第1103話 Mother③ピシッ
「あ、この子たちについて何か進展は?」
ドラゴンの幼体と卵を見上げれば、アラ兄も、ロビ兄も深いため息をついた。
「議会会議では非道な意見も出たそうだ」
「非道って?」
「……その、だから〝なかったこと〟にするって案」
『どういう意味だ?』
レオが腹立たしそうに言った。もふさまの通訳で、双子の兄は顔を見合わせる。
「ユオブリアにドラゴンは持ち込まれていなかったとするってことだよ」
レオの怒りを感じて、わたしは慌てて言った。
「それなんだけど、ホルクに協力してもらえないかと思って」
「「ホルク??」」
「マルシェドラゴンのホルク。バッカスの蓮の葉にいた」
アラ兄たちには話しただけだからね。名前を言ってもピンとこなかったんだろう。
「わたしのドラゴンの知り合いといえば、レオ、ホルク、それから……海の主人さま。ホルクと海の主人さまには幼体と卵を見てもらって、どこのドラゴンの子か分かったら教えてもらいたい」
「わかったとしたら、どうするの?」
「巣にそっと返してくるとか……」
「無理じゃね?」
ロビ兄は容赦ない。
「ダメもとでホルクや海の主人さまに仲介役になってもらえないかな。わたしたちは返したいんだって」
『それは難しいな』
と言ったのはレオだ。
『話すことはできるけど、他種族のことに口を挟むのは御法度だからな』
そうか。あわよくば仲介してもらいたいとは夢のまた夢なのね。
「リー、お腹は空いてない?」
言われた途端、お腹がクーと鳴る。
「お腹すいた」
「じゃあ、食堂に行こう。母さまからいっぱい持たされたんだよ」
みんなで食堂へと行く。テーブルの上には盛りだくさんの食糧。
そしてわたし用に、全て小さく刻まれたものが用意されていた。
ハンナが食べやすい大きさに切ってくれたんだ。
小皿にミルクを入れてもらって、いただきますだ。
わーい、ベリーとグレーンもある。こっちも食べやすくカットしてあるや。
もふさまとレオはご飯はさっき食べたからお菓子をもらっている。
もしゅもしゅ。空腹を満たしていく。
わたしがお腹いっぱいになると、アラ兄もロビ兄も安心したようで帰っていった。
広い広い秘密基地に、わたしともふさまとレオしかいない。
正しくはあと眠らされているドラゴンの幼体2頭と、卵が5つ。
兄さまに会いたいな、と思う。毎日フォンで話していたせいか、それができてない今、とても淋しく感じた。
『リディア、試験が終わったらみんなでダンジョン行くよな?』
レオに確かめられる。
「そうだね。卒業後みんな忙しくなっちゃうかもしれないけど……誘ってみるつもり」
もふもふ軍団は空っぽダンジョンに生徒会メンバーと行きたいみたいなんだよね。なぜかはわからないんだけど。
『もう眠いのか?』
レオがジロジロとわたしを見る。
「十分眠って、起きたばっかりだよ」
トカゲの目って細かったっけ? それで眠そうに見えるのかな?
『リディア、心配事か?』
「そりゃ心配事ばっかだよ」
問題山積みだもんね。そしてまだそれは解決策がみつかっていない。
モフさまの頭に乗って、体育館へと移動する。
ふぅと息が漏れるのを拾われる。
『具合が悪いのか?』
もふさまに確かめられる。
「え、大丈夫だよ?」
『いや、元気がないぞ』
ふたりからジロジロ見られる。
「違うよ。……毎晩フォンで兄さまと話していたでしょ? ちょっと兄さまが〝足りてない〟だけ」
え?
レオが元気になった。クリクリの目が輝く。
『よし、それなら私がフランツを呼んでやる』
と身を翻そうとした。
『どこに行く?』
『城にいるアオのフォンでフランツを呼ぶんだ』
と駆け出した。
『あやつひとりは心配だ。リディア、我も行ってくる』
え。
いや、呼び出すって。兄さま仕事があるだろうし……。
待ってと伸ばした手が床に落ちる。
ふたりは素早かった。ふたりとも魔力感知にひっかっからないよう、いつもより小さくなって移動するだろう。
兄さまに悪いことしちゃったな、と思いつつ現金にも気分があがっている。
へへへ。
静けさしかない広い広い秘密基地で、ちっちゃなわたしが歌を歌う。
二重奏で変でもおかまいなし!
思い出すままに、いくつもの歌を歌った。
嬉しい。兄さまと会えるんだ! もう少ししたら。
ピシッと音がした気がした。
レオたちがもう帰ってきたのかな?
開けっぱなしの扉は何の変化もなかった。
気を取り直して歌を歌う。
大昔に作った歌だ。
♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪
遠いところに 行ってしまった
いつ会えるのかと思うと 胸が痛くなる
私は待ってるだけ 取り残されて
こんな思いは二度としたくないと
何度も繰り返す
一度だけでいいから あなたを守らせて
大好きな証に あなたを守らせて
いつもあなただけが かっこよかったね
いつ会えるのかと思うと 胸が痛くなる
♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪
ピシっ
ん? やっぱり空耳じゃない。
何の音?
と、目の前の木箱が揺れた気がした。
地震!?
いや、地面は揺れてない。
真っ白の卵でわかりにくかった。
ひょっとしてヒビ?
待って。ちょっと待って。
卵がひび割れるって。ひとりでにって。
それってやっぱり。もしかしなくても、生まれる?
わたしの騒音で!?
待って、待って、誰もいないのよ。
今ダメよ。何もできないよ。
ピシ ピシシシシシ
うそ、隣の水色の卵も、隣の白い卵2つも。
黒い卵まで! そ、そんなうるさかった!?
やばい、どうしよう。孵化しちゃう!
卵が同時孵化!?
生きててくれてよかったけど。どーすんの?
あれ、初めて動くものを見たのを親と思うんだっけ?
えっ、えっ、えっ、えーーーーーーーーーーっ!!!!!!!!