第1137話 暴く⑭替え玉
外に出て、ロサが「違う」と言った意味がわかった。
煙があがっているのは秘密基地と違う場所だった。
音がして駆けつけたんだろう。騎士たちが何やら取り囲んでいる。
いつもは人が行き交う庭園に続く道なのに、他に人がいないってことは、ある程度避難が進んでいるってことだ。
ロサが騎士たちに、避難の誘導にまわるよう指示した。
あんまりかわいくない声で鳴きながら移動している。
幼体……秘密基地にいたのと同じイグアナタイプに見える。
ギャッギャッギャッっとひどい鳴き声。でもそれは助けを求める声だった。
起きているからひょっとしてと思って鑑定してみると、紫龍の幼体と鑑定できただ。
もふさまに紫龍の幼体だと告げると、舌打ち。
『それは厄介だ。紫龍は知能が低くて会話を持たない。本能のまま動く』
わたしは幼体を取り囲むみんなに、その情報を告げた。
ドラゴンではあるけれど、大きなトカゲ寄り。会話は成立しない。ドラゴンのように一撃で国を滅ぼすまでの力はない。
「どうする?」
みんなより一歩近づいているブライが指示を仰ぐ。
「親を呼ぶ前に……」
ロサが手をきつく握りしめた。
「試させて」
「何を?」
アダムに速攻で聞かれる。
「眠らせる」
「どうやって?」
「歌で」
小さい頃、家に強盗が入ってきた時、母さまの子守歌に強制睡眠をプラスして眠らせたことがある。
うまくいくかわからないけど、目の前のこの子はまだ子供だ。
きっとわけがわからず怖くて怯えているだけ。怖くて助けてくれる誰かを呼んでいるだけ。だから、効いて、聖歌の強制睡眠。わたしは自分の歌にプラスする。
母さまの歌ってくれた子守歌だ。
お願い、もう一度眠ってちょうだい。
♪太陽坊やがおねむになったら 月の淑女は歌を歌う
黒い闇のカーテンで 眠りに誘うよ
太陽坊やが呟いた 暗いと怖い
闇夜の優しさを知ってるでしょう?
太陽坊やが呟いた まだ眠くない
目がくっつきそうよ
夜があるから 朝があるの
疲れた体を休めたら 明日はもっと楽しい日になる
闇に抱かれて 輝く明日を迎えましょう
心を込めて。
ギャッギャッと叫ぶ声が小さくなり、目がトロンとしてきて……眠った。
みんな地面に座り込む。
わたしもドレスのことをかえりみず、座り込んじゃった。
力が抜けたというか。
「父上を呼んでくる。他の幼体と同じように保護のヴェールをかけてもらって、秘密基地に」
イザークが立ち上がり、王宮へと駆け出していった。
「リディア嬢、ありがとう。この子の命を取らずにすんだ」
ロサにお礼を言われる。
「よかったわ」
「これで言い逃れはできないな。リディア嬢は違法物が牙を剥いたと言葉を濁している。それで暴かれていると思って自分から奥の手を出してきた。幼体を隠し持ってたんだな。それを呼び起こす笛も。
アズと酒の仕掛けも彼女を追い詰めた」
アダムが胸の前で自分の片手に拳を打ち込む。
「でもその前にメルヴィル侯が連れてこられたところで態度が変わってた。何かわかったの?」
わたしが尋ねると、ロサが答えてくれた。
「第六夫人は告白したというメルヴィル侯を見て秘密を〝告げた〟と、見放されたと思ったんだろう」
「秘密を告げ、見放された?」
ロサはうなずく。
「メルヴィル侯を城に呼び、メルヴィル家はセインと繋がっているのかって尋問したそうだ」
わぁお、直球。
「メルヴィル家とセインの直接の接点はなくてね、それで思い余って呼び出して聞いたみたいだ。向こうは身に覚えがないというばかりだったそうだけど。
第六夫人の怪しい動きの話を出したら、真っ青になって。それで自分の罪を告白したんだ」
「罪を告白?」
ロビ兄が声を上げた。
「ああ。メルヴィル家の末娘、レベッカ・メルヴィルは幼い頃に亡くなったそうだ」
みんなが息をのむ。
「じゃ、じゃあ第六夫人は?」
ロビ兄が続きを促す。
「末の子を失ったショックで夫人がおかしくなってしまった。その時に、レベッカ嬢と同じ、見たものを全て覚えていることのできる子がいると引き合わせられたのが、現在のレベッカさまだったそうだ。その連れてきたのが、恐らくキリロフ伯。
夫人は彼女を本当の自分の娘と思って受け入れ、家族も彼女を受け入れた。
王室にあがる話が出てきた時に事実を話そうとしたけれど、夫人は娘が王室入りすることを心から喜んでいて、言いそびれた。
それにレベッカさまが何も言わなければ何かあろうはずがないと言ったそうだ。それに召されても自分は第六夫人。王子殿下たちも何人もいる。自分が王宮に入ったところで、自分の子供が王位を継ぐなどという話にはならないと。
……メルヴィル侯は万が一のことがあってはいけないからと、レベッカさまに体調を整える薬湯を贈り、それが子を作らせないための薬だったようだ。
メルヴィル侯爵は替え玉の娘と偽っていたけれど、子を成さないようにしていたことがメルヴィル家の王への忠誠だと語ったらしい」
「レベッカ夫人は、その薬の効能をご存知だったの?」
思わず尋ねた。
「知らせてないと言っていたけれど、賢い方だから自分でも調べたのではないかな?」
陛下とラブラブな時期があったわけだから……望んでいたんじゃないだろうか。
そしてどうしてだろうと、体に何か障りがあるのかと調べても不思議はない。
そして家族からの愛情と思っていた薬湯に紛れた「毒」を知ってしまう。
どれだけの打撃を受けただろう……。それ知ったら、ちょっと普通でいられる自信がないな。それまでたとえ家族を慕っていたとしても、憎しみに変わるまであるかもしれない、わたしだったら。
侯爵はレベッカさまと王との子ができれば、王さまは王家とメルヴィル家の血を引くものの子供だと思う。でもレベッカさまは、メルヴィル家の子ではない。どこの血かわからないものを王家の血筋に残すことはできないと、保身に走ったんだ。レベッカさまの気持ちを置き去りにして。
それは自分が養子とわかっていたレベッカさまであっても、ひどい裏切りと思えたのではないかな。
レベッカさまが何かしでかしたら、実家であるメルヴィル家もただでは済まされない。何かをしたら、自分だけでなく、家族、親戚まで巻き込むことになる。今まで家族として暮らしていた温かい何かを凌いだのだろう、その「毒」は。〝メルヴィル家がどうなろうとも知ったことない〟にまで到達した。
わたしたちはレベッカさまの心情を推測して、なんとなく押し黙る。
あ、騎士たちだ。陛下と夫人たち、子供たちもいる。
イザークと、魔術師長もいらした。あ、宰相、神官長さまもだ。後ろからやってきたのは、騎士団長と団長にひっとらえられている第六夫人。
ジェイお兄さんにキリロフは連れられていた。
あの部屋にいた人たちが庭園へ続く通りへと出てきていた。
みんな、お尻の土を払って起き上がる。
わたしも兄さまが立たせてくれた。
ああ、ドレス、汚れているだろうな。
あれ? なんか暗くなった? 雨雲? それにしては形がくっきり……。
ん?
あれって……
すごい音が響いた。揺れた気もする。
カンカンカンカンと警鐘が鳴った。
『紫龍だ』
聞こえたんだ! 紫龍が来てしまった。大人の大きな……。
「紫龍よ!」
わたしの声に、みんな再び空を見る。
「もう一度避難させよ」
冷静な陛下の声。けれど、それは間に合わなかった。
空に結界が現れる。魔物が来たら王都を囲む壁がせりあがるって聞いたことがあるけれど、その音だったのかも。そしてせりあがった壁から天へと光が伸びて結界が施されていく。
ほっとしたのも束の間、その結界をものともせず、紫の巨大トカゲのような紫龍がわたしたちの目の前に降り立った。
そして、透明の保護ヴェールの中で眠る紫龍の幼体に鼻を寄せた。
長いこと匂いを嗅いだりしていた気がする。そしてジロッとこちらを見た。
紫の鱗の中に鎮座する真っ黒の輝く瞳。その中に静かな怒りが映り込んでいた。
近距離で幼体には聖歌は効いたけれど、怒りの紫龍には効く気がしなかった。
ドラゴンほどの強さはないそうだけど、国を半壊できるところで、十分強い。
そして言葉は通じない。
誰かの喉がゴクッと鳴った。




