第115話 名も無いダンジョン⑥ウロ
お腹が落ち着いたので出発することにした。
ラッキーマウスやおいしいお肉と会えなかったのは残念だけど。
いよいよお目当ての地下2階だ。デュカート、デュカート!
2階への階段は湧き水の右側の石をどかすと……
【ラッキーマウスが湧き水の右側にあった石の上に乗る、その上で飛び跳ねると石がごろんと転がった。同時に重たい扉が動くような音がして、横の壁が動き左側におさまっていく。今まで壁があったところにぽかんと口が開いた。そこには下へと続く階段があった】
ノートに書いてあった通り、重たい扉が動くような音がして、横の壁がスライドした。下へと続く階段がある!
おおーーーーーーー。
階段は父さまが抱っこしてくれた。ひよこちゃんに笑われた気がした。こういうよくない方の勘って当たるもんなんだよね。いいもん、ひよこちゃんに笑われたって。階段で転げ落ちたりするほうが迷惑かけるし、ふん。
「マスターはなんでダンジョン来たんでちか?」
「前マスターさん、ダンジョン攻略ノート見て、いいなと思った。デュカート毛皮欲しい」
「……ダンジョンの魔物の毛皮はドロップでしかおちないでちよ。それにデュカートは人前に姿を現さないし、討伐しても毛皮は落ちないでちよ。前マスターが手に入れたのは幸運なんでち」
「なんでかは、わからない。けど、わたし触るとドロップしやすくなる」
それになぜか、ここではわたしは触ってないが勝手にドロップしている。
アオがぐるりと体を捻って、口、いや、嘴を開けてわたしを見ている。
「マスターは、前はラッキー……マウスだったんでちか?」
いや、人だったよ。あれ、でも覚えているのが稀なんだから、他の何かである時もあったのだろう……。輪廻も世界を超えるものなのかしら? よくわからないので慎重に言っておく。
「……その記憶はない」
アオはわたしをひたすら見ていた。
地下2階は草原フィールドだ。ノート通り、ときどきひょろーんとした木があるが、見渡す限りの草原だ。敵がきたら一発でわかる。父さまがおろしてくれる。
道幅を気にすることがなくなったので、兄さまと双子がわたしの左右にきた。
何やら双子が言い合っている。
「どうした?」
兄さまが仲裁に入る。
「アランが嫌がるんだ」
「何を?」
「だって兄さま、ロビンが戦うときに陣形を組もうっていうんだ」
ふむふむ。位置はロビ兄が斜め前だそうだ。
「おれが先制攻撃をかけて『正義の鉄拳を受けるがいい』っていうから、アランも前に出て攻撃して『ふっ、他愛もない』って言うんだ。真ん中でだぞ。かっこいいだろう?」
ロビ兄の瞳がキラキラしている。
父さまとアルノルトさんはいち早くあらぬ方を向いた。
「かっこいい台詞を譲ってやってるのに、何が嫌なんだよ?」
「……ロビンには言ってもわからないと思う」
「兄さま!」
ロビ兄が兄さまにすがる。
「うーーん、ロビンは素手で、拳で戦うのか?」
「いや、剣と魔法」
「それなら鉄拳はおかしいんじゃないかな?」
「そっか、拳じゃないもんな。うーーん。風雷斬りは使ったし、双竜剣もあるから……」
考え込んでロビ兄が静かになった。さすが、兄さま。ロビ兄を傷つけずに封じ込めた!
アラ兄は口パクで兄さまにお礼を言っている。
「この階は、デュカートと……何が出るんだっけ?」
「デュカート、ヒンドラ、サイレントリーフ」
「どんな魔物だろうね? 父さまは知ってる?」
「ヒンドラは知らないな。サイレントリーフは植物の魔物だったと思うが」
「水色!」
大声が出た。
「水色?」
「消えた!」
ロビ兄に答える前に、水色の点が消えてしまった。
「消えた?」
首を傾げるアラ兄に尋ねる。
「見た?」
「見た?」
見たかと尋ねれば、さらに首を傾げられた。
「マップ、水色の点出た。一瞬」
わたしは興奮してマップに水色の点が一瞬出たことを伝えた。みんな見てないみたい。
「青い点は人だけど、水色って何?」
「わからない。もふさま、何か感じた?」
『我は何も感じなかったぞ?』
もふさまが言った瞬間にマップに赤い点が現れた。少し前方にあるひょろんとした木だ。
風もないのに、木の葉たちが揺れる。
葉のひとつがわたしたちに向かって飛んできた。それを父さまが剣で一振り。葉っぱが真っ二つになった。
次々と葉っぱが飛んできた。数で勝負をかけてきた? ロビ兄が手を突き出す。
「火炎風!」
体を対象にむかい横にして前方に手を突き出す姿勢は、役者のようだ。ロビ兄、ポーズを練習してたんだ……。
手の先からでた炎は風に乗り、舞ってきた葉っぱ全てに燃え広がり、一瞬にして落ちる。ポージングといい、やるねぇ。
全ての葉が攻撃してきて丸裸になったはずのひょろんとした木にワサワサともう葉がついている。
なんですと!?
これは本体である木を攻撃しないととみんなが思っただろうとき、木が動いた。
風で動いたとかじゃなくて、根っこが足みたいになって地上に出て、スタコラとこちらに向かってきた!
ひょろんとしていても、2階建ての家以上の高さはある。それが向かってくることを想像して欲しい、めっちゃ怖いから!
パニックになりわたしは背をむけた。何がどうなったのかわからないが、わたしは摘みあげられた。アオを落としてしまった。落ちたアオは弾んだ。そして後ろを振り返る。
アオがひよこちゃんたちが、もふさまが、兄さまが、アラ兄が、ロビ兄が、父さまがアルノルトさんが、何かを言って口を開けている。わたしには周りの風の音しか聞こえない。わたしは後ろ向きに飛びあがり、木のウロの中にポイっと入れられた。
え? 中は空洞でわたしは落ちる。
ええ? あきらかにおかしい! 下まで落ちたって2階だての高さのはずなのに、わたしは落ち続ける。
ひよ
ん? わたしの髪の中からひよこちゃんが出てきた。
なんで、どこからひよこちゃんが? いや、髪の中だけど、いつの間にそこに?
ポーンとわたしは跳ねた。トランポリンみたいな上に落ちたようで、5、6回、ぽんぽん跳ねて、……酔いそうになった。やっと跳ねるのが終わり。わたしは辺りを見回した。
木のウロの中に落ちたのに、そこはまた草原だった。ある程度の大きさの広場のようで、いい感じに木もいっぱいあって。
わたしは目を擦った。見間違いじゃない。木から木へ茶色い四角いっぽいものが飛んでいる。
薄いピンク色のトランポリンから降りたいが、膝が笑っていて、動けない。
ひよ!
しっかりしろと言われているような気がする。
わたしは四つん這いになることに成功した。そのままハイハイしてピンクのところから降りようと思ったのに、わたしの顔ぐらいの大きさの茶色いものいっぱいに囲まれていた。もふもふした茶色の生き物。真っ黒のビー玉のような瞳が輝いている。体の内側は白い。似ている、これ、前の世界では〝ももんが〟と呼ばれていた。