第1128話 暴く⑤演奏
子供たちにスパイをさせていた人たち。
ガラットーニくんをスパイにしてたのは第四夫人。こちらはリノさまからお灸を据えられた。
からかさちゃん、ミープ・ロイター嬢は第六夫人と通じているようだ。
こちらはこれから。
さて残る怪しまれていたスタンガンくん。
本日、スタンガン君は顔を青くしてアダムの元にやってきた。
どうした?と聞いてみれば、俺かもしれないと顔をますます青くする。
何がと言えば、自分が情報を漏らしていたかもしれないと言ったそうだ。
誰に?と尋ねると婚約者にという。
実はこれ、スタンガンくんが自首してくる少し前に調べがついた。
スタンガンくんの4つ上の婚約者、イネス・プジュロル男爵令嬢。彼女の家とキリロフ家に繋がりをみつけた。
プジュロル家はドナイ侯爵の遠縁で、言うなればヴェルナーと同じ立ち位置。ドナイ侯爵が国外に逃げ、それで援助も消えて落ちぶれが激しくなり、ウチを憎んでいた。そこを目をつけられ、集会には参加していないけれど、顔が広いことから仲間に引き入れられたようだ。現在はドナイ侯を追いかけて外国へ行かないかと、スタンガン家を誘っていたらしい。スタンガン家はユオブリアに不満はないので、いい反応はしていなかったようだ。プジュロル家がスタンガン家と縁を持ち続けたかったのは、酒造権(ユオブリア内で酒を作っていい権利)を持っているからだ。
普通、男爵家が侯爵家に近づくのは難しいが、ラッキーなことにスタンガン家の嫡男が、ボランティアの演奏会で男爵令嬢の楽器を奏でる姿に惚れ込み、アプローチをしてきた。この縁を逃すまじと早々にキャム・スタンガンとイネス嬢を婚約させた。
敵はスタンガン家と縁があるから、プジュロル家にコンタクトを取ったのかもしれなかった。酒造権を持つスタンガン家が売った酒は国が認めた酒になるし、嫡男は第三王子と学友であり、試験のメンバーにもなった。
キリロフ伯はイネス嬢に情報を探らせるよう、男爵に説いた。
そんな裏の事情を知らないキャム・スタンガンは、頭を悩ませていた。
この間、この中に情報を漏らしているものがいるという話を聞き、誓約してるんだからどうやってそんなことができるって言うんだと、思っていた。
昨日、同じ班である先輩のアダムから、療養中と聞いていたリディア先輩が実は第二王子殿下と一緒にお城にいると聞き、彼ははなんだかモヤモヤしていた。
それは自分にも婚約者がいるからだろう。婚約者のいるリディア・シュタインと、婚約者のいる第二王子殿下。それなのに、なぜふたりが一緒にいることになるんだろう?
ベッドの上で考え込んでいると水色の鳥がやってきた。婚約者イネスからの伝達魔法だ。イネスとは毎夜、伝達魔法で話をしていた。
イネスは今日の出来事を細かく書いてくる。午前中の家庭教師から習ったこととか、お昼は何を食べたとか。午後は街にでてお茶してきたんだとか。
そしていつも最後は自分を気遣う文で結ばれている。
「キャムにとって今日はどんな1日だった? 何をしたの?
あ、そういえば、小さな先輩令嬢の体調はいかが? もう学園には来たのかしら?」
それが……と返事を書こうとして手が止まる。
可愛いヤキモチだと思っていた。だからいつもリディア先輩のことを気にするんだと。だから先輩に何か思うことがあるわけでなく、〝試験〟のために一緒にいることを強調してきた。
ーーリディア先輩と図書室のバックヤードに入ったんだ。そこで9年前の新聞を見た。
ーー今日はリディア先輩がご機嫌斜めだった。アダム先輩も疲れているみたいだ。知らされていない何かがあるのかもしれないな。君と行った楽器店にまた行きたくなった。
試験のこと、試験の内容について一度も書いたことはない。
けれど、何をしたか、特にリディア先輩と一緒にした何かは、書いた……気がする。僕が話を外に漏らしている?
でも、なんでイネスが?
「今日は頭が痛くて、ごめんね」
今までで一番短い伝達魔法を送って、そして部屋の灯りを消した。
僕なのか? イネスがなぜ? それに答えが出ることはなく、うつらうつらしては目覚め、目覚めては目を閉じを繰り返して、朝になった。
みんなに顔色が悪いと止められながら、彼は先輩のアダムを捕まえた。
その翌日。
王宮。
そこは、そこはかとなく閉じ込められた空間だ。
外からは多くのことが舞い込むけれど、中から外に出ていくものは少ない。
その一挙手一投足は誰かに見られていると思った方がいい。
人の訪れは多いものの、情報を受け取るには難しいし、王や限られた人以外には情報の入ってこない場所だ。
黒幕に違いない第六夫人。夫人たちは王宮から出るのに手続きがいるし、護衛の問題もあるので、王宮の中から指示を出していたことだろう。けれど結果が耳に入ってくるまで時間がかかるから、気に病んだことだろう。
今は特に、手足を押さえたから、情報が入ってこない状態。とても不安なはず。
第三夫人にお願いしてお茶会を開いてもらった。陛下も呼んで、そしてコリン殿下も参加されている試験に参加している子供たち全員を招待してもらった。
子供たちを連れてきたのは、敵を油断させるためだ。それからロイター嬢を引き合わせたかったんだよね。他の子たちは隠れ蓑。
招待された子供たちは、テーブルの上のお茶やお菓子をいただいている。
第四夫人に参加してもらうかは最後まで迷った。利用されたら困るから。でも最終的にロサが、全員が向き合うべきことだと判断した。
兄さまとエリンとノエルはブライや騎士団であるジェイお兄さんたちと一緒にキリロフ伯を船舶権の譲渡違反の件で捕縛しに行っている。キリロフはいわば潜入者と同等の黒幕。ばら撒きのグッズのような、人を従わせる何かを持っているかもしれない。なので、それを払える兄さまも一緒に行ってもらってる。
クラリベルのところにはベアがついていて、リノさまについていたアオとは先ほど合流した。もふさまのリュックの中に入っている。ちなみにアリはわたしが持っていた小さなポーチに精霊を入れて、それを背負うことにしたようだ。
アリ、クイ、精霊は、レオと一緒に秘密基地にて赤ちゃんドラゴンを見てくれている。
お茶会の目玉は、第三夫人の好きな曲、雨のワルツを演奏すること。
何人かが参加する演奏会を陛下に見てもらったら、それはその子たちだけの特別扱いになるし、目立ってしまう。小さなフローリアさまを除いた、王族のお子さま全員が参加されての演奏だったらいいと思うんだよね。そこにわたしとリノさまも入れてもらった。わたしは敵の思う通りにことが運んでいると思わせるためのフェイクだ。
ピアノはアガサさま。バイオリンがロサとコリン殿下。トロンボーンみたいのをバンプー殿下。フルートみたいのをリノさまとハイド殿下。わたしはハープ。
みんな揃っての音合わせはしたことがなかったけれど、なかなかの演奏となった。陛下からも拍手をもらえた。陛下の膝の上でフローリアさまがお兄さまやお姉さまの演奏を手を叩いて喜んだ。その両隣の第五夫人と第六夫人も楽しんでいるように見えた。
別のテーブルでは第二夫人と第三夫人にの真ん中に第四夫人を入れてもらい、利用されないように見ていてもらうようにお願いした。
第四夫人はリノさまのお灸が効いたみたいで、いつものような「バンプー殿下を優位にするわよー」のパワーは削ぎ落とされていた。軽くしか聞いてないんだけど、終わったらリノさまから詳しく聞かなくては。
弱者となりうる幼いフローリア王女は陛下が守る。2年生たちは、わたしたち上級生が守る。
「いい演奏だった」
陛下がゆっくりと拍手をすると、夫人たち、それから2年生も拍手をくれた。
もふさまも耳を塞がず、尻尾をぱたんぱたんと床に打って、楽しんでくれたようだ。音が重なり合う演奏は耳のいいもふさまには辛いみたいなので、演奏の時は別の場所に行っていても大丈夫だよと言っておいたのだけど。
「音楽会というのもいいものだな、そう思わないか? 夫人たち」
「はい、陛下。兄妹たちの仲がいいことも嬉しいですわ」
第二夫人がおっしゃる。
「子供の成長は早いものですね」
と声を詰まらせたのは第三夫人。
「……息もぴったりあってましたわ」
第四夫人が発言すれば
「次はフローリアも参加できるように、楽器を習いましょうね」
と第五夫人はフローリア王女をあやした。
「とてもよかったです! それから個人的に。先日はかないませんでしたので、今日はシュタイン嬢のハープが聞けて嬉しかったですわ」
「まぁ、先日ということは、レベッカ(第六夫人)さまはリディアさまとお会いになられましたの?」
陛下を挟んだ向こう側から第五夫人が尋ねた。
「ええ、キャスリン(第三夫人)さまとアガサ王女、コリン殿下とシュタイン嬢のお茶の時に混ぜていただきましたの」
「まぁ」
第五夫人はへぇーと言いたげな声をあげただけだけど、「私聞いてないわ」と不平が滲み出て聞こえた。
第六夫人は胸の前で手を合わせる。
「アガサ王女がピアノを弾いてくださって。王女さま、殿下、シュタイン嬢で演奏をされる約束をされたから、その時は私にも聞かせてくださいってお願いしましたの」
「そんなお話があったんですね。私は知りませんでしたけど」
「妾も知らなくてよ?」
第二夫人がそう言ったので、第五夫人は黙り込んだ。