第1150話 オーランド滞在⑦獣憑き
「シュタイン嬢は猫になったことがありますのよね?」
セイラ王女は、わたしを人前で馬鹿にしたくて仕方がないみたいだ。
「人と相容れない獣になったことがあるようですが、生憎、猫になった時のことは覚えておりません」
猫になったことはないから。
「呪われてたんでしょう? 恐ろしいですわね」
我慢しろ、わたし。
「ええ、呪う人の心が恐ろしいですね」
「心当たりがおありなんじゃありませんの? 人から恨まれる」
…………。
わたしは自分の腕のところについたものに気づいたように、摘みあげるふりをする。
「あら、金髪の巻毛。呪術で呪うには媒体が必要なんですって、ご存知ですか?」
ニヤリと笑い、続ける。
「自身に近いものほど効力を発揮するそうですよ。髪の毛とか、とてもいいそうです」
知らんけど。
信じやすいのか、顔が青ざめてる。
リュックの中でレオたちが喜びの声をあげた。お願いだからアオは話さないでね。みんなに聞こえちゃうから。
「でも大丈夫。呪術の呪いは今は禁止されてますから」
わたしは王女の目の前でハンカチを出して手を拭いた。
見ようによれば、髪をハンカチで持ち帰るようにも見えるだろう。
なんなの?と少しの間、悶々としやがれ。
「ちょっとあなた、王族に声をかけられたからって鼻高々になるのではなくてよ、卑しいわね」
『偉そーにしてるのはオマエだろ』
クイ、いいツッコミだ。
「セイラ、いい加減にしないか。それにどう見てもシュタイン嬢の方が役者が上だ。お前が束になってかかっても彼女には勝てないよ」
『こいつはわかってるみたいだな』
笑っちゃだめだ。
赤ちゃんたちはもふもふ軍団の声が届くから、反応して鳴き声をあげる。
「な、なんですって! 私が獣憑きに劣ると言ってるの?」
と、わたしを憎々しげに見た。
静観してたカードさんの眉根が寄る。
「セイラ、お前は何を言っておる?」
怒号だ。び、びっくりした。王さまか。
王女の声が届いたようだ。立ち上がって、こちらに来た。
赤ちゃんたちが怖かったのか騒いで、カオスな空間になる。
「セイラ、シュタイン嬢に謝りなさい」
「わ、私は間違ったことは言ってないわ」
「謝りなさい!」
「なぜ? みんな言ってたじゃない! ドラゴンを懐柔できるなんて、獣憑きだからに違いないって!」
あーあ、みんなで体裁を繕っていたのに、お馬鹿娘が暴露しちゃったよ。
王さまは顔を赤くして、騎士に王女を連れて行けと怒鳴った。
「わかったわ、お父さま、謝るから!」
王女がそういうと、王さまは折れた。折れるんだー。ウチの父さまも甘いけど、次元が違う。これもダメだろと思う。
「リディア・シュタイン嬢、失礼なことを言いました。お許しください。代わりといてはなんですが、令嬢は大事なものを落としたんじゃありませんか?」
「何、大事なものを?」
話を流すためか王さまが慌てながらも話を促す。
「昨日の宴でパーニエにつけていた素敵なブローチ、こちらをつけたままパーニエを戻されたようですわ。私が預かっておりました」
王女が首謀者かい。わたしは呆れた。
「そうだったのか、セイラ。お返ししなさい。
シュタイン嬢、申し訳ないね。心根は悪くない子なのだが、時々言葉が悪くてね」
王女が差し出したのは録画ブローチだ。今朝、忍び込んできたキュアにあげたもの。
「王女さまの勘違いですわ」
「え?」
王さまも、王子も、周りにいた人たちもこちらの会話を拾っていたようだ。
赤ちゃんたちも騒いだからな。
室にいる皆がわたしたちを注目していた。
「そのブローチはパーニエにつけたまま返却したわけでなく、わたしがキュアさんにあげたものです」
「キュ、キュアにあげたですって? 奴隷にこんな高価なアクセサリーを?」
顔を強張らせて、後ろに控えていたキュアを見た。キュアが震え上がる。
「そんなこと一言も言わなかったじゃない!」
と鞭を取り出した。
「わたしがあげたのです。彼女を叱らないでください」
「なぜ、この子に?」
「お世話をしてくれたからです。感謝に値するものが他に見当たらなかったので、そのブローチを」
王女がブローチを握りしめた。
カチッと音がする。
あー、それも改造したんだよね。
録画した魔具ですぐに映像が見られるように。ほら、ドラゴンさんたちにも見てもらえるよう、プレイヤーにもして、さらに大きく映し出される仕様にね。
室の壁に映し出される。明け方の部屋の中で、わたしがあげるのだと言うと、理由を聞き泣きながら感謝するキュア。
廊下を走って戻ると、豪華なネグリジェ姿の王女さま。
ブローチを取り上げ、よくやったわと言いながらキュアを足蹴にしている。
控えているお付きの侍女と話してる。
「ブローチを無くして残念がるでしょうね、いい気味だわ」
「やっと成功しましたね、王女さま」
王女さまは大きく口を開けてあくびをする。
王女さまも侍女たちもこれは何?と止めなさいと言いながら、侍女たちが壁に向かって走っていって見えないように手を大きく振っても、映像だからね。そんなことしても消えないし。大きく映し出してるから隠しきれなくて見えるから。
「本当よ。踊るとずり落ちるようにしておいたのに、恥をかかせられなかったし」
サイズ違いもお前の仕業か。
「桶の水を引っ掛けられてずぶ濡れになると思ったのに、防御魔法ですって、何さまよ」
やっぱりあれもお前の仕業か。
「きれいなブローチですけど、それをどうされるんですか?」
「拾ったと恩を売ってやるのよ。そして引っ掻き回して、婚約を破棄させてやるわ。獣憑きは奴隷に落ちればいいのよ!」
王さまは顔を白くして、王太子は額を押さえている。
王女は口をワナワナと震わせている。
女の子の寝巻き姿を晒したのは悪かったかなと思うけど、それ以外はなんとも思わない。
キュアの身に起こることを記録するかなとは思って、録画ボタンを押しておいたけど。まさかこんな風にうまいこと暴露されるとは思ってなかった。ほんとだよ。
「キュア! あんたなんてことを!」
とまた鞭で打とうとした。
「おやめください。彼女にも言ってませんでしたから、それはわたしの落ち度です」
凄い目で睨まれた。赤い目、血走ったような目で睨まれると、結構怖いね。
「そちらは録画・プレイヤー機能もついた魔具なのです。アクセサリーとして楽しめると思ったので、魔具の機能については話さなかったのですわ」
「こ、こんなものを持ち込んで、我が国の何を盗むつもりでしたの?」
王女だなー。追い詰められても、ただでは転ばない感じ。いや、死なら諸共タイプ、か。




