第1122話 逆の定義④策に溺れた令嬢
犯罪集団、カザエル。噂だけで姿は見えてこない人たち。
けど、何だってそんな人にわたしは目をつけられたわけ?
バッカスの弁護士を気取ってたあいつとのことがあってから、目をつけられたのかな?
「セインは神聖国を建てたかった。それで助言をもらってたんだカザエルに。数年前はバンデス山を欲しがっていたな。でも手にいれられなかった。それで計画立案者と喧嘩になったのかもな。計画が悪い、実行できないからだとか何とか」
それはすっごくありそうだ。そんな時ナムルと知り合って、口車にのった。
バンデス山は手に入れられなかったけど、他のことは進行していたはず。
だからセイン教なんて教えに群がり、教会を隠れ蓑に活動してたんだ。
「ナムルと手が切れて、元のバックに縋ったのかもしれない。彼らが神聖国を建てるために必要だったバンデス山。諦めるしかなかった彼らだけど、代わりになるものがユオブリアにはあるんだと思う」
「代わりになるものがあるなら、ドラゴンにユオブリアを潰させるかな?」
アラ兄がわからないというように顔を顰めている。
そうだよね。潰されちゃったら役に立たない。
「……それはそうだな。国が潰されても残るもの、それはなんだ?」
ロサが呟く。なるほど、国が潰されても問題ないものを求めていると絞り込めるのか。
「聖域。バンデス山も聖域だ!」
ロビ兄が閃いたというように膝をうつ。
「バンデス山は聖域なのか?」
そうか、先生たちシュシュ族のことはみんなに話してないんだっけ。他種族のことだから濁して伝えていた。アダムとロサは知ってるけど。
「他種族から聞いたことだから詳しくは言えないのだけど、バンデス山は聖域。そしてシュタイン領の後ろに聳え立つノベリア山脈も聖域。それからもふさまの住処のいくつかも聖域」
もふさまの目を見ながらいうと、もふさまは告げても問題ないというようにうなずいてくれた。
「国は潰されても、聖域は変わらない。そこに神聖国を打ち立てる。そんなに聖域があるのならうってつけだな、ユオブリアは」
ダニエルが納得がいったというようにうなずいている。
静かだと思ったら赤ちゃんたちはおねむになったようで、それぞれあやされながら半分眠っている状態だった。
「リディア嬢に執着し、リディア嬢に罪を着せようとしているのがバッカスなら、そう、バッカスはカザエルだったんだ。
きっと第四夫人がしたことだと糾弾され王子たちは継承権を失い、そこでその全てをやっていたのが君だとシナリオが組まれているはず。今までの集会や君の印象を悪くするためのことで、それは何でも良かったんだと思う。とにかくなるべくたくさんの人が君の名と、悪い噂があったってことを覚えていればいい」
アダムの口上に耳を傾ける。
なんか癪に障るけれど、筋は通っている気がする。
怪しい集会が開かれるようになった。〝終焉〟を知っていて、その終焉の先でよく生きるための教えを説く集会。徳を積むにはわたしの悪行を白日の下に晒すこととしていた。
それを調べるためと、王族に潜む裏切り者をつかむため、それから王子たちの王位継承権に相応しいかを調べる試験として、子供たちが集められた。
集会ではわたしがどんなにあくどいかを告白する人が現れる。一見でバンプー殿下に見破られるようなお粗末な作り話だったり、クラリベルのように仕込まれる悪質なものもあった。さらに市場でばら撒かれた商品は、わたしへの悪意がつのるようなもの。
集会関係者を調べれば、9年前に起きた廃妃の粛清の犠牲者がいて。
セローリア家への追撃があり。
それらはいくつかのところから攻撃されていることに思えた。
けれど、その目的が王位継承権を持つ上位のものを消し去ることが目的なら。
果てはユオブリアを抹消することが目的とするなら、筋が通る。
わたしに執着しわたしを苦しめたい誰かが、わたしが恨まれたり悪どいという噂を作っておく。規模が大きく見えることから、国もその調査に乗り出す。シュタイン家をマークして、ウチに害する人たちを洗い出したことだろう。それでも繋がりが見えてこない。ウチを潰すことが目的なら、その時点で点や線が見えてきたはずだ。でも見えるわけない。それはただの撒き餌だったのだから。調査員たちを食いつかせるための。
そうしているうちに本懐へとメスは入る。
一番王太子に近いロサには条件の剥奪。第二王子殿下からは婚約者を削ぎ落とす。
ダークホースとなる可能性もあるコリン殿下、アガサ王女は、わたしも一緒にいたお茶会で、命を落とす。わたしがそこで一緒に命を落としても構わなかったのだろう。
二番手のバンプー殿下、弟のハイド殿下は、セローリア家への企みか、琥珀湯とアズでの殺害どちらでもいい、どちらもでもいい。指示したのが第四夫人とする。第四夫人はバンプー殿下を王太子にしたがっているのは誰もが知っていること。そのために他の兄弟を……と心象が第四夫人を追い込むことになるだろう。第四夫人は王族から抹消。王子たちもどこまで関わっていたかわからないと、厳しい沙汰が下される。
わたしが琥珀湯とアズで死んでいなかったら、第四夫人との繋がりを暴露され、わたしが全ては企てたことと話を持っていく。集会やばら撒きでわたしの心象はよくない。ではなぜわたしがそんなことを企てたかといったら……、なるほど、そこであの噂が思い出されるわけね。わたしが側室になりたがっていた、と。
残るは幼いフローリア王女か、王家の血をひく公爵家の方々。婚約者の条件があればロサも返り咲ける。
つまり、リノさまという婚約者がいなくなったら、王子殿下の婚約者になることができ、ロサが王さまになれば、わたしは自動的に王妃になれるというわけだ。
はっ。やばいぐらいに筋が通ってるじゃない。
わたしがどのように糾弾されるか、もしくは道筋通りに行くかはわからないけれど、いずれドラゴンたちが生まれる。親が気づき5頭のドラゴンにユオブリアは破壊される。
噂は広がっていくんだろう。リディア・シュタインは策に溺れた、と。
自分で蒔いた種により、国が潰された、と。
これ以上にないってくらい愚かで、わたしに執着して嫌がらせしている人が考えたに違いないって思える。
ったく、気分が悪い。
ふと顔を上げれば、みんな筋が通ったシナリオを思い描けたようだ。
「まったく胸が悪くなるような計画を立てられたものだ」
ロサの言うことに同意しかない。
「だけど、全てが終わる前に僕たちは気づけた。それに敵の思い通りにはなっていないし、最後の一手もこちらの手の内」
そうだ! 敵の思惑は破綻しているのだ。
そう思えばにやっと笑ってしまう。アダムの言葉にみんなちょっと悪い顔で笑っていた。
「セローリア嬢もセローリア家も無事。ロサ殿下は王位継承権の条件を持っている」
イザークが落ち着いた声で言った。
「リディア嬢の機転で、リディア嬢も、コリン殿下もアガサ王女も無事だ」
ニコッと笑ってくれたのはルシオ。
「リディア嬢の良くない噂は広まっているけれど、それを打ち消す噂も出ているんだよ、集会が怪しいってね」
ダニエルが教えてくれた。
え?
「君のファンたちから始まって」
ファン? ファンって言うことは異世界物語の熱烈なファンになってくれたお嬢さんたち?
「君と会ったことのある人、商会からも話が出てるよ。商業ギルドも、噂のようなそんな人がオーナーの商会と取り引きはしていないとね。商業ギルドもバカにしてると同じことだと憤っている」
ロサが笑顔だ。
「自治会が独自に見回りに出て空き家などに目を光らせている。集会に使わせないためにね。金融界からマンド家が、商業ギルドからペリーとグリットカーが。ナムルとトルマリンは自主的にばら撒きに使われたものを調べているし、生徒会にもリディア・シュタインへの悪意のある噂をどうにかするべきじゃないかって再三意見書が上がってきてる」
謀反騒ぎで家が降下して誰も信じられなくなったアラ兄たちの友達のマンド家。
メロディー嬢から目をかけられ、ウチの情報を流していたペリー。
ヴェルナーからの依頼でわたしを陥れようとしたグリットカー氏。
ナムル、トルマリンさん。
みんな最初は心象が良くない。けれど、ぶつかって共に乗り越えて、いつしか違う感情が芽生えた人たち。そんな人がわたしの味方をしてくれてる……。
学園で、そんな動きも……。
「君は厄介な者に執着されて憎まれているようだけど。忘れないで、君のことが大好きな人たちがはるか大勢いるってことを」
顔をあげればみんな微笑んでいた。
ありがたいね、うん!