第1114話 Mother⑭空の領域
そうなるんじゃないかなとは思ったけど、思ったとおりだった。
竜巻に閉じ込められやってきたのは、半分目をまわしている、ブラックドラゴン、グロウィングドラゴン、クリスタルドラゴン。
ブラックドラゴンは真っ黒に赤い目。いかにも人族が思い描く、ドラゴンの王さまといったてい。黒い鱗はテカテカと黒光りしている。そのドラゴンが足を投げ出して座って、頭が小さな円を描く。あの竜巻の中、凄まじかったんだろうな。
グロウィングドラゴンは試験で見たことのある緑龍と同じに見えた。緑色のドラゴンだ。やっぱりフラフラする頭を振って耐えている。
クリスタルドラゴンは七色に煌めいている。海の主人さまを彷彿させる姿。
『話がしたくてそなたらを呼んだ。楽にしろ』
呼んだというより、強制的に引っ張ってきたという感じだけど、フレデリカさまが呼んだとおっしゃるんだから、呼んだんだろう。
そして楽にしろは無理だろうなーと思う。人で言うなら胸から膝のあたりまで竜巻でぐるぐるに縛られているからね、身動きできないように。
『空の守護者に、聖なる大地の護り手……ドラゴンに人族……』
クリュクリュと鳴き声が聞こえたのか、クリスタルドラゴンはわたしに視線を合わせ、赤ちゃんたちを見て目を大きくする。
『こ、これはどういうことだ? 人族、お前地龍の手先か?』
暴れて、体から瘴気と似ている黒い何かが出てきている。瘴気ではないようだけど。
『今の戯言は、クリスタルが疲れて言った迷いごととしてやろう。クリスタルよ、そうだな?』
フレデリカさまは職務に誇りを持っている。それはセインの王子を交えて話した時に嫌というほど感じた。
フレデリカさまは「話がしたくて呼んだ」とおっしゃった。
それなのに、「地龍の手先か?」とクリスタルドラゴンは憤った。なぜ地龍の手先と思ったのかはわからないけど、憤るってことは敵対している部類に入るのだろう。
そんな輩をただ連れてきた、そう思われるのは彼女の矜持を傷つけるのだと思う。
いつも見ているフレデリカさまはシマエナガのような丸っこい真っ白の小鳥で、瞳もまんまるのつぶらな瞳。その姿とかけ離れた神々しく近寄りがたいクジャクの姿。大きな目がスッと細まる。
全身が総毛だった。そしてそれはわたしだけではなかった。
ドラゴンたちが顔を引き攣らせている。今、フレデリカさまは絶対的な王者だった。そこまで思って、わたしの中に一つの疑問が生まれた。
あれ、どうして?
思考に彷徨い出しそうになったけど、咆哮で呼び戻される。
ブラックドラゴンだ。大人のブラックドラゴンはミャアミャアではなく、ガオーーとか、ガウとか迫力ある鳴き方だ。
『だが空の守護者よ、話があると無理やり連れてこられ、そこにいたのは種族の赤子を抱く人族。穏やかでいられないのは当たり前だ。クリスタルが声を上げるのも無理はない。これから話すのはわかるが、その前に一つ尋ねる。空の守護者は人族の肩を持つのか?』
ブラックドラゴンはフレデリカさまの立場を明確にしろと訴える。
言うことはもっともだけど、声に怒りが滲み出て、それは少し怖い。
けれど、姿を見ると、家サイズのドラゴンたちが、竜巻にグルグルに身動きできないようにされているから、気の毒っていうか、怖がる要素は少なく済んでいるんだけど。
フレデリカさまはフンと鼻を鳴らす。
『相変わらず、ブラックの長は論理的で可愛げがないな』
ブラックドラゴンは賢明にも、それには意を唱えなかった。
『我の立場は公平。神から空の領域の守護を預かりし者。肩入れなんてことはない。ただ空の安寧を脅かすものには同等に神罰が下るだろう』
『我らとて、理由もなく空を騒がせることはしない』
『その言葉、信じるぞ。お前たちを呼んだのは、我のいないところで話を聞いたら、最後まで聞かずに怒りのままに攻撃を繰り広げそうだからだ』
『腑におちぬ』
そう顔を上げたのは緑のグロウィングドラゴンだ。
『たとえば話を聞かず我らが攻撃に出ようとも、空の守護者が出てくることもなかろう?』
フレデリカさまはグロウィングドラゴンを見据えてうなずく。
『確かに、我と人族の娘はマブダチだが、其方らが話を聞き終わり攻撃をするというなら止めはせぬ。が、その娘にはマルシェドラゴン・ホルクの加護がある。またシードラゴンレオの友達でもある。また、銀龍と稲妻ドラゴンは娘に赤子を預けているため、其方らから娘を守ろうとするだろう。
ドラゴンが人族を葬るぐらいで、もちろん我は口を出さない。が、この娘と敵対した時、マルシェ、シー、銀龍、稲妻たちとの死闘となる。その被害は見過ごせぬ』
あー、そうだ。違和感の正体がわかった。でも、そうだとするとなぜ?
『前置きはこれくらいで良いだろう。リディア、何があったか話せ』
わたしはフレデリカさまにうなずき、竜巻に捕えられているようなドラゴンたちに挨拶をした。そして事情を話し、人族のしたことを謝った。そして、この子たちを親元に返したくて、銀龍と稲妻ドラゴンのところは訪ねていき、そしてフレデリカさまがいらして、みんなを呼んでくれることになったのだと経緯を話した。
時折みじろぎはしたけれど、最後まで話を聞いてくれた。そして各々疑問に思ったことを尋ねてきて、それにはわたしが答えたり、銀龍の長のガルゴ、稲妻ドラゴンのマロン、レオやホルク、フレデリカさまが口を挟み、今までの流れを全部伝えられたんじゃないかと思う。
シーンとする。誰もが何か考え込んでいた。
その静寂を破ったのはクリスタルドラゴンの長だ。
『……娘、我が種族の赤子を近くで見せてもらえぬか?』
わたしはクリスタルドラゴンの赤ちゃんを上に掲げた。
高い高いをしてもらったと思って、赤ちゃんは喜ぶ。他の子も自分もやってとばかりに上に上がってくる。
竜巻の戒めがなくなっていた。クリスタルドラゴンは赤ちゃんに顔を近づける。赤ちゃんがその顔にペタペタと小さな手で触った。