第1116話 Mother⑯グロウィングとブラック
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎グロウィングドラゴンの話✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
グロウィングドラゴンの住処は木の上だが、それはただの木ではない。
きのこのような見かけの、赤い樹液の木「竜血樹」。人族が50人手を繋いでやっとぐるりとできるかの幹の直径。高さは言わずと知れずそびえ立つ。
砂漠のどまん中にその竜血樹があるそうだ。
ひだのように見える部分をそれぞれの寝床にしている。同族以外が近寄ればすぐにわかる場所。
グロウィングは銀龍と同じで卵を授かった夫婦が子供を育てていく。
今回卵を授かったのは、ものすごく若い雌だったそうだ。
雌は卵を孵らせることができるか、子供を育てていけるか、とにかく不安だと口にしていた。なんとか雄が支えていたが、雌は具合が悪くなってしまった。精神的に追い込まれている状態に見えたという。
卵を授かった夫婦にはいっときの幸せが訪れる。けれど永遠に生まれてこない卵を腐るまで温め続けたり、卵から雛へと孵ったけれどすぐに死んでしまい、悲しみに明け暮れる、そんなドラゴンたちをたくさん見てきた。卵は生まれたけれど、この先にもっと大きな悲しみが待っているのではないか、その不安に押しつぶされそうになっていた。
パートナーは栄養のあるものを獲ってくると狩に出た。そしてそのまま帰ってこなかった。2日たち、5日が過ぎた。グロウィングたちはそのパートナーの雄を探しに行ったけれど、彼を見つけることはできなかった。雌のために大物を獲ろうとして命を落としたんだと誰もが思った。
雌はひどく病んでしまい、卵を見るのも嫌がった。代理のものが温めることを決めたのだが、その時にはすでに卵がなくなっていた。雌にどうしたのか聞いたのだけれど、きっとパートナーが自分に任せられないと卵を持っていったんだというばかりで、本当は何があったのかはわからなかった。
……という報告があがってきたばかりだった。
いきなり空の守護者から呼び出しを受け、問答無用で連れてこられた。
そこには人族にひっついている同族の赤子がいた。
この者が卵を攫ったのか?と一瞬思ったが、思い直す。一族の住処には人族は近づけない。住処の警備体制だけは力を入れているからだ。
あの若い雌が人族に卵を渡した? いや、雌は卵を授かってから住処を一度も出ていない。
グロウィングドラゴンは1年に3個ぐらい卵は生まれる。けれど孵るのはひとつがいいところ。それが3ヶ月以上育つのは3年に一度ぐらい。
赤子の時に樹液の「竜血」で体を洗ってやるようにしてから、他のドラゴンよりは出生率が良くなった。それでも全部の卵が孵り、育つことはない。
幾度と赤子を見てきたが、こんなに元気な赤子を見るのは初めてだった……。
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎ブラックドラゴンの話✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
ブラックドラゴンの巣は活火山のマグマの中。
黒い鋼鉄のような鱗は硬く熱にも強い。マグマの中で耐えられるほど。
マグマの中に好き勝手に寝床を作る、基本1匹狼タイプ。
繁殖期には雄と雌が仲良くなるが、長いこと一緒に暮らしたりはしない。子供を育てるのも3日。獅子は我が子を千尋の谷に突き落とすではないけれど、3日乳をやったらマグマの中に放り込むそうだ。
ブラックドラゴンにも仲間意識はあるが、行動するときに群れを成したりはしないので、仲間について考えることもあまりない。
出生率は元々他ドラゴンより低かったからか、そういうものと思っている。
卵が消えたという報告は長である彼に上がってきていた。ただこの住処はブラックドラゴン以外入れるようなところではないので、同族の誰かが持ち去ったことになる。なにゆえ、なんのために? 一族同士疑い合うようになってきた。元々個人で動く種族だけに疑いあうといってもと軽いことに考えていたが、ギスギスしているのは思いの外、不快なものだった。
彼はそれが目的なのでは?といつの間にか考えていた。ブラックドラゴンを、一族で群れをなす種族ではないが、お互いが疑い合うように望んだ者がいるのではないかと。
そんな時に、空の守護者から招集がかかる。
やってきてみれば、目の前にはドラゴンの他、空の守護者の他に、聖なる大地の護り手、人族までいた。人族はいくつかのドラゴンの赤子を張りつけていた。
ところでこのブラックドラゴンの長は100歳代とまだ若い。長のすることはみんなの意見をまとめたり、種族として参加する面倒なことを請け負うことになる。つまり、ブラックドラゴンの中で一番弱い若輩者が、役職を押し付けられたのだ。
彼は、誇りや矜持はしっかり持ち合わせているが、まだ繁殖期を迎えたことがないため、赤子というのを見たことがなかった。集会には100歳以上しか参加しないため、自分より若い一族のドラゴンを見たのも初めて。
初めて目にした赤子。自分の爪ほどもない存在。けれど、それが小さな翼をパタパタといわせて、自分の鼻の上に降り立った時に、なんとも言えない感動を味わっていた。ブラックドラゴンに比べると多くの生物は小さい。けれど、同族でもこんな小さき者がいて、自分に触れてくるとは!
この小さき者はドラゴンブレスを吐けるのだろうか? こんな小さいのだから、攻撃を受ける危険もあるだろう。もしやり方を知らぬのなら、我が教えてやってもいい、ブラックドラゴンの長はそんなことを考えていた。