第1125話 暴く②賢妻の目
わたしはあのとき確信した。第三夫人は賢い人だと。
他の夫人ももちろん賢いんだけど、彼女はなんていうか、そう、その場所で細く長く生きられる術を考え実行できる人。
王宮というひと言が命取りになり、何に巻き込まれるかわからない緊迫した環境で、子供たちを早くから王位継承権という危険なものから遠ざけた。その判断と行動力はなかなか身につけられるものではない。
それに目の前に提示されているのは、国で最高峰の権力だ。最高権力の隣に立つ夫人になり、そしてその権力を辞退する。それって誰でもできる決断ではないと思える。
わたしは確かめたくて、秘密裏に第三夫人と会えるようにしてもらう。
わたしは行方不明か家で療養中と思われているはずだから、秘密裏にね。
陛下に呼ばれて静々と一室にやってきた夫人。部屋の中で待っていたのがわたしともふさまでも、夫人は微笑みを絶やさなかった。
先日は急な体調不良でお騒がせして申し訳ありませんと謝れば、弱いとは知らず、お酒を出してしまってごめんなさいと謝られた。
そして療養中と聞いたけれど大丈夫ですか?と労ってくださる。
わたしはそれには答えられなかった。どう答えても嘘になるから。だから代わりに前置きなく切り出す。
「夫人の目をお借りしたくて、今日はこの場を作っていただきました」
そういえば、少し目を見開く。
「まぁ、私の何がお役に立つのかしら?」
「違和感の正体を教えていただきたいのです」
「違和感?」
「はい、先日のお茶の時のことです。わたしがお酒の匂いで具合が悪くなる前。
王女さまがわたしと王女さまと殿下とで夫人の好きな曲を演奏する話になったのを覚えておられますか?」
夫人は少し身構えていらしたけど、こくんとうなずかれる。
「その時、第六夫人が謝ってくださった時のことも覚えていらっしゃいますか」
視線が揺れた。
「ええ、覚えています」
「殿下たちが許すと第六夫人はお礼を言われて……、そのときなぜだかわたしは気になりました。夫人は微笑んでいらしたのに。……微かに違和感があったんです」
夫人はカップを丁寧に持ちあげ、お茶を飲んだ。
「リディアさまは療養されていることになっていますわね。私にここへ来るように指示されたのは陛下。つまりリディアさまは陛下の命で動かれているのね」
夫人はまばたきひとつ。答えを聞きたかったわけではなかったようで、その証拠に一呼吸置いただけで話を続けた。
「ではお答えしなくてはいけないわね。言いづらいのはただの心象だから。
第六夫人は15歳で王宮に入られましたわ。1年間みっちり作法など教え込まれた。夫人の一族は一度見たものをそのまま覚えていることができるのですって。だから何でも完璧に一度で覚えていくから、評価がとても高かったんですの。
その記憶力の良さもだけど、15歳の少女がどの夫人ともそつなく関係を作れることが私には……不気味だった。
私が王宮に上がったのは彼女よりもういくつか年上で、政略だとも、陛下にはいく人も側室がいることを知っていながらそのひとりになったのに、心穏やかではいられなかったわ。
まだ恋や愛に夢をみていい年頃の娘が、何もかも見越したように夫人同士の関係を大切にしていることの方が、私にはわからなかったの。
それでいくと、第五夫人は感情をそのまま表す方だわ。
頬が膨れるのよ。成人した大人が。でも、かわいらしいのよ」
夫人はクスッと笑った。
「だからかしら、どちらかというと私は第六夫人に一歩置いていると思うわ。
ありがたいことに子供たちを可愛がってくださる。
でも、なぜかしら。子供たちを利用されそうな気がして、私は怖かったの。
王位継承権は手放しているというのに。
答えになったかしら?」
そうか、やっぱり微笑んでらしたけど、何か心に留まったと思ったのはのは気のせいではなかったんだ。
第三夫人はお子さまたちが第六夫人に懐くのを警戒されていたんだわ。
第三夫人の目で確信した。潜入者は第六夫人だ。
からかさちゃんで何かしようとしていたのも。
……気に食わない。自分は安全なところにいて、子供を手先に使うとは。
是非とも安全圏から出てきてほしいわね。
どうやったら引きずり出せるかしら。やっぱり切り札よね?
だって、計画がうまくいっていなくて、ちょっと焦れているはずだもの。
任せているから余計に失敗したことに憤りがあるはず。
そうね、その溝を広げようじゃないの。
この案も足してもらおう。
わたしは十分な答えで、先が見えたと告げた。
それから第三夫人にお願いをした。
総仕上げだ。
この件には多くの子どもたちも関わっている。王子たちが王位継承権を持つのに相応しいか、相応しくないと感じるかの試験でもあったから。
まずわたしと同じ班のスタンガンくんとからかさちゃんに、わたしの情報を流してもらう。家で療養中ということになっているけど、実はお城にいるんだ、と。ロサに匿われている、と。
同時にブライにも。セレクタ商会に高価な贈り物のお礼という名目で彼らに会い、会話で垂れ流す。ロサ殿下はまだ結婚もしていなくて婚約者がいる状態。それなのに側室を先に作るつもりだと。
騎士道が骨の髄まで沁みているブライには、婚約者に対するその裏切りが許せなかった。殿下が王となったらこの国の未来が良くなるとは思えない。だから自分は離れたというようなことを。
セレクタ商会は尻尾を出した。それでその〝側室〟となるリディア・シュタインはどこにいるのだと尋ねた。馬車を襲撃してきた人以外には、わたしは家で療養していることだと思われるはずなのに。
ブライは答える。わたしは城にいる、と。
「元々、馬車には乗せなかったのか?」
そう尋ねてきた。それは襲撃班である敵だけの知る情報。
ブライは答えた。自分は殿下と〝側室〟を離そうと思って連れて行こうとしたが、殿下の影に奪われたのだと。
そこまで聞くと、セレクタ商会を代表してきた男は葉巻を吸ってもいいかと尋ねた。
ブライは頷き、葉巻には火がつく。煙をたゆらせ、いい具合になった時に、声をひそめてブライに命令をくだした。
その〝命令〟は録画魔具にしっかり撮られていた。遮断された場所に置かれたドラゴンの幼体と卵を外に出せ、と。
その命令に従おうとして、部屋を出たブライをジェイお兄さんが止める。そしてセレクタの商人をお縄にした。
憤ったみたいだけど、策もなしに呼ぶわけないじゃんね。セレクタはばらまきの本家本元だ。人を言いなりにさせる元享楽神に祈った何かを使ってくるかもしれない。そんなのお見通しよ。今回は〝葉巻〟に仕込んでいたみたいだ。
録画はしておいたし、ジェイお兄さんと兄さまが隣の部屋で待機。
そして酔ったようなどこか虚ろな目で、言われたことを忠実にこなしたそうなブライを、兄さまが家宝で払った。
セレクタという敵の手のひとつは塞いだ。
彼らも焦っていたんだと思う。だって計画したことがことごとくうまくいってないんだもん。だからあんなに慎重に行動して尻尾を見せないようにしていたのに、ひとつ思い通りになっていると思ったから浮かれてしまったのね、簡単に尻尾を出した。
彼らの本懐は「わたしがロサの側室になる」だから。そうすればわたしに全てを被せることができる。計画がおじゃんになったこともあるけれど、今までやってきたことが実を結ぶ。だから信じちゃったのね、簡単に。人ってつくづく希望に抗えない生き物よね。希望にすがっちゃうのよね、ほら、うまくいっていたって疑いもしなかった。
さて。切り札をやっぱり気にしてるね。幼体と卵を外に出したいわけね。
遮断されているところに置いていたら、ドラゴンの仲間がわからないものね。
それにしてもドラゴンたちが攻めてきたら、自分たちはどうするつもりなんだろう? そこは不思議だ。