上げられ、天井までの隙間は顎スレスレだ。
ドアが叩かれているようだ。水圧でどうにもならないのでは?
「どうする?」
「魔法で壁、壊すか?」
アップアップしながら、言い合う。
わたしは兄さまにかかえてもらっているから、楽しているんだけど。
こ、これどうなっちゃうの!?
部屋の中で溺れるとかあり?
「あ」
アダムが短く声を上げる。
「リディア嬢、収納袋に水を収納だ。僕は自分のを」
そう言って息を吸い込み、下へと泳いでいく、しまってあるのを取りに行くつもりなのだろう。っていうか、家具とか荷物も浮いてきていて、それに微妙にぶつかって痛い。
ドラゴンちゃんたちは泳いでる……。何気に能力高い。
いや、そんな場合じゃない。
収納ポケットに、水を収納!
どっちの容量が多いか勝負ってところ?
一瞬にして、水がはけた。天井近くを浮いていたわたしたちは落ちる。
もふさまやもふもふ軍団が下敷きになってくれた。
部屋の中はぐちゃぐちゃだ。みんな濡れ鼠だし。水に翻弄されてぐったりだ。
ガンガン叩かれていたドアが開く、あっぱれなことに、もふもふ軍団たちはみんな小さくなってリュックの中に入っていた。
「いち姫! 何があった!」
ガーシとシモーネが駆けつけてくれる。
これはなんて言い訳をすれば?
精霊いたって言っていいの? っていうか、いるね、小さい子の大きさの女の子が。全体的に透き通った水色の女の子。目は赤くなかった。
なんかキョロキョロしてる。
お城の人が部屋の中を見渡し、早口で何か言ってる。
「リディー、大丈夫?」
自分だって水浸しで雫がポタポタ落ちているのに、兄さまはわたしの世話を焼こうとしている。
もふさまはフルっと身を震わせれば、もう乾いている。羨ましい。
バタバタと音がして、
「こ、これは」
と血相を変えて入ってきたのは王太子殿下と妃殿下。
アダムに任せていいよね。口が上手い人に。
王太子殿下と妃殿下はいきなり跪いて、額を地面につけるようにした。
「水の精霊さま、キメリアに発現してくださり、心より感謝いたします」
とキメリア語で言った。その崇拝する対象はもちろん水色の精霊だった。




