第1118話 Mother⑱必要になること
みんなにお礼を言いまくり、フレデリカさまとホルクは特に夕飯を誘ってみたんだけど、今日は戻って急いでやることがあるそうなので、またの機会にということになった。
銀龍たちと一緒に第六大陸に帰ってきて、そこからルームを通じて、秘密基地へ。
あとは幼体たちだけど……彼らを起こした場合、彼らの力がどれくらいなのかがわからないところがネックだ。成体になると国を壊せるぐらいの破壊力。幼体は果たしてどれくらいの破壊力で、そしてどれくらい話を理解できるかがわからない。
攫った時の状況もあると思う。知らないうちに眠らされてとかだったら、目が覚めても、あれ、どこだ? なんだこれ?ぐらいだけど。酷いことをして捕まえたのだとしたら、起きた途端牙を剥いてくるはずだ。何かいい案が出るまで保留だろう。
さて、帰ってきて。
兄さまは各方面に、アダムは主に陛下とロサと重臣に、このことを報告してくれると言った。報告の前に、お茶を飲もうと提案。
ずっと座りたかったのだ。
座り込むと、はーーと息が漏れる。
収納ポケットからお茶菓子を出していると、兄さまがお茶を入れてくれた。立つのが面倒なので、全てポケットから出すつもりだったんだけど。
お礼を言って。お茶を一口。いい香り。体に染み渡っていく気がする。喉も乾いていたんだな。赤ちゃんたちは、テーブルに降りてゆき、お菓子を触ろうとした。
「これはまだ早いかな」
とお菓子のカゴを取り上げる。
わたしにまたよじ登ろうかと考えて、テーブルの向こうが気になったようだ。
銀龍は引き返してきたけど、稲妻ちゃんは兄さまに、グロウィングはレオに。クリスタルはアダムに、ブラックはもふさまへと突進していった。
体が軽くなる。小さいけれど5匹もいると結構重たく感じるのだ。重量はそうでもないんだろうけど。
紅茶をカップの半分ぐらい飲んだ時、わたしは気になったことをもふさまに尋ねた。
「もふさま、答えられることだけ、教えて欲しいんだけど」
もふさまはブラックちゃんを毛繕いしてあげていたけど、なんだ?と顔を上げる。
『フレデリカさまが空を守っているように、もふさまも大地を守っているんだよね?』
わたしと一緒にいてくれるけど、眷属たちにちょくちょく指示を出し、報告が上がってくるのを知っている。
『その通りだ』
兄さまもアダムも手では赤ちゃんを遊ばせながら、耳をそば立てている。通訳はまだ機能してるんだろう。
「フレデリカさまは複数の種族のドラゴンが対立し戦うのを、空の領域で禁じていたでしょ? やっぱり大地でもそうなの?」
もふさまが微かに笑った気がした。
『ドラゴンに限ったことではないぞ。高位の魔物が複数の種族で対立するのは禁じている。神獣と聖獣ではやり方も違うがな』
「人族同士が戦っても、それは当てはまらないよね? それは種族がひとつだから? それとも高位に当てはまらないから?」
もふさまの瞳の色が、真っ黒に見える瞳が、いつもより深緑色っぽくなった気がする。
『……世界は神と聖なる方が慈しんで作り上げたもの、それは知っておるな?』
「うん、知ってる」
『神が遣わせたのが神獣で、聖なる方が遣わせたのが聖獣。作り上げた世界を護るためだ』
わたしはもふさまの言葉を自分の中で繰り返して理解する。
大丈夫、ここまでわかってる。
だからうなずく。
『高位の魔物の攻撃力は高い。それが複数ぶつかり合えば、世界が傷つく。それは止めること』
やっぱりそうか。
フレデリカさまははっきりおっしゃった。ドラゴンが国をひとつぐらい潰してもそれは構わないと。
国を潰されれば人族の人口は減る。大地の表面である国は消える。国が傷つくし、人族の多くが犠牲となるけれど、それは大地、つまり世界が傷つくことと同義ではない。
人族の奪い合い、戦争は今まで起きてきたことだ。でもそれを神獣も聖獣も止めることはなかった。高位の魔物が国を壊すことも。それは人が絡み何かをするぐらいでは「世界」は傷つかないからだ。
そうか、「定義」は神や聖なる方が作り上げた「世界」なんだ。それを護るのが神獣と聖獣。
人族も「世界」に生まれたものだけど、人族同士が戦ったところで「世界」を壊すようなことではない。魔物が国を潰しても「世界」が壊れるようなことではない。だからそれはスルーだ。
それはわかる。
でも世界の終焉、あれはどうなの?
世界の7分の6を失うことになる。空だって、大地だって、海だって、地下だって。
世界を守護する、神獣と聖獣。終焉が訪れるということは、護りが間に合わなかったということ。だからなんとなく、計画されたことではなく弾みで起きることなんじゃないかと思ってた。予想ができないから間に合わないんじゃないかと思っていた。
だがだがしかし!
稲妻ドラゴンが「聖歌」と聞いて憤ったのは突発的な出来事だった。
不穏な空気ではあったかもしれないけど、わたしたちを攻撃しようとはあの時点では思っていなかったはず。マロンもカッとなってと言っていたし。
つまり、突発的なドラゴンの攻撃、それに反応してホルクの加護が発動。たった何秒の出来事。そこにフレデリカさまはやってきた。空の領域に危険を感じて。
突発的でも、護り手や守護者は敏感に反応するってことだ。
それさえも潜り抜けるものなの、終焉は?
「先ほど、空の領域の危機に、空の守護者はいらっしゃいましたが、空の護り手さまはいらっしゃいませんでしたね?」
わたしと同じことを思っていたらしいアダムが尋ねると、もふさまはチラッとわたしに視線を投げた。
『空のも来ていた。姿を現さなかっただけで』
赤いオカメインコのような空の主人さまが来ていたの?
空を映したみたいなサファイヤブルーの瞳を思い出す。羽を広げて、優雅にお辞儀をした、どこかコミカルな姿を思い出す。
もふさまはアダムにではなく、わたしに言った。
『神獣は破壊、聖獣は再生を役割とする。あの時、空の守護者が罰を下したなら、空の護り手も姿を現し〝再生〟を施しただろう』
意味ある真理なんだとわたしは受け取る。
今はまだよくわからないけど、これはもふさまがわたしに教えようとしてくれたことだ。心の中で繰り返す。
きっといつか、必要になること。