第1107話 Mother⑦第六大陸
人型になり眠りにつき、そして目覚めたとき宿屋のベッドの上だったので、その特異性には気づかなかった。けれど街から出れば、第六大陸は不可思議なところに思えた。アダムによると、恵まれているのが第二と第三大陸で、特別なんだということだけど。
何が不思議って、地面には雪が積もっている。凍っている道がほとんど。けれど、気温は暑い。長袖一枚で汗が出るぐらい。それなのに地は凍っているのだから頭がバグる。
火山チックな山がいっぱい見える。でも山裾は雪が積もっている。熱いのと寒いのを同時に見ることができる不思議な世界。
侯爵さまには街にいてもらって、アトスラン山山裾に買った土地へと急ぐ。
寒さにも暑さにも強く、慣らしやすいギャンという獣。姿は恐竜のトリケラトプスっぽい。第六大陸の移動手段はギャンに乗るのが一般的ということだ。ギャンにひとりで乗る自信はなかったので、兄さまとふたり乗りをして街から走った。もふさまはアダムが抱えている。何気に嬉しそう。
凍った道をただ走り続けた。
やがて小さなほったて小屋に到着。道すがらもだけど、周りには本当に何もない。ポツーン、ポツーンとたまに痩せほそった背の高い木があっただけ。こんな何もないところを別荘にと、どこぞの変わり者の放蕩息子が購入した。そんな設定だ。
小屋に入ってすぐにルームを作る。仮想補佐はギャンと名付けた。
暗くなる前にと街まで帰って、侯爵さまと合流し、お城に帰ってきた。
人型で秘密基地に戻る。トカゲの姿ではないのに、みんなすぐにわたしだとわかって群がってきた。今度はみんなを抱きしめることができた。マイクロビーズみたいな柔らかさだ。ツルツルとザラザラの皮膚。トカゲの姿だと触感はあまり感じられなかったから。かわいくって抱きしめちゃう。どの子もまだ赤ちゃんぽくヘニョヘニョしていた。
鑑定に挑戦。詳しいことはわからずじまいだけど、銀龍がどの子かもわかった。
真っ白に赤い目、フォーフォーとフクロウのように鳴く子が銀龍だった。
人型になっても聖歌の効果があり、ホッとする。
この子たちへ歌うことだけでなく、これから戦うことがあるはずだ。魔力は多い方だけど、何が起こるかわからない時は節約して魔力を使いたいもの。
この歌はそれに使える。
エリアで回復もかなり有能だ。
ただトカゲの姿で歌う時は自分の耳には歌がしっかり聞こえるけど、周りにはピーピーとしか聞こえてなかった。だからためらわずにいられたというところがある。人型になると歌は誰にでも歌として耳に届く。ちょっとそこがね、自分的にダメージ。
明日、銀龍の子は親元に返すことになっているので、体育館でみんなで眠る。
黄色の子だけわたしのお腹の上でうつ伏せに眠るけど、他の子はわたしの首のところや腕のところで丸まって眠っている。
明日は銀龍と。そしていつかはみんなとお別れだ。
みんな、元気に大きくなって立派なドラゴンになってほしい。
立派なというのは、何かを成し遂げて欲しいわけじゃない。生きてその生を満喫してくれたらいい。
口から出たのはちょっとさびしんぼうの歌だ。親元に返せるのならそれが一番いいと思いつつ。出会ってしまったから。慕ってもらったから。だから別れはちょっと淋しい。淋しがるぐらい仕方ないよね。許してね。喜んでないわけじゃないの。
本当よ。親元に返せるのが一番だと思っているから。
でもわたしもあなたたちが大好きよ。
幸せでいてくれると願ってる、いつの日も、いつまでも。
夜が明けた。
少しの間親に見つけてもらえなくても、お腹が空かないように、たっぷり歌を聞いてもらう。
お腹がいっぱいになり、おねむとなったところで、銀龍だけ掬い上げる。
レオに他の子たちを任せた。淡々と深くは考えないように行動。
エルターにギャンへと送ってもらう。
ほったて小屋以外何もない地。
もふさまに大きくなってもらって、山裾へと走る。
銀龍と共存しているのね。街を潰されたって聞いたたけど、昨日歩いたところはそんな様子はなかった。行ってない方角のところが被害にあったのかな。
山と街。人の足では遠いけど、ドラゴンはひとっ飛びで街までいける。人々はそんな近い距離に街を作っても怖くなかったのかな?
『気づかれたようだ』
え? もふさまは急降下した。
『リディア、赤子をおろせ。我らの気配は消す』
別れるために来たのに、唐突だと思ってしまう。
銀龍の赤ちゃんの額にキスをして、少しだけぎゅっとする。
元気に大きくなってね。
そっと雪の上に下ろす。
赤ちゃんは身じろぎをしたけれど起きることはなかった。
もふさまは器用に前足でわたしを自分の背中に放り込む。もふさまは少し下がったところで、身を沈めた。
もう親ドラゴンが近くに来たんだ。だから動かないで気配を消すことを選んだんだ。
バッサバサと音が聞こえた。
急降下してきたのは、陽の光にキラキラと煌めく美しい銀の龍。
赤ちゃんの匂いを嗅いだ。
「フォフォーフォフォー」
赤ちゃんと同じくフクロウのような鳴き声。それと一緒に音声が聞こえた。
『我が子よ。間違いなくいなくなった我の子だわ!』
大きくなったもふさまぐらいの銀龍。その横にさらに大きな銀龍が降り立つ。
『待て、子にしては孵えるのが早すぎる』
そうして赤ちゃんに顔を寄せて、やっぱり匂いを嗅いでる。
ああ、早かった問題ね。ごめんなさい。早く卵から孵してしまって。心の中で謝る。それで自分の子じゃないと思われたらどうしよう。
『我が子だ。我の子の魔力だ』
『ああ、女神さま、ありがとうございます!』
バッサバサと音がする。複数。
うっ、これは……。大きな銀龍たちが何頭も降り立った。
あまりにも美しい絵面でありながら、本能的な恐怖で身が縮こまる。
後ろから支えてくれたのは兄さまだ。アダムも息をのんでいる。
『子供が見つかったのか?』
『くまなく探して、今まで見つからなかったのに』
怪しんでいる。でもお父さんとお母さんが赤ちゃんを間違いなく自分の子だといい、赤ちゃんを守っている。
ああ、よかった。
と、小さく不安そうな「フォフォー」という鳴き声がした。
『坊や』
お母さん龍が優しく言ったけど、赤ちゃんが不安そうにして、声を上げる。
呼ばれてる。怖くて、怖くて、わたしを呼んでる。
目の前にいるのが、お父さんとお母さんだよ。
怖くないよ。大丈夫だから。いっぱい甘えて、大きくなって……。
赤ちゃんの不安の声がより大きくなる。ころんと転がり、大きな龍たちの足の間から逃げようとしている。凍った道で赤ちゃん銀龍は滑った。少し角度があったところで、滑り続ける。加速がついて、岩にぶつかる!
何も考えず、動いていた。兄さまの制止も、アダムの手もすり抜けて。
考えれば鈍臭いわたしより赤ちゃんでも銀龍の方が優れているし、親が目の前で子供が岩にぶつかるなんてことを見過ごすわけないのに。
走ったわたしは滑って、滑りすぎて、盛大にスコーンとこけた。