第1109話 Mother⑨英雄
『卵を失ったドラゴンがそんなにいるのか……』
静かになったのは、同じように子供を攫われたドラゴンの悲しみを、自分に起きたことのように感じていたからのようだ。
『……ホルクとは英雄のマルシェドラゴンのホルク殿か? 彼は百年以上前から姿が見えなくなり、命を落としたはずだ』
長がわたしに尋ねた。
「英雄と呼ばれていたかは知りませんが、真っ赤なマルシェドラゴン。……ホルクは長いこと最低な人族に捉えられ、ひどい目に遭ってきました。けれど、今は仲間のところに帰ったはずです」
ホルクって英雄なんだ。すんなり、そうかもしれないなと思う。人族に対しても優しく、誇り高く、意志を貫き通すパワーがあった。どれも自身が強くないと身につかないことだ。人族にあんなひどい仕打ちを受けたのに、憎みたくないと言い切ったドラゴン。彼はドラゴンの間でも有名な英雄だったんだ。
レオの時期長というのはどうなんだろう?
出会った時に10年後に大事な会議があるから、寝過ぎないように眠らないでいようなんておかしなことを言っていたなと思い出す。
9年前のことだから、来年〝会議〟があるのね。
ねぼすけなレオを思い出して、そんな場合じゃないのにほっこりしてしまった。
『……稲妻ドラゴン以外は返してやるのは難しいだろう』
え?
『どうしてだ?』
もふさまが聞いてくれた。
『ブラックドラゴンも、グロウィングドラゴンも、クリスタルドラゴンも、人族の行けるような場所にはいないからだ』
もふさまがピクッとした。
『それは巣から卵を攫うのは、人族では難しいと同義か?』
え?
わたしは驚いてもふさまを見た。兄さまとアダムはそんなわたしに驚いたようで、言葉はわからないだろうに、もふさまを見た。
『……我らの巣とて火山の火口。攫ったのが人族とは到底思えなかったが、あの臭さは人族から感じたことのあるもの。人族は知恵が働くからどうにかして攫っていったのかと思ったが……』
火山の火口口に巣があるの? そんなところに攫いに入った人族がいるわけ?
それもこんなに銀龍がうようよいるようなところに。
『坊やを返して!』
その悲痛な叫びに、わたしは少し前に出て、赤ちゃんドラゴンを差し出す。
痛っ!
お母さんドラゴンが赤ちゃんを咥えた時、鱗が腕を掠めた。暑いため薄着だったことが災いして、服も切れ赤い筋が入っている。
「フォフォーーーー」
赤ちゃんの動揺した鳴き声。
『坊や』
お母さんとお父さんが赤ちゃんを優しくふんわり抱きしめている。
手で腕を押さえる。
返すのは難しい子たちばかりみたいだけど、とりあえず銀龍だけでも返せてよかった。
兄さまがハンカチでわたしの傷の上を、ハンカチで縛る。
「フォッフォッーーー」
ん? え?
赤ちゃんが小さな羽をパタパタさせて、わたしの方に向かっていた。
銀龍も飛べるようになったんだ!
わたしの胸にトスッとぶつかってきて。手を添えるとわたしの胸に顔を寄せた。
ここが一番安心できるというように。
『人族の娘を親と思っているようだな……』
長の言葉が響いて聞こえた。
「私はリディアの婚約者、フランツ・シュタイン・ランディラカと申します。私は魔物や森の主人さまの言葉は分かりません。そんな私がここで発言することをお許しください」
兄さまは手を胸にやり頭を下げる。
「この子はまだ幼く、リディアのことを親のように思っています。今引き離しても、かえって怖い記憶を植えつけるだけ。それならこの子がリディアは育ての親だと理解するまで、リディアの手で育てるというのはいかがでしょう?」
兄さまの言葉に、お父さんとお母さんドラゴンは顔を歪める。
やっと抱きしめられた我が子。けれど初めて飛んだ喜ぶべきことも、自分たちの手から離れてわたしの元へと行き着くため。その現実に悲しみがたゆんでいる。
お父さんとお母さんは泣いた。こちらが悲しくなる嗚咽を漏らす。
わたしの胸にぴたりとくっつきながらも、その様子を赤ちゃんは見ていた。
お父さんとお母さんの大きな目から涙が流れている。ドラゴンも涙を流して泣くんだなとどこか不思議な気持ちで見ていた。
ドラゴンは涙を拭いたりしない。嗚咽は止まったものの、涙は止まっていなかった。でもふたりで頷き合い、わたしへと向かって2歩踏み出す。
『人の子よ、我が子を頼みます』
『人の子よ、坊やをお願いします』
辛い決断だ。わたしは受け止める義務がある。
「お預かりします。わたしも坊やを連れてきますが、こちらにもいらしてください」
「リ、リディー」
兄さまの焦った声で、あっと気づく。
「そ、その人族の建物なども壊さないでいただくようお願いいたします」
体が大きいもんなー。
『感謝します。怪我をさせてしまって、ごめんなさい』
「これくらいなんともないです」
子供のことがなければ、とても優しいドラゴンだ。
本来なら、いつだって一緒にいて成長を見守りたいよね。
赤ちゃんを兄さまにパスする。
「成長の記録はお任せください。あ、これは昨日のものですけど」
みんなに見せるにはこの魔具じゃ映す画面が小さい。
あ、帰ったら魔具にダビング機能もつけなくちゃ。
とりあえず今は、スキル・改造! 拡張!
カバンから出すふりをして収納袋から出した魔具に、ネックレスの魔具からチップを取り出してそこに入れる。
山裾に向かって魔具を向ける。
「これは昨日の赤ちゃんたちを撮った映像です」
山裾に映し出される。
なっ! 画面いっぱいにわたしのお尻が!
と、画面が引かれてわたしに向かって走り寄ってくる5匹の赤ちゃんが映し出された。ブラックちゃんだけは飛んできたけど、みんな体育館の床をペタペタと走ってくる。わたしによじ登り、嬉しそうな表情に見える。
みんなにひっつかれながら歌を歌って、満足そうに眠る赤ちゃんたちを抱きしめている。わたしもとても幸せそうに見えた。
体育館に布団を敷いて、みんなで眠っているところ。1匹ずつのクローズアップもあり、可愛さ満載の映像だった。
お父さんとお母さんは寄り添って、涙を流しながら映像を見ていた。
その涙はさっきと違って嬉し涙に見えた。
そして他の銀龍たちはめろめろになっていた。