第1121話 逆の定義③道筋
「そしてもうひとつあるだろ? 2回以上名前の出てきた国が」
「……セイン?」
答えたロビ兄にアダムがうなずく。
リノさまを襲おうとした瘴気持ちはセインの人だった。
第三夫人のところでお茶をいただいた時に出されたもの。琥珀湯はセインの飲み物。ちなみにアズはホッテリヤの特産物。琥珀湯にはお酒を入れて飲むのが一般的で、お酒とアズが合わさると膨れ上がるという副作用をもたらす。
あれはコリン殿下が狙われていたの?
王位継承権を手放している殿下を、なぜ?
「何でセインが? セインがユオブリアを狙う? 大陸も違うのに? どうして、なぜ?」
現在セインは孤立した状態と聞く。教会を隠れ蓑にあくどいことをしていたので、神獣・フレデリカさまに制裁を下された。ユオブリアに来ていた王子がしでかしたのが発端ではあるけれど、悪いことをやっていた方が悪い。
罰を下したのも神獣さまだけど、根に持ってるわけ? ユオブリアが悪いと?
っていうか、前もこのことに悩んだ記憶があるんだけど、記憶違い?
「琥珀湯とアズ、この組み合わせも2回目だ。つまりあの頃にはいたんだ、王族の中にセインからの侵入者が」
「セインと決めつけるのはまだ早計じゃないか?」
それにはロサもうなずく。その上で聞いて欲しいと。
「なぜ今なのか、そこに王位継承権が絡むなら思い当たることがある。
普通なら王太子が決まっても王太子の儀はすぐには行わない」
「王太子の儀?」
「お披露目ではなく、これは王から王太子に魔力をまず半分受け渡す儀式。そして瘴気を囲い込む結界をこれから担うことになる。陛下は思うところがあり、王太子を決めたらすぐに魔力の授与をするお考えだ」
ちなみに後から聞いたのだけど、特別なその儀式で半分魔力を受け渡しておくと、陛下がお隠れ遊ばした時、残りの半分の魔力は受け渡し先の魔力のところに還る、とのことだ。王太子がよほど信頼できる場合にしかやらない儀式でもあり、かなり久しぶりの儀式だということだ。
「なぜ今行動を起こしたか? 〝王太子〟が膨大な魔力を持つ前に、ということが重要だったんじゃないかと思える。王太子に魔力が増えると、魔力の段違いに多いものが、陛下と王太子に増える。陛下は逆に半分へと減るわけだけど、それでも一般よりは全然多いからね。
王太子になる条件として婚約者が決まっていることというのもある。琥珀湯とアズでの攻撃、あれがあったのは私の婚約者を選ぶ茶会を開いた時だった。王太子が私になると噂もあったけど、王妃の勢力は強く兄上が王太子になる可能性もないとは言い切れい。けれど兄上が亡くなり、状況が変わった。
いつも狙われていたのかもしれない、ユオブリアという国は。ただ気づかなかっただけで。
聖女がユオブリアで誕生し、何かが起こる舞台は〝ユオブリア〟となった。舞台は整ってしまった。最初は王妃となるものを王宮に入れる手も考えただろう。でも、セローリア家に決まった。
今までゆるゆると進められていた侵略計画だけど、試験と称して集会を暴かれそうになり危険だと思ったのかもしれない」
そこまで一気に言って、表情が変わる。
「一気にドラゴンで潰そうと思ったのかもしれないな」
ダニエルが暗い表情だ。
「まだ想像の域を出ないけれど、リディア嬢を狙うバックが見習い神含むバッカスだとして、この王位継承権に首を挟もうとしているのがセインで、そのセインからの侵入者が王宮にいるんだ。王族にね」
アダムが想像と言いつつ、言い切る。
そう繋ぎ合わせれば、いろんなことの筋が通るからだろう。
「教会を隠れ蓑にセイン教を打ち立て、自分たちこそが神聖国の末裔でセイン国は世界を統一しなければならない。それにはまずユオブリアがターゲットになっている。
セインは経済制裁を受け、神獣から制裁が下った。近隣の国からも爪弾きにされている。ブレーンがいないとトンチンカンだし。武器など潰されたわけだから、ユオブリアに攻撃を仕掛ける体制を整えるにはもっと時間がかかると思っていた。
けれど、教会にそこまでセイン教なるものが蔓延っていたということは、教会は潰されてしまったがもっと他にいろいろとしていたのかもしれない。ユオブリアに潜入者を忍び込ますくらいには」
ナムルがユオブリアの瘴気に目をつけて誘導した、そうも言っていたからそれが全てと思ってしまったけど、元々セイン国は自分たちこそが聖女の末裔、神聖国の生き残りであり、ユオブリアの受けている恩恵は全て自分たちのものなのだと思っていた節がある。ってことはナムルの他に、もっと前からブレーンはいたんだ。
「どうしたアダム?」
「ん、いや。あの頃。ロサの婚約者を決めるお茶会を開いた頃、僕はセイン国のことを調べていた。それはゴット殿下から指示があったからなんだ。……あの頃すでにゴット殿下には何か見えていたのかもしれない。あー、なんでどうしてなのか聞いておかなかったんだ」
と嘆きつつ、多分そういうことには第一王子殿下は答えなかったんじゃないかと、なぜか思う。
「王宮への潜入者、それは誰なのか探りたいところだ」
「まぁ、普通に考えて、側室の誰か、だな」
ロサがため息と共に言葉を押し出す。
「私は婚約者を失うかもしれなかった。コリン、アガサは琥珀湯とアズで命を落としたかもしれなかった。バンプーは多分最後まで残るだろう」
え? それって、第四夫人が怪しいと思ってこと?
「バンプーとハイドを王太子から除外する、それは容易い。なぜなら第四夫人は動かしやすい。罪になるようなことをさせ、それを白日の下に晒せば、王子たちを排除できる。……みんなが命を落としたら怪しまれるから、そんな処置をとるはずだ。
よって、第二夫人、第三夫人、第四夫人は除外できる」
「第四夫人はそんな役回りなのか?」
「あの方は論理づけるのが苦手だから、綿密な計画は立てられないよ」
「それこそバックに誰かいるんじゃ?」
「そう。手のひらの上で踊らされている。私の婚約者を陥れたのは第四夫人だと後から出回る、そんな役回りではないかな?」
「ってことは、フローリア王女さまの母上である第五夫人と第六夫人が怪しいってこと?」
わたしは我慢できなくて聞いた。みんなの眉根が寄ったとき、それまで静かだった兄さまが口を挟んだ。
「……そしてその全ての実行犯が、リディーとなるわけですね?」
「わたし?」
「「リーが??」」
『リディアがどうして?』
一斉に勢いづいて声を上げたので、赤ちゃんたちが驚いて飛び上がり、わたしの元に戻ってくる。
ご、ごめん。驚いて大声をあげてしまった。
「ごめん、ごめん」と赤ちゃんたちを撫でまくる。
『主人さま、あの魔石出してよ』
レオがもふさまにお願いすると、もふさまは少し大きくなって魔具を取り出す。レオともふさまが石に触れると、赤ちゃんたちも真似て石を触っとる。真似したい年頃なのね。
けど、なぜそこでわたしの名前が出てくるわけ?
「第四夫人は意味不明な接触をしてきただろ?」
ええ、確かに。あれも誰かの手のひらの上で踊らされていたからだというの?
「何でもいいんだよ思うよ。君と第四夫人が接触した事実さえあれば。
君はあくどい噂をいっぱい撒かれている。
ロサは婚約者が犯罪者となり、コリンとアガサが亡くなる。残るはバンプーとハイド。これも母親のあやまちで王位継承権を失くすんだ。残るはフローリア王女のみ。王女がもう少し大きくなるまで陛下は決断を先延ばしにするしかない。
でもそれはどうでもいいんだ。セローリア家の荷にあったドラゴンの卵。これが発端となり、ユオブリアはドラゴンに潰されるんだから。卵を攫った国として」
「セインにはナムルの他にもブレーンがいた。きっとそれが長丁場すぎて、痺れを切らしたバカ王子がナムルの口車にのって自滅したのが、あの出来事だったんだろう」
他にも、古くからのブレーン。
「古くからのブレーンか……」
「いたな、犯罪の方法を売る奴ら……カザエル」
イザークの呟きにわたしは息をのんだ。