第1132話 暴く⑨悪行の向かう先
「王女殿下に親しみを持ってもらえて、大変嬉しく思います」
その笑顔に偽りはないと、わたしは思う。
陛下の胸から顔を逸らしてアダムを見た王女さまは、再び笑顔になる。
「まいにちはいけませんと言われているの。だから1日行かないで。次の日は行ってるの」
「王女殿下、教えてくださってありがとうございます。第五夫人、毎回不審物が置かれていたわけではありませんね?」
「ええ、そうよ」
「陛下、危険物は市井で配られていました。それの一部か残りを、第四夫人の部屋に忍び込ませていたのだと考えられます」
「なぜ、そう思う?」
「もし第五夫人、それから王女殿下に対して危険物を置いていたのなら、とっくに効果が出ているはず。それなのに置き続けるということは、効果が出ないことを知っていたのです。なぜなら置いておいても気づかれないと思っていた。だから置いていき、それも増やしていったのです。
置いた犯人はそこが王女殿下に譲られたと知らなかったのでしょう」
「陛下、私は危険物のことなんか知りません! 私が危険物を王宮に持ち込んだのではありません!」
第四夫人が焦った声を上げる。
2年生たちが、ひょっとしていつの間にか王宮のなんらかの企てに首を突っ込んでいるのではないかと怯えの色を見せ始めた。王宮は怖いところと聞いていただろうけど、肌で感じるのとはまた違うからね。
そう、今君たちは側室が焦って訴えるほどの、危険な渦中にいるのだよ。
「私もそう思います。危険とわかっているものを自分の住まいに置くはずはないですからね」
「では、誰が?」
「それが危険物だと知っていて、そして第四夫人が第五夫人に部屋を明け渡したと知らない方、でしょうね」
アダムは緩く笑う。
コリン殿下とアガサ王女の顔が曇る。
先ほど、それを知らなかったのは第三夫人と第六夫人だけになるからだろう。
「第三夫人、心当たりは?」
「ありません」
「第六夫人、心当たりは?」
「もちろんありません。……陛下、奥のことは妃殿下に任せるのが筋ではありませんか? どうして王子でもない子供の推測に耳を傾けられるのです?」
アダムへの強烈な皮肉だ。
「レベッカは賢いと思っていたのだが、わからぬか?」
陛下のその言葉に第六夫人の笑みが凍りつく。陛下が圧を乗せたからね。
もふさまがわたしの膝の上にぴょんと乗ってくる。
「余が頼んだのだ。この子供たちに調べろとな」
「そ、それは集会に関することではありませんか」
第六夫人は〝賢い〟アイデンティティが強いようだ。
いつもやんわり断言したりされたりすることを逃げているようなところがあるのに、陛下にはっきり思っていることを告げている。
陛下の発言は第六夫人のそんなところを引っ張り出す意味もあったのかもしれない。やっぱり侮れないお方ね。
「これは集会にも関係することだ、そう判断したのだろう、アダム?」
アダムは陛下に向かって胸に手を当て黙礼。
「しゅ、集会と危険物が王宮に持ち込まれたことが関係があると言うのですか?」
第六夫人は驚いた声を上げた。
「大アリでしょうね。最初、私たちは集会がシュタイン家を悪くいうことから、シュタイン家を恨む人たちで構成されていて、目的自体がシュタイン家を攻撃するものだと思っていました。でもそれは目的ではなかった。シュタイン家は最大の被害者だったんです」
「どういうことだ? それでは意味がわからない」
扇をパタンと閉じて口を開いたのは第二夫人。
「集会にはシュタイン家、そして王家に恨みを持つものが集められていました」
第六夫人は扇で目より下を隠しているので表情が見えない。
「集会は立太子を止めることが目的だったのです」
夫人たちが息をのむ。2年生たちもだ。2年生たちは集会関係者を取り締まりに一緒に行ったけれど、その目的をわたしたちがつかんでいるとは思っていなかっただろうから。
「では、集会には黒幕がいたのですね。誰がそんなことを!」
第二夫人が憤る。歯軋りの音も聞こえそうだ。
「王族の中に、その関係者が?」
第六夫人が思わずと言うように呟く。
誘導まで上手い。
「その通りです。第四夫人が企てたこととしたかったのでしょう」
第六夫人はチラチラと第四夫人を見ている。視線でこの方がそんな大それたことを考えていたの?とでも知らしめるように。
「ミープ・ロイター嬢にお尋ねします。陛下の御前です。偽りなく答えてください。
あなたは栞を見た瞬間に、ロイター家の紙が使われていることに気づいた。触ったわけでもなく、ざらっとした質感ではありますけど、見た目ではわからないはずだ。それにも関わらずあなたは見た瞬間、それとわかった。この栞を見たことがあるのですね? あなたの家の紙で作られたものだと知っていた」
彼女は立ち上がる。髪の合間から見える顔色は青白く、かすかに震えているのもわかる。
両隣の同級生は心配そうに見上げている。
「そ、そうです。ウチの紙で作った物だと見せてもらったことがあります。だからすぐにわかりました」
声も震えている。
「でも、ただの栞です! 危険物だなんてことはありません」
「危険物かどうかは、すぐにわかるよ」
アダムがそう言い切った時にノックがあった。
入ってきた執事は陛下に耳打ちする。
「物だけでよい。侍女については夫人に任せるから、捕らえておけ」
陛下の指示が聞こえた。
侍従たちが運び込んできたものは、樽、布? 栞もあった。
フローリア王女は鼻を押さえる。
「おとうさま、くさい!」
「王女殿下、この栞の匂いと、こちらの悪いものを封印した栞、匂いはどうですか? 同じものですか、違いますか?」
アダムはたった今持ち込まれた栞と、持っていた透明のコーティングがされている栞をフローリア王女に見せる。
「とってもくさいのと、くさいの違いよ。同じ匂い!」
「ありがとうございます」
アダムはゆったりと笑った。
そしてたった今もちんだものを、外に出すように指示を出した。
まさか、王族にクイたちと同じに危険物を匂いで感知できる方がいるとは。
幼いといえども王女だ。わたしとかスタンガンくんが言うことなら公けの意見としては採用されないだろうけど、王女殿下なら真っ向から反対意見を唱えるのはやりづらいはず。
「ロイター家と関わりがあったな、第四夫人」
陛下が鋭く言うと、第四夫人は震え上がる。
「存じております。私の姉が留学した時にお世話になったことがあるという繋がりです。紙を扱われているを覚えていたので、ただ必要としていたロクスバーク商会に紹介しただけですわ」
「ロクスバーク商会といえば……違法物を持っていて捕らえられている……」
第六夫人が呟く。
本当にことごとく、悪事の先が見事、第四夫人に繋がるようになっている。
そんな頭の回る黒幕だから、きっとさらに先へと続くシナリオも完璧に機能するのだろう。
第四夫人をそう仕立てたのは、シュタイン家だと。




