第1131話 暴く⑧同じ顔
「まさか、市井で配られていた、あれですか?」
バンプー殿下が驚いた声を上げた。同じように報告書を見ているコリン殿下も、アガサ王女も目を大きくしている。
「はい、それが王宮に、しかも夫人の誰かが噛んでいなければ侵入は不可能の離宮に入り込んでいたのです」
「どのように危険ですの?」
扇をもてあそびながら第六夫人が尋ねてきた。
敵だと思っているからか、こちらがどれくらいの調べがついているか探っているのでは?と疑ってしまう。
「悪い気の入った術具です。これを手にしていると攻撃的になります。攻撃がまだ〝外〟に向かっている時はいいのですが、それはやがて自分へと向かいます」
「自分自身を傷つけると?」
驚いたのもだけど、憤慨もしている。
第二夫人がいい反応をしてくれた。
「なんてこと! そんなものをフローリアの部屋に!」
第五夫人は手で顔を覆う。今は怒りで打ち震えている。
「すぐに侍女に片づけさせたのでしょう? アグネスさま、ご英断ですわ」
第三夫人が第五夫人に言葉をかける。
「なんてことだ。ブルーにそんな危険が」
と陛下は王女さまをギュッと抱きしめる。
「その栞を持つ人に、正しくは何があったのですか?」
第六夫人は口元は扇で隠しながら質問してくる。
他の方々は〝知らない〟から言われたことをそのままそういうものなのか、と思う。
けれど〝敵〟なら知っている。それは攻撃的になるものではない。ましてや長く持つとその攻撃性が自分に向けられるものではない。今まで市井でばら撒かれてきたものは、シュタイン家に悪意を持つよう仕込まれたものだから。
「寮内であったことなので、箝口令を敷いていますが、子供同士で傷つけあったのです」
「それはただの喧嘩では?」
「ひと組だったらそう思ってもいいでしょう。それが普段仲のいいものたちまで、治療が必要となる傷つけ合いまでしましてね」
夫人たちが一斉に驚いている。
子供たちもだ。寮であったことなのになぜ自分たちが知りえなかった?と思うけれど、子供たちはみんなAクラス。アベックス寮だ。他の寮であったことなら知らないのも当然。
「その栞にそんな力はありませんわ!」
立ち上がったのはからかさちゃん、ロイター嬢だった。
ロイター嬢がなぜ?
「調べればわかることだ。この栞に使われた紙、こちらはロイター家で販売されているもの。遠くから見ただけでよくわかりましたね? 栞になっていることを知っていたのかな?」
そうだったんだ。栞の材料の出どころがロイター家だったんだ。
「今頃、騎士たちがロイター家を調べています。悪いことをしていないなら、お咎めはないから大丈夫だよ」
アダムは一見優しそうなことを言う。
からかさちゃんは泣きそうになっていて、両隣の2年生女子が彼女の手をとり大丈夫だと慰めている。一瞬、助けを求めるように第六夫人を見た。
第六夫人は目があっただろうに、その視線を逸らした。
第六夫人は切り捨てていく人だ。そう感じた。
「先ほど、侍女に詳しく聞けば実物が手に入ると言っていたな? 夫人は〝片付けさせた〟と言ったと思うが、どうして手に入ると?」
陛下がアダムに尋ねる。
「1枚か2枚なら廃棄するでしょう。けれど王女さまや夫人の話し方である程度の量と推測できます。王女さまは能力により臭いとわかりますが、一般的には匂いません。使われていない新品。売ればお金になります。離宮の侍女でしたらお金には困っていないし、王宮から出られませんが、懇意にしている者に施すことができます」
「おい、第五夫人つきの侍女を調べ〝実物〟を持ってこい」
陛下が控えていた人に命を下す。
「頭が回るな。なんと呼べばいいか?」
2年生たちは知らないものね、アダムは第一王子として王宮を闊歩していたことは。
「あだ名で〝アダム〟と呼ばれていて、気に入っています」
アダムは陛下にそう答えた。
「では、アダム、誰がなぜ王女の部屋にそんな危険なものを置いたかわかるか?」
「離宮は夫人の許しなしには入れないゆえ、中のことは外に漏れません。夫人同士でも棲み分けがされているし、侍女も自分の主人の領域しか知り得ません。
奥を管理されている第二夫人、それから陛下、執事長、侍女頭のみ、離宮の全体像を把握されています。
危険物が置かれたのは、第二王女殿下の遊戯部屋。けれど、少し前まで第四夫人の部屋として使われていた。
男子禁制といっても王子さまがたは6歳まで一緒に生活しています。第三王子、第五王子殿下の遊び部屋だったのでは?」
アダムが目を向ければ第四夫人は頷かれた。
「その通りです。王子もふたりとなると、目を離した隙にじゃれあって物を倒したりするので、広々とした何もない空間が欲しかったのです。それで妃殿下にお願いして、まだ使われていない室を使わせていただきました」
アダムも小さい頃はきっと離宮で寝起きしたこともあるんだろう。だから離宮のことが想像できるのだろう。
「ふたりとも大きくなり、本宮に部屋を用意され、あの部屋は使っておりませんでした。第二王女殿下が広い遊び場所を欲していると聞いて、あの部屋がちょうどいいと思って、第五夫人にお譲りしましたの」
第五夫人もその通りだとうなずく。
「第四夫人から第五夫人に渡った室に危険なものが置かれていた。
第四夫人、まだ譲られていなかった時は、どれぐらいの頻度で部屋を訪れましたか?」
「え? そうね、私が足を向けることはありませんでした。侍女は王子たちにつけて、離宮には数名しか残していませんの。暮らしている部屋や身の回りのことをやってもらうので手一杯のところがあるから、1週間に一度、掃除に入らせるぐらいでした」
夫人は恥ずかしそうに目を伏せながら話した。使ってない部屋といっても掃除を1週間に一度としているのが恥ずかしかったのだろう。
「室はどのように、何を置いていましたか?」
「……ソファーとテーブル。飾っていない絵画などをまとめて。それから本を紐でまとめ部屋の隅に置いていました。全てのものに白い布をかけて、埃が入らないようにしていました」
アダムは大きくうなずく。
「王女殿下は遊び部屋に、毎日行かれるのですか?」
王女はアダムをじーっと見た。
「ブルーのお兄ちゃまと同じお顔!」
「これ、フローリア! 滅多なことを言うものではありません」
第五夫人が蒼白になりながら、王女を諌めた。
……覚えてるんだ、2年前から会えなくなってしまったお兄さんの顔を。今6歳だっけ?
そしてベッドの中の眠っているお兄さん以外で会った時は、正真正銘ここにいるアダムを見ていたのだ。
怒られて、訳が分からず、フローリア王女は陛下の胸に顔を寄せた。




