第1129話 暴く⑥真っ当
そのまま終わるかなと思ったのに、第六夫人はその話を続けたかったようだ。
「私、陛下にも聞いていただいたらと申し上げたんですけど、シュタイン嬢は王族ではないのに尊い方たちと演奏をしたら、特別になってしまうとおっしゃられていたんですのよ。それがこうしてご兄弟とその婚約者に混じっていらっしゃるということは、第二王子殿下の婚約のセローリア嬢と並んだということなのかしら?」
無邪気に見えた。成人した女性がいいことを尋ねるような無邪気さに。
第三夫人の話を聞いてなかったら、自分の違和感を信じられなかったと思う。
リノさまがチロリとわたしを見た。
わたしは両頬を手で押さえる。
「わたしの口からはなんとも申し上げられませんわ」
クネクネすると、向こうの方でごほっとむせたような音がした。
指の合間から見ると、スタンガン、吹いたな。
人の渾身の演技に吹き出すとは、覚えてろよ。
「ブレド、話があるから時間を作って欲しいとは、今の会話にゆえんすることか?」
おーーー、陛下もノリノリだ。
敵が連絡を取れているのは恐らくからかさちゃんのみ。
繋がりがわかったところは押さえたからね。
わたしがロサの側室に名乗り出たかは、重要案件なはずだ。
今まで起こしてきた悪事。
・セローリア家に被せるはずだった違法なモノ。子供の奴隷、ドラゴンの幼体と卵。
・セローリア嬢の傷害未遂
それらがロサの正室になるための、わたしの企てとしたいのだから。
どれも思うようにはいってなかった。でも最後の最後でわたしが権力に擦り寄っていれば、逆転できる。いずれ孵るドラゴンの卵で国はめちゃくちゃになり、それはわたしが企んだことだとすることができる。
「……それは後ほど」
ロサは陛下の目を見て答え、演奏したみんなをテーブルへと誘う。
2年生と3年生混合のテーブル。
意図して、ロサの隣りにわたしとリノさまが陣取る。
アガサ王女とコリン殿下はわたしの隣に座ったけど、わたしを見上げる表情が曇った。王族のお子さまたちにも敵を欺くためのお芝居だと話してないから、ちょっとこの空気は嫌だよね。
その時、前の子が椅子を後ろにやって立ち上がった。
あ、スタンガンくんだった。
「第二王子殿下、昨日はかっこよかったです」
え。
急になんの告白!?
昨日のことで、ロサに対してということは、ミューエ邸に行った時のことだと思う。その時のことはまだ口外してはいけないと口止めしたはずだ。
婚約者にそうとは思わず出来事を話してしまったのは百歩譲って仕方ないとして、敵がいる中で集会関係者を捕らえた話はまだしてほしくない。
焦ったのはわたしだけでなく、ロサもだし、ブレーンたちもだ。
「でも、でも……」
どう黙らせようかと焦るわたしたちをよそに、スタンガンくんは言い募る。
「第二王子殿下はまだ殿下です。側室を持てるのは陛下のみ。いくらなんでも、まだ王子だし、未来はわからないのに、婚約者の他に女性を側に置くなんて、婚約者にも、リディア先輩にも失礼です!」
えっ。
歓談中でざわざわしていたのが、静まり返り、なぜか「リディア先輩にも失礼です」の言葉が大きく響いた。
『……人族はまこと面白い』
足元からもふさまの面白がる声がする。
隣のガラットーニくんがスタンガンの袖を引っ張り、やめろと言いたげだ。
「リディア先輩だって婚約者がいるのに、……もし殿下に心を寄せるとしてもそれは別れてからにするべきだ!」
スタンガンくんは真っ直ぐにわたしを見た。彼は真っ当な考えを持っている。
隣のロサを見れば頬がピクピクしている。
芝居から外れ、思っていたのと別の流れになってしまうとしても、わたしたちはこのことが嬉しかったのだと思う。
「兄上、罰するなら私も罰してください。私もキャムと同じ気持ちです。王子の時に婚約者ひとりを大切にできない人が、成人したからといって複数の人を大切にできるのでしょうか?」
バンプー殿下、スタンガンくんのことをキャムって呼んだ。そんな親しくなってたんだ……。
「俺も兄上と同じ意見です」
第五王子殿下がバンプー王子に賛成する。
「俺もキャムと同意見です」
ガラットーニくんが発言すれば、周りの2年生男子たちが次々と声をあげた。
「兄上、生意気ですが、僕もそう思いました」
「わたくしもです。わたくしはリノお姉さまも、リディア姐さまのことも大切ですわ。だからおふたりが悲しまれるようなことはしてほしくありません」
コリン殿下の後にアガサ王女からも間違っていると指摘が続く。
生徒会メンバー&ウチの家族しか黒幕のことは話してないから。
黒幕を追い詰めるため、少しだけ思い通りになってるよと気を大きくさせるために、思わせぶりなことをすることも知らせていない。
多分ロサは嬉しくなってる。
真っ当だから。純粋で、真っ直ぐだから。そしてそれを権威に臆せず正そうとする心もあるんだから。みんな将来有望だし、ロサには臣下と言ったら言い過ぎかもしれないけど、そういうふうに同世代のやがて議会の中心となっていく子たちを引き寄せているってことだもの。
リノさまは事情を知っているけれど、みんなの気持ちが嬉しいんだと思う。少し泣きそうになっている。実はわたしもだ。なんか、感動した。胸を打たれた。
そのテーブルを軽く叩いたのはロサだ。
「皆の意見は心に留めよう。だけどひとつ言っておこう。そう私に意見したいのなら、リノ嬢、リディア嬢のいないところで話せ。それこそふたりに失礼だ」
あっ、という感じでわたしとリノさまに視線が集まり、居心地が悪い。
「殿下はいい仲間をお作りになったのね」
そう声を上げたのは第五夫人だった。
陛下、夫人たちもこちらを見ている。フローリア王女だけわたしたちよりクッキーに夢中で、いろんな角度から食べていた。
「でも皆さま、殿下だけを責めるのはお門違いでしてよ。女性にだって意思はあるのだから」
少しだけ意地の悪い思いをのせた視線が、わたしに向けられる。
「アグネス(第五夫人)は子供たちに言っているふりで、余に〝意思〟とやらをぶつけているのだな?」
ん? 今の流れで陛下はそう受け取る? わたしたちを庇ってくれようとしているのかな?
第五夫人は可愛らしく笑った。
「あら、そう聞こえました? そんなことは露ほども思っておりませんでしたけど、いい機会だから一つ言わせてください。誰かはわかりませんけれど、夫人の中に嫌がらせをしてくる方がいるのです。どうか見つけて罰してくださいませ」
ああ、夫人の中に第五夫人に嫌がらせをしてくる人が? それで〝女性にだって意思がある〟発言か。
夫人は頬を膨らませた。
第三夫人の言ってらしたことは本当だ。可愛らしいけど……大人の女性がアピールのために、本当に意思を持って頬を膨らませたよ……。ガン見しちゃった、思わず。




