第1108話 Mother⑧銀龍たち
赤ちゃん銀龍が仰向けになったわたしの顔によじ登り、フォーフォー激しく鳴いた。息ができない。顔から剥がしてぎゅっとすると、フォフォッと笑うように鳴いた。
起き上がると、こっちに飛びかかりそうな銀龍たちを、他の銀龍が止めていた。
そして兄さま、アダム、もふさまが、わたしたちと銀龍たちの間に立っていた。
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赤ちゃんドラゴンを胸に抱え、立ち上がる。
片手でスカートをつまむようにしてカーテシー。
「はじめまして。わたしは人族のリディア・シュタインと申します。銀龍の皆さま」
顔を上げれば、いくつもの冷たい目がわたしに向けられている。
街を壊したというのを思い出して……けれど、こうして周りのドラゴンが止めたのだろうと思い当たる。
『そちらにいらっしゃるのは、聖なる大地の護り手とお見受けする』
そうか、もふさまがいるから、攻撃してこないんだ。
『いかにも。我は聖なる方より大地を見守る役目を与えられし者』
『聖なる護り手ともあろう方が、我が一族を攫った者との仲裁にきたのか?』
お腹に響く怒りを抑えた声。
『それは違う』
もふさまの否定の後、わたしは慌てて言った。
「信じられないとは思いますが、わたしが卵を攫ったのではありません。
けれど、おそらく人族のしたこと。人族が申し訳ありませんでした。
ごめんなさい」
『……お前は我らの言葉がわかるのか?』
その言葉で顔をあげると、兄さまもアダムも胸に手をやり、頭を下げ謝罪の意を表していた。
「はい、わたしは高位の魔物の言葉がわかります」
銀龍たちざわざわしてる。
胸の赤ちゃん銀龍は心配そうにフォーフォーと鳴いた。
「ほら、あなたのお父さんとお母さんよ」
他の銀龍に軽く止められている龍たちの方に、赤ちゃんドラゴンを突き出す。
赤ちゃんは身をよじってわたしを振り返り、フォフォーと首を傾げる。
「周りにいるのはあなたの一族よ。ほらあなたと似てるでしょ?」
フォフォ。首を傾げる。
『なぜ我が子から聖なる力を感じる?』
赤ちゃんのお父さんは、困惑している口調。
「……ドラゴンの赤ちゃんは〝乳〟、もしくは魔力、生気などから栄養をとると聞きました。けれど、乳もその時は魔力、そして生気もどう与えるのかわかりませんでした。
その時にドラゴンは卵の殻の栄養で育ち、中の栄養がなくなると殻を壊して出てくると知ったのですが、栄養が取られると薄くなるはずの殻が厚いままで。ではどうやって何から栄養をとったのだろうと思いを巡らせて。
……どうやらわたしの歌にこもった力が栄養になっていたのだと推測しました」
『それが聖なる力だと?』
「〝聖歌〟のようです」
またざわざわ。
『護り手と其方の関係は?』
『ドラゴンのことを知っている様子。誰から聞いた?』
周りのドラゴンから質問が飛んでくる。
「ええと、もふさ……大地の護り手さまとは友達です。ドラゴンのことは一緒に暮らしているシードラゴンのレオから教えてもらいました」
『シードラゴンのレオ!?』
『次期長のレオ殿か?』
次期長?
「次期長かどうかはわかりませんが、レオはレオです」
『聖歌というのを聞かせてくれ』
わたしはこほんと喉を湿らせてから、歌を歌った。
『聖なる力なのに痛くない……』
そんな呟きが聞こえた。
あ、そっか。魔物には聖なる力は攻撃ともなり得るのよね。でもアオたちで実証済みだ。攻撃の気持ちを込めなければ、聖なる力は魔物を傷つけない。
『護り手よ。あなたは何をしにきた?』
『友が赤子を返しに行くというから、一緒に来た』
また、ざわざわっとする。
『リディアのいる国で騒ぎがあった。リディアの友の家が他の人族の罠に嵌められそうになっていた。それは友の家の船の積荷に、人族の法に触れるものが入っているというもの。その情報もリディアが友を心配し遣わせた高位の魔物が聞き及んだもの』
どよどよしてる。
『時間がなかったゆえ、手っ取り早く積荷を排除しに行ったところ、中にあったのはひどい状態の人族の奴隷の子供4人と、ドラゴンの幼体2匹と、卵が5個だ』
どよどよが一層激しくなった。
『その荷を友の家のものではないように細工した。荷は国が預かった。幼体2匹と卵は鑑定されたようだが、どの種族のドラゴンかはわからなかったようだ。
誰がそれらを集めたのか調べているところだ。
人族の耳に銀のドラゴンが街を壊したという情報が入ってきた。それでおそらくその卵の一つは銀龍だろうとあたりをつけていたのだ』
『言い訳はいい! 人族が卵を攫ったのには違いない!』
お母さんドラゴンが怒鳴る。目が血走っているから、赤ちゃんドラゴンが怖がってわたしの胸に顔をつけてきた。
『待て。お前の息子は目の前にいる。生まれてすぐに力つきることも多いのに、見てみろ生気に溢れておる。しばし、話を聞き終わるまで、待て』
銀の鱗が一等きらめく銀龍が、母親を止めた。
『なぜ止めるのです、長? 人族が我が子を攫ったのに』
『そうだとしても、この者たちが攫ったのとは違う。お前たちの巣に聖なる匂いが残っていたか? 異常にクサかったじゃないか。この者が何かしたのなら、聖なる匂いに気づいたはずだ』
きらめく銀龍はこの集落の長のようだ。
クイたちが、集会の関係者を〝クサイ〟と言っていた。卵を取ってきたのは彼らなのだろうか?
お母さん龍は、長に言われたことに反論はしなかったけれど、赤ちゃんを抱いているわたしを睨んでいる。
『……卵は五つと言ったか?』
『そうだ』
長からの問いかけに、もふさまが答える。
『この子だけ孵ったのか、みんなか?』
『5つ全部だ』
ざわめきが強くなった。
『他の赤子はどうするのだ?』
『リディアは親元に返したいと言っている』
『我ら以外、あてはないのであろう?』
もふさまは首を横に振る。
『リディアは鑑定もできる。卵の時はわからなかったが、生まれてわかったようだ』
もふさまに目で促される。
「詳しくはわかりませんでしたが、種族だけは。
ですので、ドラゴンの友達のレオとホルクに連絡を取って、その種族のいる場所を聞いたり調べてみて、なるべく親元に返したいと思っています」
『ほ、他の種族って何だったのよ?』
お母さんドラゴンに聞かれる。
「ブラックドラゴン」
これはかなり見たまんまだった。
「それから稲妻ドラゴン」
黄色いピカピカいう子だ。
「グロウィングドラゴン」
魔法戦の試験で出会った緑龍じゃないかと思ったんだけど、鑑定さんはグロウィングドラゴンと記した。トカゲのわたしよりちょっと濃い緑のミューミュー鳴く子だ。
「そして、クリスタルドラゴンです」
海の主人さまみたいに煌めいている子。くりゅくりゅ鳴く子だ。
銀龍たちが凍りついたように静かになった。