第1130話 暴く⑦狙いを定める
「アグネス夫人、子供たちのいるところで、なぜそのようなことを!」
第二夫人が怒った声をあげると、第五夫人が怯えたように首をすくませる。
フローリア王女がクッキーを食べていた手で陛下の服を引っ張った。
「どうした?」
陛下が王女に声をかける。
「あのね、おとうさま。ブルーのお部屋にくさいものをおいてく人がいるの。ほんとうよ」
フローリア王女は陛下にブルーと呼ばれているみたいだし、自分を陛下にはブルーと言ってるんだね。
「何? ブルーの部屋に臭いもの?」
「陛下、私は臭いと感じたことはないのですが、葉巻やお酒、布、フローリアに似つかわしくない物が、部屋に置かれていたんですの。栞なんかもありましたけれど。フローリアがなぜか臭がって」
葉巻やお酒に布……それが臭い?
「夫人、それらをどうしました?」
ロサが鋭く尋ねる。
「もちろん侍女に片づけさせましたわ」
第五夫人はそれ以外に答えがあるのかと言いたげだ。ま、その通りだよね。
「フローリア王女の部屋に、誰かが忍び込んだということか?」
直接の被害は第五夫人というより王女殿下の部屋だと知り、第二夫人が目の色を変えた。その迫力はかなりのもので、子供たちは凍りつく。
「なぜすぐに言わなかったのです! 陛下、これは奥のこと。妾にお任せください」
「まぁ、待ちなさい。ブルー。部屋のどこに臭いものがあったのだ? どのようなところに? テーブルの上か? ベッドのそばか? それともおもちゃ箱の中?」
「ベッドがない方のブルーのお部屋よ。本のいっぱいあるお部屋。じじょたちは本は本棚にお片づけしなさいっていうけど、私は床に置くの。いみがあるの。だからちょっとズレていればわかるわ。だってくずれちゃうもの」
「……ブルーの遊び部屋といえば、その前は第四夫人が使っていた部屋だな」
! そういうことか。フローリア王女や、第五婦人を狙ってのことじゃない。
第四夫人の失脚を狙う人が第四夫人の持ち部屋だと思って、何かなすりつけるつもりで〝ブツ〟を置いたんだ!
第四夫人は顔を青くしている。
「わ、私はフローリア王女の遊び部屋に、そんな嫌がらせをした覚えはありませんわ」
「……第四夫人の部屋のままと勘違いした侍女が、運んだのかもしれませんね」
第六夫人は穏便に、勘違いがあっただけで悪い人はいないと言いたげに見えるけれど、すなわちそれは第四夫人の「物」であると言ってるのと同じだ。
「第五夫人、どうして物を置いたのが〝夫人〟の誰かだと思われたんですか?」
少し強めの口調でロサが尋ねた。第六夫人の発言をかき消したいとでもいうように。
「第二王子殿下もご存じでしょう? 私たちの住む離宮は男子禁制。侍女も忠実なものしか側に置きません。夫人が絡んでいなければ、離宮で何かは起こせませんわ」
「ちょうどよく夫人がたがお揃いですね。第四夫人の持ち部屋がフローリアの遊び部屋に変わったことをご存じでしたか、母上」
「もちろんだ。奥のことで妾が知らないはずがなかろう」
第二夫人が答える。
「第三夫人は?」
「私は知りませんでした」
「第四夫人はもちろんご存じですね」
「はい」
「第五夫人もご存じだ。では第六夫人は?」
「私は知りませんでしたわ」
にっこりと第六夫人が微笑む。
「第四夫人はお心当たりがおありですか?」
「まさか! 葉巻にお酒でしたっけ? そんな物を買って運ばせたことなどありません。布だって買ったらそのまま服を仕立てていただくのだから、王宮に持ち込むはずはありませんわ」
第四夫人はハキハキと答えた。
「知らない物を持ち込まれたらそれも不愉快ですし、王女が臭いとおっしゃるのが気になりますね」
第三夫人が思慮深く言った。
「では、実物をお見せしましょうか」
張り詰めた空気の中、場違いな明るい声を出したのはアダム。
「実物があるのですか?」
第五夫人は眉根を寄せて不愉快な表情になっている。
「フローリア王女さまは感知系のスキルをお持ちだったんですね、おめでとうございます」
「感知系のスキル?」
第五王子、ハイド殿下が首を傾げる。
「臭いとおっしゃるのは、その物に込められた〝魔〟に反応されたのでしょう」
「〝魔〟に反応? ということは、普通の葉巻や酒ではなかったってことですか?」
コリン殿下が驚いたように言って、
「そんな危険なものが王女の部屋に?」
「なぜ実物が?」
続いて王子殿下たちがアダムへと質問する。
「はい、コリン殿下。普通のものではなかったでしょう。
嫌がらせといより、陥れたかったからと思われますね、ハイド殿下。王女殿下の部屋にあったものは、侍女を問い詰めれば手にすることができるでしょう。
バンプー殿下、私がお見せできるのは、王女殿下の部屋から出てきた実物とは違います。これは市井に出回った危険なものでした」
アダムは袋の中から透明の何かでコーティングされている栞を出した。
あ、学園の寮にあったやつ。
危険な何かは封印されているから大丈夫だと、アダムは請け負った。
「王女殿下、こちらでも臭いですか?」
王女は陛下の膝の上で、小首を傾げる。
「ちょっとだけくさいけど、そこまでひどくない」
キリロフ伯を連れてきたところで、勝負に出るはずだったのに、アダムは仕掛け始めた? 何か勝機を見つけたのかな?




