第1145話 オーランド滞在②城
街に入ると、いやでもその異様な光景は目に入ってきた。同じ第六大陸でも、銀龍の住まう火山の近くの街ではこんなことなかった。
ナムルを彷彿させる褐色の肌の人がいる。彼らは靴も履いていなくて、粗末な服をまとっていて……首輪をつけられていた。中にはそこから鎖が繋がっていて、いい服を着た人たちが反対の手には鞭を持ち、連れているのを見たりした。
奴隷だ。……この国は奴隷が普通にいる。
人々は騎士に連れられて街を歩く王族のために道をあけ、ひれ伏す。
首輪をつけられた人は引っ張ったりされている。
『どうした、リディア?』
もふさまには胸が悪くなったのが伝わったようだ。
「リディー」
兄さまが戻ってきてくれた。
「どうされました?」
わたしをエスコートしている殿下が兄さまに尋ねる。
「すみません、辛そうなので、私が連れて行きます」
そう言って。兄さまが抱えてくれた。
わたしは言葉に甘えて、兄さまの肩に顎を乗せ目を閉じた。
これがこの国の形なのだ。
この国を最初に訪れる地に決めたのは、一番軋轢がなさそうだったからだ。ユオブリアに含むところもないし、国自体が貧しいわけではないから、変な要求はないだろうと踏んでた。先程の言葉からも友好的であると思えたものの、考え方が大きく違っているかもしれない。気を引き締めなくては。
赤ちゃんたちも、今は兄さまやもふさまに拠り所を移して、わたしに向かって鳴き声をあげている。
ひれ伏しながら、ちびドラゴンに囲まれているわたしを、品定めするように見ていた。その視線がわたしを疲弊させた。
王さまへの謁見の前に、一休みさせてもらえることになった。
急な体調不良と思ったみたいで、案内人や王子さまは不安そうにしていた。
王女さまは不機嫌だった。睨みつけられた。
この国では王族も歩いて移動することも多いようだ。そういえば他大陸では街の中でも馬車を使うんでしたねと、わたしが多少歩いたことで具合が悪くなったと思ったようで配慮が足りなかったと謝られた。決して歩き疲れではない、彼女は少し繊細なところがありましてと、アダムが言っておいてくれたようだ。
城の中でも下働きや雑用に奴隷を使っている。ムチで叩いているところも見た。
でもこれはこの国の事情なんだから、そのことは考えずに。
わたしは使節団としての役割を全うしなくては。
「大丈夫か?」
アダムに尋ねられて、わたしはソファーから身を起こす。横になって目を閉じさせてもらってた。落ち着くまで。
奴隷制度があるのは知っていたし、大陸が違えばそれは顕著に現れるのも知っていた。でも実際目にすると、結構衝撃を受けた。
「ごめん、実際に目にしたら身がこわばっちゃって」
心配してくれてたもふさまやもふもふ軍団、それから赤ちゃんたちにもありがとうを言って撫でた。
部屋の中はわたしたちだけで、扉の外ではガーシとシモーネが守ってくれている。他騎士は今日泊まらせてもらう部屋へと連れて行ってもらってる。
行脚が決まってすぐに親戚が王族への謁見でも通用する一級品のアクセサリーを身につけ、髪をセットすると兄さまが直してくれ、……アダムがさらにやり直してくれて、準備は整った。
ブラックちゃんはアダム、稲妻ちゃんはイザーク、クリスタルちゃんが兄さま、もふさまには緑龍ちゃん。銀龍ちゃんはわたしの肩に。オーランドの騎士について行く。
広間の正面まで赤い絨毯が続く。その先にゴージャスな椅子に座った王さま、お妃さま。そして多くの、惻妃さま、王子、王女が横に立っていた。
ご尊顔がしっかり見える位置まで行くと、アダムが膝を折る。
その後ろにイザーク、わたしともふさま、兄さまが膝を折る。
アダムが口上を延べあげた。
「よく、おいでなさった。顔をおあげなさい」
よく通る、優しい声。
こちらがオーランドの王さま。
髪は茶色っぽい髪で、瞳は深紅。王子や王女と同じだった。
お子さまたちも深紅の目が多い。
見目はもちろんいいけれど、抜け目のなさそうなそんな印象を受けた。
予定されていた質疑応答があり、ほぼアダムが答える。
第二大陸と第六大陸、離れてはいるけれど、これを機に友好を結びたいものだとおっしゃってくださって、使節団の目的は果たせた。
夜には歓迎会を開いてくれるそうで、その時にドラゴンの話を詳しく聞かせて欲しいとウインク。
それまで休むなり、城を見るなり好きにして欲しいと言われて、アダムがご配慮感謝いたしますと頭を下げた。
すると、王子や王女たちがこちらにやってきて、城を案内すると言った。
第五王女殿下が兄さまの腕に手をかけて、案内するとはしゃぐ。
成人してそうな王女殿下が、アダムを労った。
イザークには王太子殿下がつき、わたしには第五王子殿下がついた。
あの王女、兄さまに腕組んで、しかも胸をギュッとつけているんですけど。
「もう体調は大丈夫ですか?」
「はい、休ませていただきましたので。ご配慮ありがとうございました」
「シュタイン嬢は婚約者がいらっしゃるんでしたよね?」
「あ、はい。おります」
「侯爵家に嫁ぐのでしたね? やはり上の身分に憧れてですか?」
あ、そっか。対外的にはそうなってた。
「つい先日侯爵家から出ましたので、爵位は辺境伯となりました。わたしは身分に関係なく、お慕いしております」
王子殿下の表情が固まる。
「貴族の令嬢が、恋愛結婚ですか?」
そんな驚くこと? 今、割と増えてきてるよね? ってユオブリアやフォルガードだけのことなのかな? わたしの知り得る情報はそこらへんが多いから。
「わたしの周りでは珍しくないですが」
衝撃を受けている。
「シュタイン嬢のお相手というと、ドラゴンも大丈夫なのですか?」
ドラゴンが大丈夫? 怖がらないとかそういうこと?




