第1105話 Mother⑤君が繋いだ
豊穣を喜ぶ俗歌を歌うと、赤ちゃんたちはいっそう声を大きくして鳴き声をあげ喜び、やがてわたしにひっついたまま眠ってしまった。
『リディアの歌で満たされたようだな』
まずい、決まりだ。わたしの歌で孵化を早めてしまったんだ……。
……けど、ひとまず、おいておいて。
ダメだ。このままだとぬくくて一緒に眠っちゃう。
「もふさま、出して。眠っちゃう!」
もふさまがドラゴンの海から掬い出してくれた。
『そういえばその姿の時は魔法は使えないと言っていたが、ボードは出せていたな。探索はできるのか?』
もふさまに言われて見てみる。
「マップが出るだけ。探索は動いてないね」
タボさんは発動しているけど、そこまでだ。
『ボードのマップは魔力を食うわけではないということだな』
もふさまに言われて納得。
魔力の話が出て思い出す。そっか、人型だったら鑑定が試せたな。
卵は一応鑑定したけど何の卵かはわからなかった。けれど、生まれたから何かわかることがあるかもしれない。
ちょうどよく兄さまもいるから戻してもらうのも手だけど、わたしがトカゲの方がいいことがあるかな? 小さくて隠れられるのは便利だ。
『その聖歌というスキルは人型でも可能なのか?』
え。そっか。精霊の言ってることがわかるみたいに、トカゲだからできること、なのかもしれないのか。
「っていうか、しばらくこの子たちを見ているのに、リディーはここにいる必要があるんじゃないかい?」
あ。兄さまに言われてガーンとなる。
「親ドラゴンは子供が生まれたらわかったりする? ここにいるってわかる?」
『近くにいれば魔力でわかるだろうな。生まれたかはわからないだろうし、ここは遮断されたところだから、ここにいればバレない』
「ドラゴンてどれくらいで乳離れするの?」
『半年くらいかな』
ガーーーン、絶望的だ!
「わたしこの子たちに親って思われてるよね?」
もふさまとレオは同時に頷き、通訳の後、兄さまもうなずいた。
「親ドラゴンは親と思われてるわたしが卵を盗んだと思うよね?」
もふさまとレオは目を逸らし、通訳の後、兄さまも目を逸らす。
「わたし、一生ここにこもることになるの?」
ドラゴン1頭で国を潰せるというのに、5頭も!
わたしがいる、ウチだけを器用に壊すなんてことをせず、大まとめして国を潰しにくるよね?
ユオブリアのとんでもない危機なんじゃない!?
「兄さま、どうしよう……」
「大丈夫だ、リディー。みんなで考えればきっといい案が見つかるよ。
とりあえず、みんなに知らせるね」
うなだれたまま、みんなへの連絡をお願いする。
「リディー、大丈夫だよ。いつでも私が一緒にいる」
『我もいるぞ』
『私もだ!』
兄さま、もふさま、レオ……。
「それに、もしリディーがいなかったら、この子たちはやっと孵化したのにお腹を満たせなくて、そこで尽きる命となったかもしれない」
親元に返せなかったら、兄さまの言うとおりとなっただろう。
「リディー、君が命を繋げた。親ドラゴンだって子供が亡くなってしまったらそれこそ取り付く島もない。けれど子供たちは生きている。ということは何かを変えることができるかもしれない。それはリディーだからできたことだよ」
兄さまの指がわたしの目の下を拭う。
「だから胸を張って。君は誰にもできないことをしたんだ」
その隣でもふさまとレオがうなずく。
そっか。そうとも考えられるね、うん、胸を張ろう。
狙った効果でこうなったわけではないけれど。
なんて話をしているうちに、ロサ、ダニエル、イザーク、ルシオ、アダムがやってきた。
困惑した顔で入ってきたけれど、眠っている赤ちゃんドラゴンを見ているうちに、表情がやわらいだ。
「赤ちゃんのドラゴンを見られるなんて、夢にも思わなかった」
そろそろと指を出してドラゴンを撫でている。
「やわらかい」
イザークは立ち上がると、ドラゴンたちが出てきた殻を見ている。そして胸ポケットから何かを取り出した。
「緊急事態だから、陛下には知らせた」
ロサの言葉にうなずく。
「殻も持っていくね。研究員たちに見せるそうだから」
イザークは撮影係らしい。卵を撮ったあと、眠っているドラゴンたちを映像におさめている。
「リディア嬢、鑑定はできるか?」
「トカゲの時は無理」
人型に戻るとなると、わたしは深く眠ってしまう。その間の赤ちゃんたちのご飯問題がある。
鑑定をしてもらうのに秘密基地から出たら、ドラゴンの親が赤ちゃんに気づき報復されるかもしれない。
「とりあえず、この現状を見せて、陛下に指示を仰ぐ」
「まだ先だと思ってたから君を残していったんだ、ごめんね、怖かっただろ」
アダムの言葉が胸に沁みる。
だけど、調子に乗って歌を歌い、孵化を早めたのはわたしみたいだ。
「でも君がいてくれてよかった。実は卵が孵っても人族はどうすることもできない。そのうち親に気づかれて国ごと滅ぶ、そんな想像もできたから。
君凄いね。ドラゴンを育てられるんだから」
ん? 育てる?
え、わたしがーーーーー?
「リディア嬢がこのドラゴンたち、それからユオブリアの命運をいい方向に動かしてくれた。王族としても感謝を伝えたい。ありがとう」
ロサがわたしを掬い上げて、わたしの手を指で持ち上げ、その先に口を寄せる。
あ、あんた、トカゲに何してんのよ。そんなの見られたら王子の威厳も何もなくなるよ。
って仲間しか見てないからいいのかもしれないけどさ。
「リディア嬢、子沢山になったのに暗いね」
アダム、その冗談笑えないんだけど。
「だって、この子たちここから出られないわけでしょ?」
ちっともいい方法が思いつかない。
「陛下の判断待ちになるけど、銀龍の子を最初に返すことになるんじゃないかな」
「どうやって?」
「銀龍は第六大陸にいる。確かクレゾール侯爵は転移の力があり、第六大陸に行ったことがある」
「なるほど、クレゾール侯爵に第六大陸までの転移を頼むんだな?」
ロサの確認にアダムがうなずく。
「第六大陸に別荘を買い、君にルームを作ってもらう。子供はルーム間を移動させる」
「そうすれば第六大陸に子供はいたんだと、そして生まれたって思うってわけか」
うまくいけば銀龍の赤ちゃんだけでも親元に返してあげられる。
「陛下に……」
兄さまの冷え冷えとした言葉を遮ったのはアダムだ。
「誤解だ。陛下にも他の者にもミラーのスキルは言わないよ。
幼体も卵も親が追ってこない。多分起きていて活動していないと、繋がりというか魔力はわからないんじゃないかな? だから眠らせていると言えばいい」
なるほど。確かに卵はともかく、幼体も親が追ってきていない。もしかしたら幼体だけど親離れ済みなのかもしれないけどね。
この子たちの魔力をわからないようにしていれば、親は気づかないってことだ。
ただ確証が得られるわけじゃないから、大事をとってルーム間の移動にしたいってところよね。