第1126話 暴く③向き合うべき現実
ロサとダニエルがバンプー殿下をはじめ子どもたちと騎士たちを連れて、ミューエ邸へ。騎士たちにミューエ氏を捕えさせた。
ミューエ氏は静かに対応したそうだ。集会に参加したのは国から捕えられるくらい悪いことなのかと。
ロサはそれに答える。ミューエ氏にかかっている容疑はメイダー伯殺害についてだと、捕縛許可の証書を見せた。
顔色を悪くしたミューエ氏をユルゲンが揺さぶる。
「どういうことだ?」と。
ユルゲン、そして子どもたちの前で、ロサはミューエ氏の罪状を語った。
アダムが調べたところ、ミューエ氏は裏ギルドと呼ばれる、犯罪などにも手を貸すギルドに赴いていた。そして自分の手伝いをする人をひとり雇っていた。
メイダー伯はモロール領主を新領主に引き渡してからは、王都の端でひっそりと暮らしていた。
そこにモンティス公からの遣いが現れる。メイダー伯夫妻を呼んでいる手紙を見せ、馬車にメイダー伯夫妻を乗せた。
遣い兼御者をしたのがヤコブ・ミューエ氏本人であると、メイダー伯の執事、最後の晩餐となった途中の街で寄ったレストランの給仕が、似顔絵でミューエ氏だったと確認が取れている。
そしてその後、馬車が崖から転落し、夫妻は事故死。御者はいなくなっていたが、動ける状態だったのならとんでもないことになったと逃げ出したのだろうと、推測された。
馬車に乗っていた貴族が亡くなり、平民である御者が生きていたなら、それからその平民が生きる道は茨の道になると容易く想像できたからだ。
「殺したのか?」
そう尋ねたのはユルゲンだった。
騎士に捕えられているミューエ氏の首元の服を鷲掴みしてグッと上にあげる。
ロサたちは止めずにそれを見守った。
ミューエ氏はそうだとも違うとも言わなかった。けれど、無言の肯定にユルゲンは怒りを込める。
「殺さないって言ったじゃんか。絶対に殺さないで自分のしたことを認めさせたいだけだって。殺したら同じとこまで落ちる。だからそれはやらないって言ったじゃないか!」
騎士に捕えられているミューエ氏を拳で殴ろうとするユルゲン、それを止めたのは少女だった。ユルゲンより上かもしれないと思ったそうだ。後から彼女はユルゲンのひとつ上の姉、ネリーとわかる。
2年生たちはバンプー殿下を含め、ナマの感情のぶつかり合いというかその様子にかなり驚いたようで一言も発せず、固まっていたという。
調べていた先には生身の人間がいる。出来事だけ追っていたり調べているだけだと、言葉で理解しているつもりでも、実際それが本当に生きている人間のしたことだという感覚が麻痺してしまう。
合致させる良い機会だったと、のちにダニエルが言っていた。誰が次の王になるとしても、子息たちはいずれ議会を支える国の中心人物になっていくのだろうから。
自分たちの調べたことの先に待つ結果、書面だけでなくナマの人を見ることが幼いときにできたのは、確かに貴重なことだろう。
ロサたちはミューエ氏には殺人を犯した罪で、ユルゲンにも集会のことを詳しく聞きたいからと同行を願う。
ユルゲンは集会は悪いことではないとキッと顔をあげたけれど、ロサはそれをこの子たちの前で本当に悪いことはしてないと言い切れるか?と啖呵を切った。その激しい第二王子殿下の一面を見て、2年生たちはまた驚き固まっていたという。
「本当に罪を問いただしたいなら訴えればいい。父親の冤罪を晴らしたいならそうすればいい。けれど、そうしなかったのはなぜだ? 最初から諦めたのはなぜだ?
罰せられるべき人が殿上人だからか? それとも意識がなく願うほどには罰することができないと思ったからか?」
そうロサは詰め寄り、畳み掛けた。
「一番したいことができないからと、意思を曲げ、次にしたのはなんだ? それこそなんの罪もない令嬢の悪評を振り撒くことか? 罪がないのに迫害される冤罪の辛さを知っているお前が!」
ユルゲンたちは自分の父親を冤罪に追い込んだのが、女性で一番地位の上の人と二番目の人だと知った。しかも一番の人は意識がなく寝たきりの状態。もう廃妃となっている。決して過去にしたことを顧みれない状態。
二番目の人は第二夫人。そして第二夫人の目指すところであろう息子である第二王子の王位継承権剥奪、これが復讐できる最大のことだと妥協したのだろう。
正式に訴えても、あわよくば第二夫人の信用が落ちるだけで、第二王子の未来は奪えないだろうから。
訴えなかったのは、彼らの意思。きっとそんな権力者への訴えは届かないと諦めたか、届いたとしても、自分たちが今まで受けてきた辛さと比べて、軽い罰しか下されないと思ったか。どんな理由であったかは憶測でしかないけれど、彼らは訴えなかった、それが事実だ。
訴えることを諦めて次にしたこと。最終的な思惑はどうあれ、彼らは集まってわたしの悪評を立てた。
ユルゲンは集会は悪いことじゃないと言った。ロサは確認する。
ユルゲンの心に寄り添い、訴えるべきだと居座ったバンプー殿下。殿下を迎えに行きながら、ミイラ取りがミイラになり、一緒に訴えるべきだとユルゲンのために親身になった少年たちの前で、本当に悪いことはしてないと言い切れるのかと。
正攻法を取らずに、ましてや無理やりこじつけたような憎むべき相手の悪評を振り撒くことが、君のことを真剣に考えている人の前で、悪いことじゃないと言えるのかと。
ユルゲンは歯を食いしばった。下を向いて、肩が震えていた。
それを見ていた少年たちも、唇を噛んで何かに耐えていたという。
王家を、そしてシュタイン家を嫌うものたちで集められたのが、集会関係者。人を殺さないというのが、せめてもの矜持だったのかもしれない。ミューエ氏はそれを破ってしまったけれど。
集会関係者がミューエ邸に集まっていたのは、集会に潜入していた役者、ホーキンスさんの手柄だ。彼は集会で様々な人柄を演じ、多くの人の心を掴み、どうして集会に参加しているのか、どのようなことがあったかなどを聞き出していた。そしてミューエ氏、ユルゲンとも話をし、ミューエ邸に通い詰めていた。ホーキンスさんがミューエ邸にそうやって人を集めていてくれたのだ。
ミューエ邸にいたものは、一度解放されたにも関わらず、みんなまた招集された。これは王位継承者殺害未遂、ひいてはユオブリア壊滅に繋がる事件だと言われ、みんな顔を青くしたという。
9区に鎮座している広い屋敷ミューエ邸は、主人である人が捕えられ静かになり、やがて沈黙した。
詳細は後からわかったことだけど、時間軸に逆らって、ここで記しておこう。
集会のトップはミューエ氏。ミューエ氏もユルゲンもセレクタ商会もキリロフ伯から声をかけられ集まった。いや、集められた。
キリロフ伯は王家とシュタイン家に恨みがあるものを他にも見つけて集めてきた。その代表格がミューエ氏、ユルゲン、セレクタ商会というわけだ。より大きく王家とウチが打撃を受けるよう、集会は開かれていた。
ミューエ氏。ヤコブ・ミューエ、20歳。キリロフ伯が一番最初に声をかけた人。
ヤコブはミューエの領主のお手つきとなり追い出された母親が亡くなってから籍を入れてもらったものの、家では爪弾きにされ辛い少年時代を送ってきた。
4年前、前ミューエ伯爵は亡くなった。馬車に同乗していたヤコブの継母にあたる夫人とその子供、ヤコブの異母兄にあたる嫡子も一緒に。別荘からの帰り道であった。
ヤコブは成人前だったので傍系の親戚が伯爵家を継いだ。籍には入っているものの、庶子ということから煙たがられ追い出されるところだった。そこを間に入り手助けしてくれたのがキリロフ伯だった。なぜ助けてくれるんだと尋ねたヤコブに、君のお母さんに助けてもらったことがあるとにっこり笑ったそうだ。
キリロフは邸には居にくいだろうと、ヤコブに働き口を紹介した。それはタールバッハ商会。セレクタ商会の前身の商会だ。キリロフは後のセレクタ商会とも繋がっていたわけだ。
ヤコブはキリロフが用意してくれた家に移り住んだ。それが9区にある屋敷だ。
頃合いをみはかりキリロフはヤコブに母親の最期の真相を教える。なぜキリロフが知っていたかは謎であるが、王室とシュタイン家の悪どさを語った。
ヤコブは翻弄され続けた母親を哀れに思った。館の主人に目をつけられ身ごもり本妻に追い出される。それでも自分には優しい母親だった。一生懸命に働き、侍女頭という大役も任された。誇らしそうにしていたのに。その領主に無茶なことをやらされた。その先に待っていたのは死。
母はいつだって、逆らえない権力の犠牲になってきた。その母への憐みはいつしかヤコブを蝕んでいくようになる。
ヤコブの家で匿ってくれと連れてこられたのがユルゲン姉弟だった。王家とシュタイン家の被害者。同じ宿敵がいたからか、両者はすぐに打ち解けた。
そしてキリロフは語った。自分も王家とシュタイン家に恨みがあるのだと。法に触れないところで、自分は仕返しをしたいんだと語った。両者はそれは小気味いいと考えた。権力にはどうあっても抗えない。いや、そうか? 権力とはそれを認める人がいる中だから発揮されるものではないのか? だってもし人がひとりしかいないのなら、どんな権力者だって、権力を振りかざしても何も得ることはないのだから。
権力があったとしても……それを認めていない人が大勢いたら、権威はあってもないようなものなのだ。ということは……ものを言うのは数。王家やシュタイン家を憎む人が、権威よりうわまわれば、それは無効化される……。
彼らはそう考えた。
法には触れずに王家とシュタイン家の評判を落とす。遊びのような感覚でふたりは夢中になって計画を立てた。計画したことを話せば、キリロフ伯は乗り気でそこまで考えてくれたのだから、自分は経済面で役に立とうと援助をしてくれた。
キリロフ伯の息のかかったタールバッハ商会は倒産する前にお金になる商品を買い漁った。それから倒産した。倒産すると商会の代表者の名が残るからこれから商売をしにくくなる。商会を作った時に支払った支度金は「倒産」ゆえに返ってはこないけれど、買い漁っておいた商品を安く売り出し、従業員たちが個人的に懐に入れてしまえば返却する必要はない。売れ残った商会の保有する商品は倒産したら赤字を少しでも回収するために没収されてしまう。値をつけるのは「商会」であるから、高い値の商品を従業員が安く買ったのだ。安く買った商品は元々高く売れるものばかりなので、起業する時の支度金を遥かに超えて残すことができた。
集会で湯水の如く使われていたものは、買い漁っておいたものの一部である。