第1153話 手札
「リディア、おはよう!」
「おはよう」
「ドラゴンちゃんたちもおはよう」
赤ちゃんたちもそれぞれの鳴き声で応えている。クラスのみんなにもかなり慣れた。
「リディア、第六大陸に行ってきたんでしょ? どうだった?」
レニータが好奇心丸のままに尋ねてくる。
「第六大陸って不思議なの。気温はこっちと変わらないのに、街から出ると、地面には雪が積もってて氷の世界なんだ」
「ええっ!?」
「なんで?」
ダリアも目を丸くしている。
驚くよね。
「あとね、移動は馬や馬車じゃなくてギャンっていう二本足で立つこともできるドラゴンをちっちゃくしたみたいな姿の獣なの」
「へー、で王族との謁見はどうだったの?」
ジョセフィンに鋭く聞かれる。
「うーん、使節団の役割は果たしたよ。でも、わたしの中ではナシ!」
「何よそれ」
「詳しくは言えないんだけど、ドラゴンに懐かれることの理由を、全くもって思ってもみなかったこと言われて驚いたのと」
みんな首を傾げている。
「……あちらの国は普通に奴隷制度で。なんかね、ショックだった」
みんなが何かを察した表情になった時、鐘が鳴った。
ホームルームで先生がやってくる。
4年のA組に、身分の高い留学生がふたり入ったこと。何やらわたしに興味を持っているようなので、わたしに気をつけるようにと直接的に注意がきた。
うーーむ、面倒だなあー。そして先生から話があるから一緒に来るように言われた。
先生について職員室だ。先生は隣の先生の椅子を引き寄せ、わたしを促した。
「さっきはすまなかったな。先に知らせる予定だったんだが」
ああ、門のところで待ち伏せしていた留学生の、身分の高い人たちね。
「そのことで呼んでくださったんですか?」
「いいや。4年生になると魔法戦の授業が課外活動となるのは知っているな」
あ。それがあったな。
「シュタインはどうする?」
え?
「学園内では聖樹さまの守りがある。けれど課外活動はそれがない」
先生は引き出しから紙を出した。
「シュタインの場合、親御さんからくれぐれも学園より外に出さないよう言われているからな。課外活動に参加しない場合評価は半分になるが、お前の成績なら留年の心配はないだろう。参加したければ親御さんを説得して、サインをもらってきてくれ」
プリントを預かり、礼をして職員室を後にする。
留学生はアネリストとセインの身分の高い子息たち。A組だから魔法戦の授業は一緒になるな。
課外活動、楽しそう。超、そそる。
けど父さまも、兄さまも、許してくれないだろうな。
開口一番「ダメだ」とステレオで言われる未来しか想像できない。
正直いうと、学園から出るのは怖い。もふさまやもふもふ軍団が一緒でも、わたしは瘴気には弱いからだ。そしてそれは〝敵〟にバレている。
……じゃあ一生そうやって守られている中だけで生きていくの?
考えているうちに教室についていた。
「リディア、先生からなんの話だったの?」
「んー、A組に留学生が来たでしょ。ドラゴンのことで注視されてるかもしれないから気をつけるようにって……きちんと注意された」
「そっか」
認めてもらう何かを打ち出さなくちゃ。
みんなと一緒にレベルアップするために。
『リディア』
もふさまが教室の中で声をかけてくるのは珍しい。
まわりを見ると、人も近くにいないし誰もこちらを気にかけていない。
もふさまを膝に抱き上げて、撫でて顔を近づけ、小さな声で尋ねる。
「どうかした、もふさま?」
『我はわからぬのだが、リディアはなぜここにいる童たちも強くしたいのだ?』
「え?」
……なんでもふさまはわかったんだろう? わたしがみんな一緒にレベルアップしたいと思っていることを。
ただみんなを空っぽダンジョンに連れていくこともできないから、時々行ける範囲のダンジョンに行くか、魔法戦の時に鍛えていくしかない。
そう、だから魔法戦の課外活動はぜひとも参加したいのだ。
『この童たちも戦いに連れ出すつもりなのか?』
もふさまは首を傾げる。
もふさまは想像したのかな。わたしが課外活動に参加したい理由がみんなと一緒に戦うためだと。それはいつかの戦いを想定してなのだと。
「何が起こるかわからないから」
『わからないから?』
「世界の終焉案件だもん、何が起こるかわからないでしょ。自分を守れる手札はひとつでも多いといいと思うんだ」
黒龍ちゃんが飛んでわたしの頭に上に乗った。
「ロサたち、もふさまやもふもふ軍団と闘いを一緒にしたら、格段に強くなったでしょ、短期間で」
もふさまは視線を外しながらうなずく。ちょっと嬉しそう。
そうなんだよね。元にしっかりした戦いの基礎があったからってのもあると思うんだけど、魔物の戦い方、聖獣の戦い方を見て思うところがあったみたいで、動きっていうか戦いのアプローチの取り方が上手くなって、体力を温存しながら叩く時に全てをかけるみたいな呼吸も会得しつつあり、全体的な底上げ感がすごい。空っぽダンジョンでは特に周りの目を気にせず、そしてみんな翻訳魔具を触っているから、直に会話ができる。通訳はどうしてもタイムラグができてしまう。それがなく、直に質問して解決したり、考えがその場でわかっていくのは、成長を促すみたいだ。
「小さい頃から、わたしはもふさまやもふもふ軍団とダンジョンに行ってきた。わたしが力がそうなくてもそこそこ強いのは、きっとみんなの戦い方を学んでいたんだと思うの」
絶対真似できないって小さい頃から思っていたけれど、やはり強い何かをずっと見てきたのはわたしの糧になっている。
「わたしはラッキーだった。だから、できることならみんなに。わたしと知り合ってくれた大切な人たちには、自分を守る手段をひとつでも多く持ってほしい。
わたしの戦い方は魔法が多くなるから参考にはならないけれど、考え方とか口から出たことが、それもきっと何かのためにはなると思うんだ」
『……そうか』
もふさまがピクッとした。
ダダダッと教室に駆け込んできたのは、ウォレスとラエリンとチェルシーだ。
「リディア、隠れて、ルン髭が来る!」
え。わたしは慌てて椅子から降りて、床へとしゃがみ込む。黒龍ちゃんを頭から下ろして抱え込んだ。
わたしの席の先で女子たちが塊になり、ドアからわたしの席が見えないようにしてくれた。
開いているドアを、わざわざノックする音。
「リディア・シュタイン嬢はいるかね?」
ルン髭の気取った声がする。
少しの間を置き、
「いないみたいです。そういえば、ヒンデルマン先生と職員室に行きましたよ」
ナイス、イシュメル!
「そうですか、ありがとう」
しばらくして「行ったぞ」と声がする。
わたしは起き上がってみんなに「ありがとう」とお礼を言った。




